第18話〈幕間〉春人


 俺には五つ年上の従兄がいる。父方の親戚の、冬馬兄トーマにぃ。たくさんいる従兄弟たちの中でも一番年上のため、面倒見が良い。

 性格の悪い親戚のおっさんなどは、トーマにぃのことを伊達家のみそっかす呼ばわりするけれど、何でも出来る従兄のことを俺たちは尊敬している。


 何でも出来るって、寧ろ凄くないか?

 トーマにぃは頭の回転も早いし、大抵のことは目で見てすぐに覚えることが出来る。

 脳筋と良くバカにされる俺からしたら、とんでもねぇって思う。

 頭が良いと言えば、従弟のアキも生徒会役員に選ばれるほど賢いけど、トーマにぃとは性質が違うと言っていた。


 面倒くさそうにため息を吐きつつも、トーマにぃは俺たちの世話を焼いてくれた。

 親戚の集まりがあると、大人たちは子供を放ったらかしにして宴会に夢中になる。

 そんな時に俺たちを含むチビどもの面倒を見てくれたのがトーマにぃだ。

 たくさんいる従弟や従妹、再従兄弟たちの性格をきちんと把握して、それぞれが好みそうな遊びに付き合ってくれた。

 おかげで、俺たちは自分に合った趣味スポーツと出会えることが出来た。


 俺は格闘技が性に合っていた。特に今は柔道にハマっている。最初に手ほどきしてくれたのもトーマにぃだった。ナツやアキの才能を見出してくれたのも。

 聡い大人たちは、ちゃんとトーマにぃの「人を育てる」才能に気付いている。だから自分たちの子供を彼に預けようとするのだ。

 トーマにぃからしたら、良い迷惑だよな。


 だけど、何だかんだでトーマにぃは優しいから、ちゃんとガキどもの面倒をみてやっている。

 俺たちからしたらあまり面白くはないが。

 だって、トーマにぃは俺たちの兄貴分なんだ。一番仲が良いのは四季コンビである、俺たち三人。

 ガキっぽいのは理解していたけど、いつもは大人びてツンツンしているナツやアキだって同じようなことを口にしていたから同罪だ。


 トーマにぃが他の親戚に取られないように、俺たちはなるべく一緒に過ごすようにしている。

 一人暮らしのトーマにぃの部屋に入り浸り、学生時代最後のゴールデンウィークも一緒に過ごせるように根回しした。

 他の連中が悔しがっていたけど、知るもんか。黄金週間の間は、トーマにぃを俺たちだけで独占できる。

 俺たちはバカみたいに浮かれながらキャンプの準備をしたものだった。

 まさか、あんな事が起こるなんて、その時には夢にも思わなかったのだ。



 気が付いたら、何もない真っ白な空間に俺たち三人は立ち尽くしていた。

 たんぽぽの綿毛みたいな奴が、俺たちに向かって嬉しそうに言った。


『ようこそ、勇者たち! 僕たちの世界を壊そうとする邪竜をどうか倒してほしい』


 なんの冗談かと思った。

 俺たちはこの綿毛──異世界の創造神らしい──に召喚されて、転移させられた勇者なのだと云う。


『邪竜を倒せるのは、君たちだけなんだよ。あらゆる世界を巡り、探した中で、僕から授ける救世主のスキルと適合し、あの邪神崩れの竜を滅することが出来る存在。やっと見つけることが出来た!』


 喜んでいる綿毛には申し訳ないが、俺たちはちっとも嬉しくない。

 異世界? 勇者? 面白そうではあるが、それはフィクションの話なら、だ。

 自分たちが当事者になりたいわけではない。

 勝手に連れて来られて、都合の良いように扱おうとしても、頷くわけがないだろうに。

 冷ややかな俺たちの視線に気付いて、綿毛は困惑しているようだった。


『あれ? 君たちが望む魔法やスキルを授けてあげるし、召喚先は僕──創造神を崇拝する宗教国家だから、贅沢な暮らしも出来るんだけど……』


「興味はないな」

「そうね。元の世界に戻して」


 アキとナツが素気なく突き放す。

 俺も同意見。魔法が使えるのは楽しそうだけど、命がけで見知らぬ世界のために戦う気は全くない。


『邪竜を倒してくれたら元の世界に戻してあげるよ? お礼に金銀財宝その他、欲しい物を何でも用意するから! どうか僕の世界を救ってくれないかな』


「なんで神さまが自力で倒さないんだ? わざわざ他の世界から人を誘拐しないでも、創造神っていうなら、強いんだろ?」


 必死な様子に不審を覚えて尋ねると、綿毛はぺしょりと落ち込んだ。


『そうしたいとは思っていたんだけど、あれは創造神たる僕から生まれた一部なんだ。僕は創り出すもの、あれは破壊するもの。本来ならばそれぞれの領分を司るはずだったのだけど、あれは世界全てを望むようになった』


 創り出すものたる創造神では、破壊の神を殺せない。神殺しが出来るのは、別の世界から寄越された救世主のみ。だから、創造神はあらゆる世界に渡り、勇者となる存在を探したのだと言う。


「ようやく見つけたのが俺たちというわけか」

『多少強引に召喚したのは申し訳なく思うけど、それだけ切羽詰まっていたんだ。君たちの希望は極力叶えるようにするから、お願い。世界を救ってほしい』


 真摯な声音で訴えられて、俺はため息を吐く。事情は分かったが、高校生の俺たちには荷が重い。

 大体、こういう交渉ごとはいつもトーマにぃの担当で───…


「あれ? そういや、トーマにぃは?」

「っ!」


 ナツが息を呑んだ。

 アキも端正な眉を寄せている。

 どういうわけか、すっかり忘れていたが、俺たちはトーマにぃが運転する車でキャンプ地を目指していたはずだった。


「そうだ……。急に地面が光って、俺たちは光の中に吸い込まれた。トーマが助けようと俺に手を伸ばして、それで」


 呆然としたアキが呟く。声が震えている。ナツが声にならない悲鳴を上げた。

 俺もアキの記憶に引き摺られるようにして、その瞬間を思い出す。


「車が、衝撃に耐えきれずにバウンドして、ガードレールを越えた……トーマにぃを乗せたまま」

「まさか、そんな。ねぇ、ちょっと! トーマ兄さんも召喚したんでしょ? 何処にいるの!?」


『あの場に、君たち以外がいたの? 僕はこちらの世界で君たちを召喚する術を展開していたから、それは把握していない』

「なら、すぐに確認しろ。トーマが無事かどうか」

『……分かったよ。地球、…日本。召喚場所は──…ああ、』


 綿毛がため息を吐いた。

 俺たちは嫌な予感に顔を歪めた。


『残念だけど、君たちの言う人物は死んでいるね。ちょうど今、魂が肉体を離れていったところ』


「「「生き返らせろ」」」


 ぴたりと三人の息が合った。

 悲しみよりも怒りが大きかった。

 勝手に人を誘拐して、しかも大事な人の命を奪った相手を、俺たちはきつく睨み付ける。


『無理だよ。彼の命は地球の、日本の神々の領分だから勝手に生き返らせることはできない』

「ならば、俺たちはお前に協力しないぞ」


 アキが淡々と告げる。

 眼鏡の奥の切れ長の瞳を光らせながら、神さまに堂々と吹っ掛けた。


「トーマを生き返らせてくれるなら、竜殺しを考えなくもないぞ?」

『ほんとっ? じゃ、じゃあ、日本の神々に交渉してくる!』


 綿毛がふわりと宙を舞い、どこかへ消えた。チョロい。幼い口調や少し甲高い声音からして、この世界の神さまとやらはまだ年若いのかもしれないと、ふと思う。


「おい、ハルナツ兄妹。トーマを生き返らせて皆で日本に戻るために、不本意だが勇者になるぞ」


 アキが言う。真剣な眼差しだ。

 俺たちの返答なんて決まっている。


「おう、任せろ」

「勇者だろうが魔王だろうが、何にだってなってやるわよ」

「さすが同胞。迷いがない」


 ふっ、とアキが唇を歪めて笑う。

 そうだ、俺たちの大事な兄貴分を取り戻すためなら何だってやってやろう。


「邪竜とやらを倒して、この世界を救えば希望を叶えると、あの毛玉は言った。なら、返してもらおうじゃないか」


 視線を交わし合って、大きく頷いた。

 そんなわけで俺たちは不本意ながら、異世界で召喚勇者となったのだった。

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