第218話 怒涛 ⑧

 カオスとメ・コムが戦闘に入った頃――


「兄貴! カオス隊長が何かやべぇのと戦ってる!」


 順調にグレイブの駆除が進み、どこか楽勝ムードが漂っていたコックピットで、観測手としてモニターを監視していたローヒの叫びにアーロキはカオスの状況を確認するために振り返る。


「何だありゃ……」


 下手したら巡洋艦クラスの大きさがある巨大な化け物が、カオスのアルス・クレイ・ナルヴァスと殺陣を演じている。しかも、今まで何度も敵を切り裂いてきた必殺のレーザーブレイドを、何か訳の分からない手段で弾いているではないか。


「助けに行く?」


 シオン・シグティーロ全体のシステム管理に集中していたフラタの言葉に、アーロキは逡巡するが首を横に振る。


「昔のカオスなら問答無用で助けに行ったが、今のカオスなら無茶はしねぇ。俺らは俺たちの仕事に集中する」

「分かった」

「アーロキがそう言うなら」


 今のカオスの中心はライジグスであり、彼が捧げる剣の鞘はタツロー・デミウス・ライジグス国王。その国王様直々に、命大事超大事問答無用で生き延びろ、という勅命を受けているのだ、絶対に無理はしない。昔とは絶対的に条件が違うから、そこまで心配する必要もないだろう。


「……まぁ、それは俺らも同じだけどよ……」


 十把一絡げ、そんな感じでそこそこのガタイで複数回の戦闘に耐えられるなら買い。安ければ尚買い、みたいな感じで買われたスペアデコイと呼ばれていた自分達。スラムのギャング気取りな孤児と大差無い無価値な命とされてきた自分達。


『ああん? どうしてそこまで熱心に自分等を助けてくれるか、だって?』


 前に一度機会があって、訓練中の国王にアーロキが質問した時の、彼から返ってきた言葉は忘れられない。


『だって、助けて欲しかっただろ? 俺にはお前らの悲鳴が聞こえたからな。それに助けられる力があるなら使わなくてどうするよ』


 頼れる兄貴のように、大きな愛で見守る親父のように、やはり一国を束ねる王として、そんな色々な顔が合わさったそんな表情で、だろ? と笑って言った彼の言葉にアーロキは確かに救われた。カオスみたいに熱狂的な感じではないが、それでもこの人の為だったら喜んで死んで良いと思えた。だがそんなこっちの考えを見抜いたのか、彼は重ねて言った。


『恩義を感じてくれるのは嬉しいけどね。忠義の為に死ぬとかは無しで頼むぜ』


 彼は豪快に笑ってそう言うと、チャーミングに微笑みながら言ったモノだ。


『君らがいなくなったら、俺が寂しいじゃん。頼むから幸せになってくれよな』


 アーロキ・ヒオラ・ドルトの命に意味が生まれた。人生の目標が出来上がった。安い命じゃ無くなった。あの人が見えない場所で死ぬ事が許されなくなった。もう自分はスペアデコイではない、ライジグス軍部が誇る二大戦闘部隊プラティカルプス副長アーロキだ。


「どうしたの? ニヤニヤして」


 そんな昔の事を考えていたのが顔に出ていたのか、ニヤついているのをフラタに指摘されてアーロキは仏頂面へ戻ると、誤魔化すように率いている小隊へ指示を出す。


「各小隊、こっちを手早く片付ける。カオスの方で不測の事態が起こる可能性がある。そっちに対応する為に、こっちをさっくり片付けるぞ」

『『『『了解!』』』』

「ちょっと話を逸らさないでよ! 別の女の事でも考えてたんでしょっ!」

「ちげーし! ちょっと陛下とのやり取りを思い出してただけだし!」

「本当? アンタ普通にモテるから怪しいんだけど?」

「何の話だよ?!」

「あー、兄貴、まだ通信中」

「「ふぁっ?!」」


 通信に笑い声が響き、アーロキとフラタは顔を真っ赤にしながら苦笑を浮かべる。自分達のやり取りで緊迫していた空気が遠退いたなら結果ラッキーと無理矢理納得しつつ、アーロキが操縦桿を握る手に力を込めようとした瞬間――


『アキ! 直下っ! 避けろっ!』

「っ! 全艦散開! 陣形は気にするな! 全力で逃げろっ!」


 ノールのらしくない叫び声にアーロキは咄嗟に叫び、シオン・シグティーロの性能限界ギリギリの加速で、その場から離脱する。すると空間を切り裂くような何かが飛来し、直後極地のような空間歪曲現象が発生した。


「ノール!」

『カオスんトコと同じだ。ちっ! 瞬間移動しやがる! っ! 直上!』

「クソがっ!」


 再びのノールの叫びに、アーロキは強引に船体を切り揉み回転させてその場から全力で逃げる。


「陛下ありがとう! スーツが無かったらやばかったっ!」

「兄貴! このままだと小隊に被害が!」


 急激なアクロバットでも、体を保護するエグゾスーツの性能があって苦しくも何ともない事にフラタは感謝を捧げ、冷静に周囲を見ていたローヒは懸念を兄へと伝える。


「小隊! そのまま棺桶野郎どもを蹴散らして来い! ノール!」

『俺ちゃんの小隊ちゃん達も同じだ! ここは俺ちゃんとアキが受け持つ! 行けっ!』

『『『『了解!』』』』


 それぞれが率いた小隊が分散してグレイブへと向かうと、それを邪魔するように空間湾曲現象が起こる。


「させるかっ!」

『あまりライジグスのならず者を舐めるんじゃねぇぜっ!』


 シオン・シグティーロの腹に抱えていたロングバレルのレーザーユニットが可動し、ガコンと巨大な戦艦の副砲レベルなレーザーキャノンが姿を現す。


「急速チャージ!」

「あいあい! ローちゃん!」

「OK! 義姉さんはジェネレータの監視を!」

「あいあい!」


 まだまだローヒもフラタもオペレーターとしての技術は低い。しかし、そこは教育関係に定評あるライジグス、戦場へ出れるという事はそれなりの技能を持っているという事。二人で一人前レベルなローヒとフラタは、正しく自分達の能力を把握しており、足りないのならばお互いに補い合えば良いと、力を合わせてアーロキのサポートを完璧にこなしていた。


「チャージ完了! やったれっ!」

「おうっ! 食らいやがれ! ベロシティ!」


 タツローはとあるシューティングゲームの往年のファンである。エネルギーをチャージして波動エネルギーをぶっぱするかの次元戦闘機を愛してやまない。シオン・シグティーロは持続圧縮型超重複合レーザー、ベロシティハイパーレーザーライフルを発射する事が出きる。かのゲームの全力リスペクトから誕生した兵器である。


 真っ白い炎を思わせる純白の巨大レーザーが空間湾曲を起こしている場所を貫き、空間ごと丸飲みして力業で歪曲現象を無効化した。


『こっちも食らっとけ! スレイブブラスト!』


 ロウ・スラフの後方、エンジンユニットとほぼドッキングした形の加速装置がバリバリ余剰エネルギーをスパークさせながら、運動エネルギーを船体半分を占める砲身へと送り込む。そこから純粋な巨大質量を持つリベットを吐き出した。


 レールキャノンってどこまで威力を追求できるんだろうね? という国王陛下の素朴な疑問に、技術開発部が全力で答えたのがこれ。イゾルデ電磁加速装置を組み込み、その加速エネルギーを十全に砲身へ送り込んで、特殊加工されたダムリベット、外側ハード内側ソフトというリベットを射ち込む兵器。スレイブブラスト電磁加速レールキャノンだ。


 試験では最新のフィールド装置を一発飽和させた上で、ライジグス製戦艦に巨大な風穴を空け、レガリア級コロニーの強化外装甲すら切り裂く威力がある事が判明したが、弾道が安定しないという致命的弱点からお蔵入りとなった兵器である。


 ノールはこれを何となくという感覚のみで弾道を安定させ、ライジグスでただ一人この特殊すぎるレールキャノンを使いこなせる人物だった。


「相変わらず、意味がわからねぇっ!」

『上品なお姉ちゃんばかり相手してりゃ、そりゃこんなじゃじゃ馬使いこなせんよ』

「そうじゃねぇよっ!」


 弾道は確かに安定せずクネクネグネグネ妙な軌道で飛ぶのだが、結果として的には当たるという、見ている側としては手品か魔法か、そんな感じにしか思えない結果をもたらす。今回も歪曲空間ど真ん中に命中し、加速エネルギーを余す事なく解き放って歪曲現象を吹っ飛ばした。


「ぬふふふふぅ、素晴らしいっ! このア・ザムの力をそのような玩具で打ち消しますか」


 ぬるりと何も無い空間から液体のように現れたワゲニ・ジンハン三神将ア・ザムは、六本腕をグネグネ不気味に蠢かせ、その鬼面に口が大きく裂けた笑顔を張り付ける。


「ノール」

『そいつだ』


 アーロキの短い問い掛けにノールは間髪無く返し、二人はほぼ同時にありとあらゆる兵装を起動させてア・ザムへと叩き込んだ。


「せっかちなオノコは嫌われますぞ? 何でしたらこのア・ザムがそちらのお嬢さんに女として生まれて来た事に歓喜する事を仕込んでもよろしいですぞ?」

「っ?! ぬかせっ!」


 ぬるりと消えて再びぬるりとシオン・シグティーロの背後へ現れるア・ザムに、ミサイル迎撃用フレアミサイルをばら蒔き、急加速で逃げる。


「これか?! 瞬間移動!」

『厄介だぜっ!』


 逃げ出すシオン・シグティーロと交差するようにロウ・フラスが突っ込み、全身の超重レーザーを連射する。


「瞬間移動など出来ませんぞ? これだから弱き者は不便で困りますぞ」

『ちっ! すり抜けやがるっ!』


 ノールの攻撃は全てア・ザムを素通りし、まるで実体がないような、幻と戦っているような、そんな恐ろしい感覚が心を蝕む。


「ぬふふふふっ、これでもワゲニ・ジンハン三神将筆頭ですぞ? あちらの勇士でしたらまだ苦戦必須でしたでしょうが、貴方達雑兵程度に苦戦はありませんぞ?」

「そうかよっ!」


 ノールが駆け抜けた空間を埋めるようにアーロキが突っ込み、ベロシティを吐き出す。


「ぬふふふふっ! 無駄ですぞ!」


 ア・ザムは再びぬるりと消えて、ノールの直上へと現れ、六本腕をロウ・スラフコックピットへ向ける。


「ノール!」

『あいよっ! 俺の死に場所はお姉ちゃん達の柔らかいおっぱいの中って予約してあんだよっ!』


 馬鹿な事を良いながら、素晴らしいテクニックでア・ザムの攻撃を避けたノール。そのノールの援護に、アーロキは炸裂ミサイルを大量にばら蒔いた。


「……兄貴、もう一回ベロシティを射って」

「あれは通用しねぇみたいだぞ?」

「うん、それも含めて確かめたい」


 全く歯応えを感じない、まるでゲームのような現実感の無い戦いに、焦りを感じていたアーロキへ、弟が珍しく力強い口調で言う。


「分かった。頼む」

「任せて! 俺だってライジグスの軍人さんなんだ!」

「ああっ! 頼もしいぜ!」


 助け出した当初は酷い有り様だった。誰も信じず誰も受け入れず、実の兄である自分ですら噛みつかれた。ライジグスへ来て一番良かったと思えるのは、そんな弟を親身に丁寧に対応してくれた事だろう。大変だった弟も実に頼もしく成長している。それが嬉しくてたまらない。


「いくぜ! ベロシティ!」

「無駄ですぞ?」


 真正面からベロシティを射ち込むと、やはりぬるりと消えて避ける。


「……兄貴、秘匿回線」

「おう!」


 ローヒの言葉にすぐさま秘匿回線を開く。そこでノールと事実共有をすると、アーロキとノールは豪快に笑った。


「そういう仕掛けか!」

『手品じゃねぇかっ! ドヤッて誇る事じゃねぇ!』


 夢か幻か、そんな恐怖を感じていた相手のネタが割れ、二人は獰猛に笑う。


「ここで苦戦なんざ、隊長にしばかれるんだよ! とっとと死にさらせっ!」

『てめぇのお命頂戴!』

「やれやれ分からない雑兵ですな。何度やっても無駄でありますのに」


 再び放たれるベロシティ、そこでぬるりと消えようとしたア・ザムへ別方向からスレイブブラストがぶちかまされた。


「っ?! な、なんとーっ?!」


 六本腕の二本がちぎれ飛び、ア・ザムが紫色の体液を撒き散らし、吹っ飛ぶ。


「さあ、こっちのツレに手を出そうとした落とし前をキッチリつけてやる」

「……やだ、この彼氏格好良い」


 アーロキとノールの反撃が始まった――

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