第20話 大森林へ 1


 緑の匂いが濃い。

 鮮やかな緑陰に瞳を細めて、木々の隙間から覗く青空を仰ぎ見る。

 魔素が濃い地だと創造神から教えられていたが、大森林に足を踏み入れてから、その意味が痛いほど良く分かった。


「うん、文字通り痛いな。肌がピリピリする」


 魔力に鋭敏なハイエルフの特性か、魔素の流れが全身で感じ取れた。

 それは、奥に進むほどに濃くなる。


(でも、俺にとっては悪くないな)


 魔法を使っても、草原を歩いていた時よりもMPの回復が早いのだ。茂みから現れるホーンラビットを水魔法で何度か倒して、それに気付いた。

 

(消費した魔力を、周囲の魔素を取り込んで回復している……?)


 身体の中を魔力が循環しているのが分かる。

 細胞のひとつひとつに力が行き渡り、活性化しているような。それは、不思議な感覚だった。

 ようやくまともに息が出来た気分になり、混乱する。草原にいた時の自身の状態が万全ではなかったのだと、気付かされた。


「なるほど、森のひとエルフの意味が良く分かった」


 やはり、エルフは緑豊かな森林の中でこそ実力が発揮出来るのか。

 肉体も精神もやけに浮かれている。思い切り周囲を駆け回りたいのをどうにか我慢した。


「今はまだ森に入ったばかり。もっと奥へ、人が入らない領域に行ってからのお楽しみだな」


 足取りが軽い。疲れ知らずで森を歩ける。前世の日本での山キャンプでは、森は歩きにくかったはずなのに、倒木や木の根を身軽く越えて行けた。


 何より驚いたのは、森の声が良く聞こえることか。大森林に棲む動物や魔獣の気配が、離れた位置からでも察知できた。

 

「おかげで難なく倒せるようになって、ありがたいけど」


 魔獣に気付かれる前に、水魔法を駆使して倒していく。珍しい草花を採取したい気持ちをどうにか抑えて、倒した魔獣だけを粛々と【アイテムボックス】に収納していった。


「……何だか、魔獣に気付かれにくくなっていないか?」


 不思議に思って、ステータスを確認してみると、いつの間にか【気配察知】と【隠密】スキルを取得していた。

 

(これもハイエルフ補正なのか? ありがたいスキルだけども!)


 あって困るスキルでもないので、活用することにした。実際、魔法を中心に魔獣を仕留める自分には【気配察知】と【隠密】スキルの相性はとても良い。魔素の濃い方向を目指して、森の奥へと進むと、遭遇する魔獣が変化してきた。


「ホーンラビットを見かけなくなったな。代わりにグリーンフォックスが増えてきた」


 森狐グリーンフォックスは文字通り、淡い緑の毛皮を纏った魔獣だ。小柄な個体が多いが、気配に聡く、すばしっこい。何よりも風魔法を使って攻撃してくるのが厄介だった。


「まぁ、それもこっちから先制攻撃を仕掛けたら楽勝なんだけどな」


 森に溶け込む色彩のキツネの魔獣だが、どうやらハイエルフの隠密スキルの方が優秀だったらしい。

 こちらに気付いた様子もなく、キノコを齧っているグリーンフォックスをあっさり水魔法で仕留めていく。


「さすがにキツネの肉は食用不可だよな」


 気になったので、その場で収納し、ポイント化してみた。魔石と毛皮のみが買い取り対象で、5000Pが付与される。


「マジ? 魔石が1000Pで毛皮が4000Pなのか。かなり美味しいな……」


 グラスマウスが250P、ホーンラビットの1200Pと比べても、かなりの高ポイントだ。

 先に向こうに気付かれると厄介だが、魔獣自体はそれほど強くないので、充分対処出来そうだった。


「よし、しばらくはキツネで稼ごう。あいつらへ物資も送らないといけないしな」


 毎日三万Pほどの召喚購入を頼まれているのだ。自分も欲しい物があるので、なるべくポイントを稼いでおきたい。


「ホーンラビットの肉は美味かったから、ポイントにせずに確保しておこう」


 ウサギ肉は300ポイント。それなら、ポイントに交換せずに自分で食べる方がずっと良い。

 その代わり、キツネを【気配察知】スキルで探して積極的に狩っていこうと思う。

 方針が決まれば、後は無心でこなしていくだけだが、先に進む前にどうしても気になっていたキノコを鑑定してみる。

 グリーンフォックスがあれほど夢中になって食っていたのだ。どんなキノコなのだろう?


「お、マッシュルームか。ホワイトとブラウンがあるな。食用可、美味。よし食おう」


 さくさくと採取していく。

 群生地だったのか、キツネに少し齧られてはいたが、そこかしこに生えていた。

 ちなみにポイントは一本100Pだった。



 魔素が濃いおかげで、魔力を使っても昨日ほど空腹を覚えることはない。

 先を急ぐ身には、地味にありがたい。

 魔力使用過多による空腹は、何かを腹に収めない限りはキリキリと身をさいなむので、数時間ごとに足を止めて間食を摂る必要があった。


「水分補給と飴を舐めるだけで済むのは、かなり楽だな」


 ステンレスマグで水を飲み、飴を口に放り込む。ころころと甘い飴を舌で転がしながら、森の中を歩いて行く。

 十二時にアラーム設定したスマホが時間を知らせてくれるまで、黙々と奥を目指した。




「昼か。休憩場所を探さないとな」

 

 アラーム音をタップで消して、周囲を見渡した。テントを張れるような広い場所が見当たらない。

 10メートル四方の結界付きテントが無いと落ち着いて食事も取れないので、良さそうな場所を探すことにした。


「登るか」


 荷物は全て【アイテムボックス】内、無手で歩いていたので、そのまま枝の太い大木を選び、登ることにした。ボルダリングとパルクールを趣味にしていたので、木登りは得意だ。

 するすると高所まで登ることが出来た。


「おお。見渡す限りの樹海だな」


 ヒュウ、と思わず口笛を吹きたくなった。

 どこも木々が密集しているように思えたが、ところどころ空白部分があるようだ。


「とりあえず、そっちを目指してみるか」


 向かった先には、小さな泉があった。

 どうにかテントを張れる広さだったので、泉の横に設置することにした。

 

「さて、昼飯は何にしようかな」


 調理台とコンロを出して、しばし【アイテムボックス】の中身と相談する。


「よし、炒飯とウサギ肉のソテーにするか」


 まずは炒飯を作ろう。フライパンにマヨネーズを投入し、コンロに火を点ける。細切れにしたウサギ肉を炒め、スライスしたマッシュルームも追加した。火が通ったところでパックご飯を投入して炒めていく。卵はもったいないので使わない。

 ガーリックスライスをまぶし、塩胡椒で味付けし、乾燥ネギも振り掛けた。最後に醤油をひと回しで、炒飯の完成だ。深めの平皿に盛り付けて冷めないように収納しておく。


「ソテーはホットサンドメーカーで作るか」


 キャンプ御用達の愛用品だ。ホットサンドだけでなく、色々な調理に使えるので重宝している。

 冷凍餃子を焼いたり、肉まんを焼いてオヤキにしてみたりと、楽しく調理出来るのが良い。特によく作ったのが、チキンソテーだ。

 同じ調理法で今回はウサギ肉を料理する。


「味付けはマジックソルトでいいか。塩胡椒ハーブにガーリック入り、うん完璧。先に味付けをしておこう」


 オリーブオイルを敷き、ホットサンドメーカーを温める。鶏肉と違ってウサギ肉はそれほど脂が出ないので、オリーブオイルは少し多めにした。片栗粉を薄くはたいて、ウサギ肉を焼いていく。

 ジュワッと耳に心地良い音が響いてくる。両面をまんべんなく焼いて、少し焦げ目がついたところで取り出して、食べやすいように切り分けた。


「炒飯の上にソテーした肉を載せて、さぁ食うぞ!」


 名前なんてない、適当な男飯だったが、これがすこぶる旨かった。ホーンラビットのソテーは柔らかく、パラパラ炒飯は卵なしでもマヨネーズのおかげで違和感は少ない。

 何よりマッシュルームが美味しかった。


「この世界のキノコ、すげぇな」


 嫌いではないが、特別美味しいと感じたことのなかったマッシュルームが癖になる旨さで。これは是非ともたくさん採取しておかなければ、と思う。


(これも魔素が多い地の恩恵か?)


 キノコでこの味なら、きっと他の植物も美味に違いない。食後のコーヒーを味わいながら、採取の楽しみに目覚めた俺は期待に胸を膨らませていた。

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