第2話 :アップデート


「うぉっ、らんくんなに…びびったぁ」


 1限があるから早起きしなければいけない木曜日、目覚ましより前にふと目が覚めると、ベッドの下から蘭くんが俺の顔をじぃっと見ていた。


「目覚ましが発動するまで、とーりの顔見てた。ちょっと疲れ気味?今日は早く帰って休んだ方がええね」

「ありがとう、夜ご飯、なんかあったかいのたべたい……」

「お母さんのシチューのレシピのデータある!作って待っとくね」


 俺の着替えを用意しながら材料の発注をすませている蘭くんはなんだか楽しそうに見える。いつもありがとう、と肩に手を回したら、すこし驚いてから嬉しそうに「へへ」と笑ってくれた。この人…人じゃないけど、この人は笑顔が本当に、可愛い。


『桃李くんの家のアンドロイド、型はなに?……え!結構古いやつじゃん、アップデートしてる?そろそろサポート対象外じゃない?』


 昼に自分専用のアンドロイドを持っている同級生から言われ、そういえば型なんてみたことない事に気づかされる。酷い話かもしれないが、日々充電して朝になれば起動する蘭くんの中身の事なんて気にしたこともない。特に不具合もないし。でも言われれば気になるもので、帰宅してすぐ蘭くんに型とバージョンを聞くと「急に何ぃ?」と言いながらも教えてくれたので、調べてみた。


 蘭くんの型は20年以上前のもので、現存している中では古いこと、でもまだ使ってる人もたくさんいて、そんなに問題がおきている様子もないことを知りホッとする。新しい型でリーズナブルな子もいるけれど、蘭くん以外と暮らすなんて……考えられない。

 そのまま蘭くんの型を調べていたら、セックス機能も搭載されていることを知った。……うわ~、なんかやだな、おじいちゃん、そういう趣味だった?あまり気にしたくない事実を感じながら設定をチェックをすると、セクサロイド機能は1度も立ち上げられたことがない事を知る。なぁんだ、本当に身の回りのお世話だけを蘭くんはしてたのか。セクサロイド機能を「ON」にしたら、何がおこるんだろう……?正直めっちゃ興味がある。俺のお気に入りの曲を鼻歌で歌いながらルーを溶かしている蘭くんは、どうなってしまうんだろう……。


「と〜り~、味見して!」

「う、うん」

「どう?」

「美味しい。懐かしい味する」

「よかったぁ、もう出来るから、待っとってな」


 蘭くんの中身をちゃんと知ったからなのか、いつもの笑顔のはずなのに急な愛しさを感じてしまう。そっと頬に顔をよせ小さくキスをした。これは変な意味じゃない、親愛のキスだ。


「……」

「……あれ、だめだった?」

「いや……」

「らんくん固まっちゃった」

「処理が、進まん……」

「なにそれ。機械みたい」

「俺は機械やし!もう!ごはん持ってって!!」


 蘭くんはご飯を食べない。当たり前だけれど、アンドロイドはみんな食べない。そのかわりに充電をする。勝手に充電モードになってくれるから俺は本当にすることないんだけど。洗い物をする蘭くんの背中を見ながら1人あたたかいごはんを食べていると、ついていたTVのニュースが気になることを言い出した。


ーーついに、味覚・食事機能が搭載されたバージョンが出ました。シェフ型、介護型から先行公開されており、好評のようです。今後、ストアでバージョンが公開されていきますので、一般家庭でもお楽しみいただけます。


「へー、すげー。蘭くん、味、知りたい?」

「味が解るようになったら、もう少しご飯も美味しいの作れるようになるんかなぁ」

「それはわかんないけど、でも、一緒にご飯食べられたら俺はうれしいかも。2人で食べてみたい」

「そうしたら食費2倍やん、お金かかるだけ」

「えー、そんぐらい払わせてよ。まぁ、昼は俺いないし、夜ご飯だけだし」

「とーりが、そういうなら……でも、俺バージョン古いし、対応してないやろ?」

「えー、だいじょうぶっしょ。調べておくよ」

「とーりと一緒にご飯かぁ……ふふっ」


 偉そうに言ったものの、やはり蘭くんの型はサポート対象外だった。しかし、サポート外に無理やりインストールする方法はネットにはいっぱいある。一つ一つ手順踏めば……まぁ、できそうっしょ!調べている最中、一緒にご飯を食べた体験記を書いているブログを読んだら、絶対に機能を入れたい。美味しいね、って蘭くんに笑ってほしい。


「ね、蘭くんこっちきて、味覚モードインストール、やってみる」

「はーい。次起動したらすぐに味がするんかな?」

「じゃないかな。そう書いてあった。最初何食べたい?」

「えー……なんでもいいけど…。あ、あれ、アレ食べてみたい、フルーツ……」


 へへ、と申し訳なさそうに下を向く蘭くんが愛しい。ブドウにリンゴにいちご、全部買おう。一緒に食べよう。リンゴはきっと蘭くんに剥いてもらう事になるけれど。こっちにきて、とベッドに座らせて久しぶりにケーブルを背中につないだ。手順をひとつひとつ、間違えないように。着信モードを切って、ネット接続を切って、全ての設定をONにして、スリープモードにする……。


「朝ごはん、一緒にたべるのたのしみやぁ」

「俺も……蘭くんと一緒に食べるの、楽しみ。少し休んでてね」

「うん、おやすみ、とーり」


 瞳を閉じた蘭くんは、ゆっくりとスリープモードに入った。


 あまり得意ではないPC作業を一つ一つ進める。インストーラーの「%」の進みが遅い。時計は0時を越え、1時、2時……待ち時間が長く、蘭くんと出会った日の事を思い出す。庭で遊んでいた俺に「風邪をひきますよ」と蘭くんは着ていたカーディガンを羽織らせてくれた。「それじゃらんくんがかぜひいちゃう」そういったら「ぼくは機械だから風邪をひかないんですよ、丈夫なんです」と言ってくれたっけ。あの日も、冬と春のはざまで少し肌寒かった。


 空が明るくなってきたあさ5時にやっとディスプレイに「100%」の文字が現れる。あ~~~ねっむ……。こんなに時間かかるなら休みの前の日にすればよかった。蘭くんの起動は毎朝7時だ。驚かせるために1人コンビニに向かって果物を探すと、バナナしかない。まぁいいか、お会計をすませ外に出ると、空からぱらぱらと雨が、降りだしていた。


 家に帰りベッドに横になる。次に俺が目を覚ました時、時計は11時を差していた。

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