第2話 黄金週間はキャンプに行きたい


「ゴールデンウィークは俺もキャンプに行きたい! いいだろ、トーマにぃ


 デカい図体で最初にねだってきたのは、五つ年下の従弟、伊達春人だてはるとだった。

 高校二年生、17才にはとても見えない立派な体格の持ち主だ。身長は確か185センチ。

 大学四年生、21才にして身長が164センチと小柄な俺としては面白くない相手だったりする。


 学生時代最後のゴールデンウィーク。

 存分にソロキャンプを楽しもうと、黙々と自室で準備をしていたところ、頼み込んできたのが、この春人だった。


 春人だけじゃない。部活の後、テスト期間中など、暇を見つけては俺のアパートに遊びに来るのは、他の従弟たちもだ。

 通っている高校がこのアパートから徒歩15分ほどの立地なためか、勝手に拠点にされている気がする。

 そんなわけで本日も、せっかくの連休前だが、親戚の三人に押し掛けられてうんざりしていたところだった。

 


 春人──ハルは、柔道部の主将をしている。

 合気道や空手も嗜んでおり、格闘系を得意とする体育会系の少年だ。

 勉強は苦手だが、性格は明るくポジティブ、大柄な体格のくせ人懐っこい性質なため男女共に慕われている。

 明るい色の髪を短く刈り上げており、愛嬌のある笑顔がテディベアっぽいと人気があるらしい。


 太い腕でぎゅうと背後から覆いかぶさるようにして揶揄からかってくるこの巨体の、どこがテディベアだと文句をつけたくなる。

 本人からしたら年上の従兄に甘えているだけかもしれないが、格闘技を極めた超高校生級の大男に張り付かれたこちらとしては、割と命の危険を感じていた。


「おいコラ。ハル、重い。どけ」

「えー? トーマ兄が冷たい……」

「ふざけんな。そんな口調で拗ねても可愛くねえっての」


 男同士の戯れ合いの延長で、背後の大男の腕を取り、関節技をめていると。


「ちょっと、ハルにぃずるいわよ。私だってトーマ兄さんと一緒に遊びたい」


 凛とした涼やかな声音が二人に割って入ってきた。春人ハルの妹、夏希なつきだ。

 夏希──ナツは高校一年生、16才の従妹だ。

 弓道部のエースで、身長は168センチのスレンダー体型の美少女である。

 艶やかな黒髪をポニーテールにまとめており、凛とした立ち姿は男の自分の目から見ても様になっていた。

 薙刀も得意で、賢い少女だが、唯一の欠点は男嫌いなこと。従兄弟である自分たちにはさすがに懐いてくれているようだが。


「ハル兄、邪魔」

「うおっ! こら、ナツキ!」

「トーマ兄さんを独占するのは禁止だから」


 冷ややかに言い捨てると、夏希ナツは、ハルを俺から蹴り剥がした。

 空いたスペースに素早く滑り込むと、ナツはにこりと笑い、俺の片腕に己のそれを巻き付ける。


「……で? トーマ兄さん、どこのキャンプ場に行くの?」

「いや、ナツ……お前もか……」


 ソロキャンプをこよなく愛する俺、伊達冬馬だてとうま。可愛い従弟と従妹にねだられたとしても、素直に頷けない。

 別に彼らのことを嫌いではないが、子供の頃からの癖でか、やたらと懐いてくるので、少々──否、かなり鬱陶しいのだ。


「そんなに行きたきゃ、お前ら兄妹で行けばいいだろう。自転車で行けるキャンプ場もあるぞ?」

「は? 冗談だろ、トーマ兄」

「そうよ。ありえないでしょう、トーマ兄さん」


 途端、あまり似ていない兄妹は嫌そうに顔を顰めている。いや、何でだよ? 

 キャンプに行きたかったんじゃないのか。


「私はトーマ兄さんと行きたいだけ」

「俺だってどうせなら、トーマ兄とがいい」

「待て。それなら僕もキャンプに行く」

「お前もかよ、アキ……」


 新たに登場したのは、伊達秋生だてあきみ。こちらはナツと同級生の従弟だ。

 黒髪メガネのイケメンで、身長は183センチ、細マッチョ体型。剣道部のエースな上、生徒会の役員というエリートだ。

 文武両道を誇っているが、性格は生真面目で神経質。理屈臭くて面倒な男だが、何故だか俺の言うことだけは黙って聞くのが不思議だった。


 放課後、三人で連れ立って俺のアパートを訪問するのは良くあることだったので、特に気にしなかったが、今日はやけに絡んでくるな。

 不思議に思っていると、ハルが唇を尖らせて、ぽつりと呟いた。


「だって、トーマ兄。これが学生時代最後のゴールデンウィークって言ってただろ? 夏季休暇の頃は就職活動で身動き取れないだろうって」

「だから、一緒に騒いで遊びたいなって思って……」

「僕も賛成した。自分たちのキャンプ道具は用意している。トーマの邪魔もしない。だから、連れて行って欲しい」


 春人ハルだけでなく、夏希ナツ秋生アキまで上目遣いで訴えてくる。

 イケメンに美少女はズルい、としみじみ思う。

 潤んだ目で遠慮がちに申し出られたら、年上の従兄としては頷くしかないのだから。


「分かった。車は俺が出す。だから、自分たちの荷物の準備と親の許可は必ず貰って来いよ。俺がおじさん、おばさん達に叱られるんだからな」

「! 分かった!」

「言う通りにするわ」

「安心してくれ、トーマ。もう既に許可は取ってある」

「やっぱり主犯はお前か、アキ。……まぁ、いいけど」


 大勢いる従弟や従妹達の中で一番年上だったので、面倒を見るのは慣れている。


「ソロキャンプはいつでも行けるしな。仕方ない、付き合ってやるよ」


 諦めて受け入れてしまった、この時の判断を俺は後々後悔することになる。


 まさか、この自分が『異世界からの勇者召喚』に巻き込まれて命を落とすだなんて、その時には夢にも思わなかったのだ。



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