第11話 縁切りの招き猫
ビルの屋上に到着し、遥に言われた通り給水塔の陰に身を隠す。
遥に連絡のメッセージを送るとすぐに既読が付いたが返事はなかった。もうこちらに向かって歩いているのだろう。
少しして重たいドアの音、そして一人目の足音……これは多分、遥の足音だ。それから程なくして二回目のドアの音がし、二人目の足音が聞こえた。
「ねぇ遥君、えっと……話ってなあに?」
このところいつも不機嫌そうな北原さんが少しはしゃいだ声で話しているのに驚いた。
「北原さん。呼び出しに応じてくれてありがと。ちょっと言いにくいんだけど……」
……なんだろう変なこの間は。
「吉崎さんと何があったのか話してもらっていい?」
「え? なんで? なんで今それを聞くの?」
素っ頓狂な声が屋上に響く。
「俺、手紙に『俺の話を聞いて、その上で返事を聞かせてほしい。オッケーならここに来て』って書いたんだけど?」
そんなこと書いてたのか。
「……ふざけてるの?」
「まじめですよ。……ねぇこれ、北原さんの仕業だよね?」
「嫌だなぁ、遥君。乙女心を利用するなんてズルいんだけど」
「ごめんね。俺への好意に気づいちゃったからつけこんじゃった。でも、そうでもしないとこんなところまで来てくれないでしょ」
遥君は意外と策士だな……。いや、そんな呑気なことを思っている場合じゃない。
「面接に来た時に受付で見て、ちょっとタイプだなーって思っただけよ」
遥の性格と外見なら仕方がないのだろうけど、言い寄られ過ぎて苦労してそうだな。
「……最初は吉崎さんのことを一番に思っての行動だった。でもそれが思わぬ方向へと転がってしまった」
「何のこと?」
「彼女から小野さんを遠ざけようと、神社とかお寺に縁切りの祈願に行ったでしょ? 多分半年くらい前。その時に北原さんは悪縁切りに効果があるというこの招き猫を手に入れて、それを吉崎さんに贈ったんだよね?」
「……なんで遥君がそのことを知ってるの?」
これは推理というより、詠んでいるから限りなく事実に近いのだろう。
「幸いにも効果があって小野さんの足は遠のき、平和が訪れた。そして彼女は予定より少し早めだったけど休暇に入ってしまった」
「……そうよ。あいつが来なくなったって菜々ちゃんも喜んでた。だから私がしたことは間違ってない」
「コレは悪縁切りなんかじゃないよ。持っていると周りから嫌われるとか、疎まれるようになって孤立する不幸のアイテムとしてそこそこ有名なんだけど、知ってた? ネットで『縁切りの招き猫』で調べると出てくるよ」
小野君が人事部に来なくなったのは、吉崎さんのことを疎ましく思ったからということか?
「効き目はゆっくり時間をかけて発動する。でも、実際は疎まれるどころじゃない。持ち主を死へと追いやるシロモノだよ」
「さっきから何言ってるの?」
遥君、普通の人には話しても信じないようなことを……それに北原さんの声は完全に不機嫌だった。
「表面上は
あの招き猫を詠んだ時にその状況が見えていたのだろうか。吉崎さんは「この猫ちゃんは私の願いを叶えてくれたんです」と話していた。
「今度は、あの部屋に一人きりになった俊郎さんがこのコイツの影響を受けることになった。俊郎さんの残業時間が増えて、長い時間その影響を浴び続けた結果は、北原さんがいちばん知っているでしょう」
……そんな恐ろしいものと半年も同じ部屋にいたのか。
思えば、小野君だけじゃなく、他のみんなですら人事部のあの部屋に来なくなっていた。以前は電球が切れただの、ペンを注文してくれだの、みんな一声かけにきてはほんの少し世間話をして休憩していくような空間だったのに。
「おそらくこいつの発動条件は、持ち主が誰かを嫌う想い。それを感じ取ると嫌った相手を確実に跳ね除ける。その効果さえ最初に出せば、持ち主は幸運のアイテムとして信じちゃうよね」
なるほど。最初のターゲットの小野君がそのトリガーだったのか。
「幸運のアイテムならば持ち主は手放さないだろうし、その後は周囲から不愉快とか嫌悪とか悪意をかき集めてしまう。……そして最終的に持ち主を死へと
さっき招き猫から出たどす黒い煙は、そうやって集まった悪意の感情なのだろうか。
「最初は噂をSNSに投下し、その後も執拗に噂を煽った。次はガラス片で体を傷つけようとし、最後はレシートにあんな言葉を」
「わ、私はそんなつもりなんか」
「そんなつもりは無かったのに、あんな言葉を書いてしまったの? おかしいよね」
なるほど、それならオカルトじみた案件なのにとても説得力がある。
「俊郎さん、出てきてください」
……え?!
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