第76話 散財後は稼ぎましょう


 ブラッドブルのステーキはこれまで食べた魔獣肉の中でもダントツに旨かった。

 綺麗なサシの入った赤身の肉をミディアムレアな焼き加減で新築祝いに一人と一匹で堪能したのだ。

 

「神戸牛に近い……いや、超えてるな。この味は」


 母親の仕事で関西方面への出張に付き合った際、接待で奢ってもらった有名なステーキ店で食べた神戸牛。

 これまではあの味が牛肉の最高峰だと思っていたが、その記録は塗り替えられた。


「ブラッドブル肉、最高だな。これは定期的に狩ろう」

「なああん!」

「お、お前もやる気か。だよな。美味いもんなー?」


 同じテーブルに座り、ブラッドブル肉のお裾分けを堪能していたコテツが「うし、かる!」とやる気満々で張り切っている。

 心も肉体も成長している猫の妖精キャット・シーは最近、たどたどしいながらもテレパシーのような能力を使っていた。

 もともと、俺の言葉もほとんど理解していた賢い子だったので、そのうち流暢に話すようになるだろう。今から楽しみだ。


「ブラッドブルは八十階層の魔獣だから、しばらくはそこで狩るか。肉はもちろん自分たち用に確保するが、魔石と素材のポイントも美味しいんだよな」


 てのひら大の魔石は買取りポイントが10万。

 ツノや皮などのドロップアイテムも数万ポイント貰える。

 特殊個体やフロアボスを倒せば、レアな宝箱を落とすので、稼ぐにはもってこいのフロアだった。


「気兼ねなく売り飛ばせるから、黄金のインゴットとか宝飾品のドロップアイテムは美味しいよなー」


 八十階層を初踏破した際にドロップした宝箱の中身は黄金の杖と宝石でごてごてと飾られた、ド派手なネックレスが入っていた。

 もちろん、両方とも不要だったので、確認するなりポイントに交換した。180万ポイントが高いのか安いのかは謎だったが。

 ちなみに宝箱には高級ブラシも入っていた。

 これは、ありがたく頂戴し、コテツのブラッシングに重宝している。残念ながら、魔道具ではなかったが、品は良かったので気に入っている。


「美味い牛肉をある程度確保したら、下へ降りるか。これ以上、レベルが上がるかは分からないけど」


 召喚勇者である従弟たちは、この世界の人々の限界レベル100を越えて成長しているらしい。

 俺も一応は元異世界人だが、あいにくこの肉体はこちらの世界で創られたものなので、これ以上の成長が望めるかは謎だった。


「このダンジョンは攻略したいし、ポイントも欲しいから頑張るか」


 レベル上げの目標が無くなるのは残念だが、俺たちにはポイント稼ぎの目的がある。

 自身の快適な生活のため、そして従弟たちのためにも、ダンジョンで稼ぐのは必須だ。

 幸い、ここはポイント稼ぎにはもってこいの場所だ。大森林の魔物も高ポイントだが、ダンジョンの方が密集しており稼ぎやすい。

 

「それに、ダンジョンには宝箱やレアドロップがあるからな」


 便利な魔道具は特に嬉しい。

 そう言えば、従弟たちもトイレルームをドロップしたことだし、魔道具職人はもうトイレを作ることは出来たのだろうか。

 水洗トイレは難しいかもしれないが、そこは魔法の力で良い感じに作り上げて欲しい。

 

「大森林から出て、この世界を旅することになった時に、街中のトイレが悲惨だったら引き篭もりたくなるだろうし……」


 異世界で転生させられたばかりの頃は、召喚勇者である従弟たちの弱みになることを恐れた。

 それに、彼らを召喚した国が亜人──獣人やエルフなどを差別し隷属させようとしていることを知り、大森林に引き篭ろうと考えていたが。


「今は俺もレベルが上がったし、上級魔法も覚えた。逃げ足にはちょっとばかり自信もある。今なら人里に出ても平気じゃないか?」


 せっかくの異世界なのだ。

 大森林やダンジョンも興味深いが、街や王都なども観光してみたい。何よりも──


「そろそろ、ちゃんと人と話したい!」

「にゅ?」


 うん、可愛い可愛い子猫のおかげで独り言が飼い主バカに変換されるようになったけど、さすがに普通に会話がしたい。

 親戚は多い方だし、友人もそれなりにいた。

 従弟たちには思い切り慕われていたので退屈する暇もないほど忙しく日本では過ごしていたが。


「今思うと、結構楽しかったんだよな……」


 一人は気楽で良いと思っていたけれど、さすがに数ヶ月単位でのぼっち生活は寂しい。

 これでコテツがいなかったら、かなり落ち込んでいたかもしれない。


「うん、ヤバい国はなるべく避けるようにして、他の国を目指せば大丈夫だよな? しばらくはポイントを稼ぐ必要はあるけど」


 幸い、こちらのお金は従弟たちに日本産のあれこれを購入してもらった際の金貨や銀貨がある。銀貨が一万円、金貨が十万円ほどの価値らしいので、人里や街に出向いてもしばらくは暮らせるだろう。

 異世界転生お約束の冒険者ギルドもあるようなので、身分証も兼ねて加入して稼ぐも良し。召喚魔法ネット通販で手に入れた品を売る商人になるのも良いかもしれない。


(……本当言うと、アイツらの邪竜退治の手伝いもしてやりたいけど)


 勇者補正のない自分ではきっと足手まといにしかならないだろう。なるべく手を貸してやるつもりだが、あまり自信はない。


「とりあえず、今は散財した分を稼がないとな。コテツ、明日からはしばらくダンジョン通いだ」

「ニャッ」


 良い返事に口許が綻んだ。

 その夜は新居のバスルームでのんびりと英気を養い、少し早めの時間から眠りについた。

 

◆◇◆


 四方を壁に囲まれた、きちんとした『家』に住むのはこんなにも安心感が違うのか。そんなことを実感するほど、気持ち良く熟睡できた。

 よく眠れたのはコテツも同じらしく、早朝から腹が減ったと起こされた。

 せっかくの立派なキッチンなので朝食を作りながら、弁当も用意する。

 朝は和食をメインにした。炊き立てのご飯に味噌汁、照り焼きチキンと蒸し野菜サラダを作った。

 昼の弁当は作り置きのオークカツがメインのサンドイッチだ。厚焼き玉子とツナマヨのサンドも作っておく。

 野菜は拠点に作った畑産の物を使った。

 百円ショップで買った野菜の種だが、どれも見事に育ってくれたのだ。

 キュウリとベビーリーフはサンドイッチに使い、他はサラダにした。

 ミニトマトは我ながら良い出来だったので従弟たちに送ってやったら喜ばれた。

 この世界にはミニトマトがないらしい。


 早朝から夕方までダンジョンで活動し、夕食はコンテナハウスの家で食べる。

 しばらくは休日返上でポイントを稼ぐため、メリハリは必要だ。食事と睡眠を大事にして、風呂でのリラックスタイムも譲れない。しっかり休息した方がダンジョン攻略も効率が良いはずだ。

 そんな風にして、半月ほど過ごした。 


◆◇◆


 コツコツ真面目に稼いだおかげで、ダンジョン攻略は順調に進み、九十階層まで辿り着いている。

 100で頭打ちだと思っていたレベルも上がったのは嬉しい驚きだった。


「よっし! ポイントもついに1000万貯まったぞ! やっぱ下の階層はキツいけど稼ぎは良いよなー!」


 ニヤニヤ笑いながらステータス画面を確認する。

 【アイテムボックス】はレベル100を越えた段階で進化して【無限収納インベントリ】になった。制限なしに収納できるようになったのはありがたい。旅に出る際にコンテナハウスごと持って行けるのは心強い。


「しばらく働き詰めだったから、今日は休むか。屋上でバーベキューするのも良いな」

「ニャーン」

「お? 分かった分かった。ブラッドブル肉で焼肉なー。贅沢なにゃんこめ」


 久々に冷えたビールを昼間から楽しもう、とウキウキとバーベキューの準備をして、コンテナハウスの屋上へ登った。

 日除けのタープを張って、さっそく肉を焼き始める。クーラーボックスに氷ごと突っ込んだ缶ビールをちびちび舐めながら、とっておきの肉を焼く。


「滅多にドロップしない、ブラッドブルのタンステーキだぞー。味わって食えよ?」

「んみゃー!」

「そうだろう旨いだろう」


 晴れ渡った青空の下、冷たいビールと美味しい肉を堪能し、ご機嫌でチェアに寝そべった俺は『それ』に気付いて、息を呑んだ。


 陽光を浴びて金色に光る鱗の持ち主が、コンテナハウスの上を横切っている。

 雄々しく立派なドラゴンだ。

 この世界の頂点に立つ、最強の魔獣。

 

(大丈夫、大丈夫だ。この家の結界はドラゴンブレスも弾くと創造神のお墨付きだし、何よりアイツらからは見つけられないはず……だよ、な?)


 空を舞うドラゴンと、ふと視線が合った気がしたのは、きっと気のせい。

 そう思い込みたかったのに、黄金のドラゴンは何故か軌道を変えて、こちらに向かって来た。


「えええっ……⁉︎ マジかよ!」


 結界の外ギリギリの場所に、そのドラゴンは舞い降りた。

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