第230話 津波 ⑨
ア・ソ連合体の歴史は、何気に長い。
現在では開祖クマ・モート・チーマヅが持ち込んだ戦術論、戦闘教練みたいな技術は失われ、やや斜陽気味な感は否めない。だが、それらがまだバリバリ現役だった時代は存在し、それによって連合体の支配領宙域が拡大し続けた時期というのも存在する。
ポイント・アギ・ロック。ここはかつて幻のベアシーズ部族、ベアシーズ最強と呼ばれていたケイブ部族が支配していた宙域であった。
ベアシーズの特権意識の始まりは、このケイブ部族から始まったと言っても良い。何しろ彼らは開祖クマから直接身体調整強化を受け、悠久の寿命を手に入れた部族であり、それはつまり開祖クマが姿を隠した後釜に収まるという意味でもあった。
開祖クマの歪んだ思想をそのまま受け継いだ彼らケイブ部族は、開祖クマがひた隠しにしていた部分、歪んだ思想をそのまま政治に組み込んだ。つまり、差別と弾圧だ。
残っている九部族では、開祖クマが行ったとされた暗黒の歴史だが、実際はケイブ部族が行った暴君が如き政治であり、そういう意味で開祖クマは被害者であるのだろう。しかし、歪んだ思想を持ち込んだ、その一点だけは間違いではない。
栄華を謳歌し、差別した弱小種族から搾取し、増長したケイブ部族はしかし、搾取し続けた弱小種族の反乱であっけなく滅び去る。その当時最も力弱き種族とされたラットル部族、ネズミ系の獣人種族に毒殺されたのだ。
この事から連合体では、国民の代表を選出する代表合議制政治と言うべき政治形態へ変更され、政治の中枢も見直し、アギ・ロクから現在ウェイス・パヌスがある宙域へと移動した。
アギ・ロックからウェイス・パヌスへ移動させた理由は凄惨で、ラットル部族が使用した毒というのが、毒と言うより細菌性生物兵器的特質を持っており、アギ・ロックのコロニー群を丸々破壊し尽くさなければならないレベルで汚染が進んだ為である。
歴史の闇に沈んだアギ・ロックはこうして、連合体の支配宙域でありながらも統治権の放棄、放棄宙域なんて不可思議な場所が生まれた訳だ。ア・ソ連合体の歴史は長い、そして連合体へ身を寄せる種族の数は膨大で、それだけ色々な闇を抱えている。こういう放棄宙域というのは存外多い。
そんなアギ・ロックへチカチカと光が明滅し、多くの戦闘艦が一斉に姿を現す。
「ジャンプ完了、各員、船体のチェック」
名も無き宙域でアベル艦隊の処理が追い付かないウニを、ぷちぷち潰していたプラティカルプス大隊と、支援艦隊の直掩をしていたメビウス大隊が、ここアギ・ロックへジャンプしてきたのだった。
ジャンプ直後、すぐさまミクによるタクティカル通信が構築され、鈍い灰色の少し伸ばしすぎた髪を鬱陶しそうに払ったカオスが、ブラウンの瞳で周囲を油断無く見回しながら確認作業を進める。
『シオン・シグティーロ、問題無し』
『ロウ・スフラ、問題なっしぃ~んぐ!』
『『『『ツヴァイク・レイズ・ナルヴァス、問題ありません』』』』
自分を頂点とする大隊は問題無し。なかなか訓練が行き届いている、後で誉めてやろう、そんな事を考えながらカオスも自分の状態を仲間へ伝える。
「アルス・クレイ・ナルヴァスも問題無し。マルト」
もう片方の大隊の長、親友である金色と茶色が混じって、タツロー曰くプリンやん、と呼ばれている一部界隈では圧倒的可愛いとの声が多く聞こえる少し長め髪に、不思議な光を感じる薄紅色の瞳を優しげに緩め、少年らしい甲高い声で返事をするマルト。
『メビウス大隊、問題無しだよ』
そこは全く心配していない。心の中でそう呟きながら、カオスは頷き返す。
「周囲の警戒怠るな、俺達の役目は第四、第五艦隊が到着するまでの繋ぎだ。この段階での無理も無茶も認められていない。各々、自分達が課せられた役割を果たせ」
『『『『了解!』』』』
凛々しい表情で命令を下すカオスに、ミクとリアはうっとりとした表情を向け、その様子を見ていたアーロキとノールはピュゥと口笛を吹く。
「なんだよ?」
キョトンとした表情のカオスに、二人はニヤリと笑う。
『あのカオスが大人になったもんだな、と思っただけだ』
『今のカオっちゃん、イカシテんぜ。まるでガイツみたいだ』
「……そうかよ」
ぷぃっと顔を背けたカオスに、二人の笑いはますます深まる。あの無感情に敵を倒し、どこか死に場所を求めてさ迷っていた迷子のようなカオスが、こんな立派な青年へ向かって成長するとは誰も考えられなかった。
『やっぱタツロー国王には感謝、だよな』
『んだなぁ。あったけぇ寝床にあったけぇ飯、給料たんまりで毎日でも花街に行ける。最高だぜ? ライジグスの軍人さんってのはよぉ』
くくくくく、と小悪党みたいな笑い方をするノールに呆れた視線を向けながら、アーロキは背後の気配を感じて頷く。生き別れの弟と再会出来た。自分の伴侶にと思えるような女と出会えた。確かにライジグス軍人は最高というのは間違いない。
『カオっちゃん! 妙な反応がある!』
周囲を警戒しつつ、第四、第五艦隊が到着するのを待っていると、マルトの声が響き、全体に緊張感が広まる。
「第二種戦闘配備」
『『『『了解』』』』
淡々と冷静に命令を告げ、カオス自身もミクとリアに合図を送って各種リミッターを解除していく。
『おいおいおいおい!』
『マジかよ……』
妙な反応がある方向を見ていたノールとアーロキが妙な声を出し、カオスも何事かと視線を向けて、一瞬フリーズした。
「くかかかかかかっ! これは良い! これを巫女殿は知っておったのか! 何と言う汚名返上の機会か!」
「ぬふぅ、にゅふふふふふふふふっ、これはこれは、あの時の痛みを万倍にしてお渡しする好機ですぞ!」
「はぁ、またぞろ面倒臭い奴らが……」
ワゲニ・ジンハン三神将と自身を称していた化け物三体に、無数の
「……ミク、リア、ローヒ、フラタ、奴らとの戦闘データを近衛含めた全体へリンク」
「へ? え? 何で?」
フリーズしていたのも瞬き一つの時間、すぐに正気へ戻ったカオスが淡々と指示を出す。その指示にあまりの事で石化していたミクとリアはきょとんとした顔でカオスを見る。
「種や仕掛けは不明だが、アイツらは死んでも復活出来ると判断。アイツらの戦い方は特殊に過ぎる。知らずに対応した場合の混乱は大きいと思う。だが、どこの場所に現れても各所のエース級なら対処は可能なレベルだ。その為のデータ共有だ。マルト!」
『大丈夫、ボクのデータも共有したよ』
やだ、うちの彼氏(予定)格好良すぎ、とかぽわぽわした感情で聞き惚れながら、ミクとリア、聞き惚れてはいないがローヒとフラタはデータを近衛へ共有するよう動く。
『んでどうするよ? 前と同じでいいのか?』
ノールが舌舐めずりしつつ、鋭くア・ザドを睨み付けながら聞いてくる。その言葉にカオスは一瞬考え、ふむと頷く。
「ツヴァイク・レイズ・ナルヴァス全艦、遊んでやれ」
『『『『りょ、了解!』』』』
カオスは操縦桿から完全に手を離し、ゆっくり両腕を組んで命令を下し、その命令に部下達が少々強張った声で返事をする。
「何、種と仕掛けは丸裸だ。それと忘れているかもしれないが、お前達はどこの艦隊に組み込まれても一人一人がもう、トップエース級と呼ばれる腕がある。自信を持て、お前達はシン・プラティカ時代に俺らの金魚の糞と呼ばれていた頃とは違う。あの化け物へ対処して見せろ、己の腕を高らかに誇れ」
カオスの静かだが力強い言葉に、部下達の気配がガラリと変わる。
『おら、特攻隊長のありがたい評価だ、てめぇら行ってこいや!』
『『『『了解っ!』』』』
アーロキの一喝に部下達が気合いの入った返事をし、一斉に三神将へと襲いかかる。
『ボクらは雑魚掃除?』
ただ単純に突っ込んで行ったのに、何だかんだで陣形が整っているツヴァイク・レイズ・ナルヴァスの群れを、頼もしく思いながら見送り、マルトがカオスに確認をする。
「奴らが集中出来るように、そんぐらいは受け持つべきだろ」
小さく溜め息を吐き出しながら、やれやれ仕方がねぇな的態度で言うカオスに、ノールがニヤニヤ笑いながら突っ込む。
『ひゅぅ、あの特攻隊長も優しくなったもんだ』
「やかましい。行くぞ」
随分とわざとらしい舌打ちをしながら、カオスがゆっくり操縦桿に手を伸ばしながら指示を出すと、分かってるよぉという感じにニヤニヤ笑って頷くアーロキとノールが、気合いを入れ直すように腹から声を出す。
『『おうっ!』』
カオス達のやり取りを微笑ましい感じに見ていたマルトが、こちらも切り替えないとダメだな、と真剣なキリリとした表情を浮かべて指示を出す。
『メビウス大隊続くよ』
『『『『は~い!』』』』
そこはやっぱり了解じゃないかな、マルトはそんな事を考え、小さく溜め息を吐き出しながら優しくフットパダルを踏み込んだ。
○ ● ○
将じゃ無くて兵が、それも前は自分達を前にして逃げた弱卒が挑んできた、とメ・コムは失望を隠しもせずに衝撃を解き放つ。
『馬鹿の一つ覚えだ。当たるんじゃねぇぞ』
『『『『おうっ!』』』』
絶対に目に見えない衝撃という攻撃を、弱卒が紙一重で、しかも必要最小限な動きで余裕を持って回避される。その一連の動きは思わず美しいと関心するレベルで完成されていた。
「なんだと?」
驚愕するメ・コムだったが、その驚愕は更なる驚愕によって塗りつぶされる。
『フレキシブ・バトルアーム展開。ショックブレイドモード』
『『『『おうっ!』』』』
ガゴンと重々しい音を響かせ、目の前の戦闘艦の腹側からアームが展開され、ぶふぉんという耳の奥をざわつかせる音を響かせ、自分へ急接近してくる。
「くはははははっ! 奴には驚かされたが、あれ以上の剣士などおらんだろ! 膾切りにしてくれる!」
両手に衝撃を集め、剣状の形に固めると全くなっていない構えで待ち受ける。
『後がつっかえてる、とっとと終わらせるぞ。逆転、まぼろしのきょうかん』
『『『『おうっ!』』』』
三隻の塊を四つ、ウロボロスの輪のような形を象るように入れ替わり立ち代わり、そのポジションを移動させてメ・コムへ接近する。
満面の笑みを浮かべて迎え撃つメ・コムだったが、自分の腕より早く迫る戦闘艦のアームの方が二テンポ先に動いた。そしてぶぼぉん! と音が唸り、アームに取り付けられた何も無い筒から蛍光イエローの光が、瞬間吹き出すように生まれ、自分の体を簡単に両断した。それが一斉に十二閃。またしても何をされたのか分からずメ・コムは命を散らした。馬鹿な、という巨大な驚愕を残して。
『ダメージ食らいましたなんてクソ野郎はいねぇな?』
『『『『無傷じゃボケ!』』』』
『おし! 隊長と合流する』
『『『『了解!』』』』
倒したメ・コムを一瞥すらせず、部下達は立ち去る。もしもこの様子をタツローが見ていたら、再生怪人って弱いよね、とばっさり切り捨てられた事だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます