第3話 光の向こうは、


 レンタルした軽ワゴンのハンドルを握っていたのは、唯一の成人の俺で。

 高校生の三人はそれぞれの席でお菓子を摘んだり、ゲームで遊んだりと久々のドライブを楽しんでいた。



 目指すキャンプ地は、とある山中にある。

 キャンプ場として開放している場所ではなく、母方の親戚が所有する山が目的地。

 コテージというより、山小屋が一軒あるだけの、静かな場所だ。

 後々移住を考えている親戚が少しずつ山を開拓しているので、キャンプに適した平地はある。


 小屋には寝泊まり出来るスペースと水場、さらにトイレとシャワーが完備してあるため、それなりに快適に過ごせるのだ。

 周辺の草刈りと伐採を手伝う事を条件に、ゴールデンウィークの間、山小屋の鍵を借りてきていた。


(ちょうど良い男手が出来たしな。草刈りはアイツらに任せよう)


 ソロキャンプの邪魔をされたのだ。

 このくらいは頑張ってもらっても、罰は当たるまい。などと、考えていたのが悪かったのか。

 通い慣れた山中、良く知る道路で、ふいに何もない場所で車が大きく跳ねた。

 

「なんだ……⁉︎」


 悲鳴が上がる。

 俺は慌ててハンドルを強く握り締めた。何が起こったのか、分からない。眩しい光に包まれる。

 この光は何だ? ヘッドライトではない。光は地面から溢れているようで、訳が分からなかった。

 強い力で身体がシートに押さえつけられているようだ。身動き出来ない。

 どうにか視線だけでも三人に向けようとして──俺は目を疑った。


「お前ら……っ?」

「え? 何だコレ!」

「うそ……。光に呼ばれている……?」

「……くっ…! ありえない、何が…っ」


 光に包まれて、三人の身体が透けていく。消えていく。……意味が分からない。

 とにかく引き留めなければ、と。

 懸命に身体を動かして、どうにか片手を伸ばすことが出来た。


 助手席に座っていた秋生アキに手を伸ばし、その腕を掴もうとした、その瞬間。

 衝撃に耐え兼ねたかのように、車がバウンドし、横転した。


「……っ…!」

 

 シートベルトのおかげで、外に放り出されることはなかったが、運が悪く、そのまま一回転した軽ワゴンはガードレールを飛び越えた。



(痛い痛い痛い、体中がめちゃくちゃ痛い…)


 意識が戻ったのは、刺すような激痛に促されてだ。身体中がズキズキと痛んだが、どうにか重い目蓋を引き上げることが出来た。

 視界が赤いのは、頭か目の上あたりを怪我して血が流れているからなのだろう。


(あの崖から落ちたんだ。怪我をして当然だ……)


 車は横転したままだ。崖の下まで落ち切ったのだろう。地面が見える。何本か、巻き込んでしまったらしい木が、すぐ傍らに倒れていた。


 ゆっくりと首を動かして、助手席を確認する。誰もいない。シートベルトは外れておらず、装着した状態。まるでそのまま抜け出したかのよう。


(血は、落ちてない。大丈夫だ、アキは怪我をしていない……)


 身を起こすことは無理そうなので、ルームミラーで背後の二人を確認する。どちらも見当たらない。シートベルトも同じ状態か。

 何だアイツら。揃って縄抜けの技術でもマスターしたのかよ。

 冗談で紛らわせようとしても、限界だった。

 痛みは、…良く分からない。

 先程までの激痛は何故か冷たい熱のような感覚にすり替わっていた。

 自分の呼吸音がやけにうるさく感じる。


(オーケー、現実逃避も止めにする。もう一生分は驚いた。俺は平気だ、たぶん)


 ゆっくりと視線を落とし、絶望に瞑目めいもくする。そりゃあ、痛いよなと納得した。

 フロントガラスを突き破った片腕くらいの太さの木が自分の胸から生えているんだから。


 理解した途端、咳き込んで血を吐いた。

 眩暈がする。寒い。ひどく眠い。アイツらはどうなったんだろうか。

 心配ではあったけれど、何故か、大丈夫だと心のどこかで誰かが囁いている。


 事故の原因となった、あの光の洪水。

 恨めしくは思うが、何故だか悪い物だとは思えなかった。むしろ神聖な、静謐な──…


 意識が遠くなる寸前、再び同じ厳かな光に包まれた気がした。




『……ねぇ、起きて。目を覚まして。貴方を生き返らせてあげるから』


 耳元で誰かが囁いている。

 いとけない、子供のような声音。誰だろう。親戚のチビかな。一番下は5才の陽奈だったか。いや、男の子の声だから、7才の隆二か。


『僕はヒナでもリュウジでもないよ。いいから起きて。もう痛くないでしょう?』

「……ん、本当だ。痛くない」


 ぱちり、と目の前が明るくなる。

 仰向けに寝転んでいたようで、見事な青空が視界いっぱいに広がっていた。ゆっくりと瞬きを繰り返し、そっと起き上がってみる。

 

「怪我が消えている? 服装も違うし、青空広がる草原に一人っきりで、目の前には喋るケサランパサラン。……ひょっとして俺、死んだ?」

『たしかに死んでいるけども! 僕はケサランパサランじゃないよ!』


 ぷんぷんと、憤慨したように飛び跳ねる白い毛玉をじっとりと眺める。

 タンポポの綿毛を大きくしたような、白いふわふわ。うん、どう見てもケサランパサランだ。触ってみたい。


『だから違うってば! 僕はこの世界の創造神だよ? 違う世界の魂だからって、もっと敬ってくれてもいいと思うんだけど!』

「違う世界の魂? どういうことだ?」


 眉を寄せると、自分のことを神だと自称するケサランパサランが声を弾ませた。


『ここは君が住んでいた地球とは別の次元にある、異なった世界なんだ。似て非なる世界、決して交わらない次元、光の向こうにある世界だよ』

「……どうして、俺がそんな世界にいる? いや、俺は死んだんだったか。今の俺は魂だけの存在なのか……?」


 呆然とてのひらを見下ろした。

 全く好みじゃない、白いパジャマのような服を着ているのも、死後の世界だからなのか。

 記憶にある事故で死んだのは確実として、どうして自分が異世界などにいるのだろう。

 ぼんやりと思考を巡らせて、そういえばと思い出す。


「……もしかして、俺と一緒にいた三人も、この異世界とやらにいるのか?」

『正解! と言うか、元々あの三人だけをこの世界を救う勇者として召喚したんだけどねー』


 へらりと笑いながら、告げられて。

 俺は嫌な予感に顔を顰めた。これはどこかで聞いた覚えのある展開だ。

 たしか、中学生の従弟がハマっていたファンタジー小説。人気のライトノベルだと言う、その本の内容を教えてくれた──…


「まさか。まさかとは思うが、俺が死んだのはアイツらを勇者召喚した結果の巻き添えだった、とか?」

『大正解‼︎ 景品として、貴方を生き返らせてあげるねっ』


 ぴょんぴょんと陽気に跳ねるケサランパサランをわしっと掴み、息を吸い込んだ。


「お前が元凶なんじゃねーか!!」

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