第49話 岩場の仮拠点
クライミングの趣味がこんなところで役に立つとは思いもしなかった。
レベルが上がったことで各種ステータスが上昇したのと、ハイエルフの特性で身軽になった今、この程度の崖登りは何てことはない。
ロープもハーネスもない、フリークライミングだ。身ひとつでほぼ垂直の崖を登っていく。
それが、とても楽しい。
「到着、っと」
片手だけで全身を引き上げて、身軽く目指す箇所まで登り切った。
そこには、崖の途中で不自然に割れた穴がある。横は五十センチほど、縦は二メートルほどの大きさだ。
軽く拳で叩いてみるが、岩盤はかなり固そうだ。念のために【鑑定】してみたが、強度はかなりある。
「どうやら、かなり昔に猛禽類がここを巣として使っていたようだな」
岩の裂け目から覗き込んでみると、中は意外と広く、快適そうだった。
巣材となる木の枝や枯れ葉などが中央に集められており、卵の欠片が散らばっている。
エサとなった哀れな魔獣の骨も落ちていたので、大型の肉食鳥の魔獣がこの巣の持ち主であったのだろう。
「使われなくなって、随分経つようだし、ここを仮の拠点として使わせてもらおうか」
見晴らしが良い崖の中腹だ。
ほぼ垂直の断崖状態の場所なので、ここなら四つ脚の魔獣が襲ってくることはないだろう。オークやコボルトなどの魔物も厳しいと思われる。
登って来られるとしたら、小型のリスやサルの魔獣か。
心配なのは、大型の猛禽類の魔獣が古巣に戻ってくることだけだが、中の穴を広げて、テントを張れば結界が弾いてくれるはず。
「よし。そうと決まれば、中の掃除と拡張工事が必要だな」
湿気が少なく、乾燥しきっていたからか、多少はマシだが匂いも気になる。
衛生面が特に心配なので、ゴミを撤去した後で
「うん、少しはマシになったか?」
ゴミはまとめて【アイテムボックス】に収納し、そのまま削除した。
細かな砂埃が気になったので、先に風魔法で吹き飛ばし、浄化していく。
ちなみに中に潜んでいた虫は、異世界に転生してすぐに採取したヒメシバを
買取りは1ポイントだけど、ヒメシバは超優秀な薬草だった。
穴の中は三メートル四方くらいの広さがある。テントを設置して生活するには、少しばかり手狭だ。
やはり、穴を広げる必要がある。
魔法書で最適な魔法を検索し、【鑑定】スキルも駆使しながら、慎重に穴を拡げていった。
使ったのは土魔法。岩壁に触れて、魔力を練り込み、岩を砂に変換していく。
流れ落ちてくる砂は溢れると邪魔になるので【アイテムボックス】に収納した。
この砂が採取した素材と認識されたようで、ポイントに交換できたのは嬉しい誤算だった。
最低でも五メートル四方の広さは欲しかったので、砂の量もそれなりにある。
拡張工事が済んだ頃には、魔の山産の良質な砂は五万ポイントで買い取ってもらえた。
拡がった拠点を再び念入りに浄化して、ようやくテントを設置することが出来た。
雨が降り込んでくる可能性を考慮して、テントは一番奥に建てる。
ランタンは創造神の祝福のおかげで燃料要らずになったので、気兼ねなく使い倒すことにした。
テント用と外使い用と二個用意しておいて良かったと、心の底から思う。
さすがに洞窟内で焚き火をする勇気はないので。
入り口は広げずに、元のままにした。
この程度の崖なら余裕でクライミング出来るが、念のためにロープを垂らしておくことにする。崖の上にいる間はロープを手繰り上げておけば安心だ。
仮の拠点には梅雨の間、滞在する予定なので、なるべく快適に過ごせるようにしたい。
なので、剥き出しの地面は土魔法でフローリング風に固めてみた。
梅雨になると湿気やカビが心配なので、レジャーシートと断熱のアルミシートを重ねる。
「ラグやカーペットが欲しいけど、ショップで買えるのはかなり小さいな……」
せいぜいがバスマットサイズの物ばかりなので、ラグは諦めた。
百円ショップの商品リストで見つけた、桐のすのこを使うことにする。ひとつ二百円のすのこをテントの周辺に敷き詰めた。
「うん、いいな。裸足で歩くと気持ちいい」
カタカタと踏み締めるたびに音はするが、裸足で寛げる快適さを優先した。
テントの中は自宅から持ち込んだラグマットを敷いてあるので、すのこは外だけだ。
「チェアとテーブルはテントの外で出しておこう。簡易キッチンも据え置いとこうか」
いちいち【アイテムボックス】から取り出して設置するのも面倒なので、最初から壁際に作業台代わりのキッチンテーブルを置くことにした。
火を使うので、洞窟の外に近い場所を選んだ。
キッチンテーブルに卓上コンロを並べて、まな板や包丁などの調理器具を置く。
「んー…。そう言えば、百円ショップにはキッチン収納グッズがかなり充実していたよな……?」
せっかくなので見栄え良く、使いやすいキッチンにしたい。
ついつい夢中になって買い占めてしまった。
反省はしていない。
吊るす収納は正義だと考えているため、キッチンテーブル前の岩壁も大いに利用した。
綺麗に四角く岩をくり抜いて、調味料用の棚にしたり、お玉やフライ返しを吊るすフックを埋め込んでいく。
キッチンテーブルには吊り下げ用のワイヤーバスケットを挟んで、調味料のツールを収納した。
テーブルの下には大きめのスタックボックスを置き、フライパンや鍋類、食器類を収納する。
醤油や油、ソース類など常温保管が可能な調味料一式も床の収納ボックス行きだ。要冷蔵の物は【アイテムボックス】に保管しておく。
その他、メスティンやホットサンドメーカー、バーベキュー用の道具類もまとめてコンテナボックスに詰めて壁際に並べておいた。
なかなか壮観な眺めで、つい口許を緩めてしまう。
ちなみに、シンク代わりに洗い桶を用意し、水道はキャンプ用の五リットルポリタンクを代用するつもりだ。
蛇口を捻ると水が出るので、これはもうほぼ水道だろう。ミネラルウォーターを使うのはもったいないので、中身は水魔法で作った水を入れる予定。
「食材は収納しておいた方が傷まないから、出すのはやめておこう。あんまり物を置き過ぎても落ち着かないしな」
折り畳み式のテーブルは四人で囲める大きさにしたので、中央にカトラリーセットと耐熱ガラス製のティーポットとグラスを飾ってみた。
「うん、いい感じだ。ついでにテントの中もリフォームするか」
寝袋よりもコット派だったので、ずっとコットを使っていたが、さすがに一ヶ月近くキャンプ生活が続くと、寝心地が気になってきたのだ。
せっかく仮の拠点で腰を据えることにしたので、簡易ベッドを作りたい。
「梅雨の湿気、夏の暑さを考えると、やっぱり、すのこベッドが一番だよな」
テントの外の、すのこフローリングの心地良さを思い出して、即決だ。
コットよりも広いベッドで寝転がりたいので、ダブルベッドサイズになるように、すのこを並べていく。
寝返りを打つたびに、すのこがズレるのは困るので、結束バンドで固定して繋げてみた。
このまま寝転がると背中や腰が痛くなるので、簡易マットを敷き、三百円クッションを繋げて作った布団を載せてみる。
「うん、悪くないぞ。ブランケットをシーツ代わりに敷き詰めて、あとは枕とタオルケットがあれば、コットより快適だ!」
これが冬なら、洞窟暮らしはそれなりに過酷だろうが、幸い季節は過ごしやすい六月頃の気温。
深夜から明け方にかけては、少し冷えるかもしれないが、創造神の祝福済みのテント内はかなり快適な温度が保たれているので、問題はないだろう。
「あとは、のんびりリフォームすることにして。そろそろ夕食にするか」
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