第217話 怒涛 ⑦

 宇宙を駆けるカオスの目に、異様な風体をした化け物達の集団が見えて来た。それらは巨大なシリンダー型コロニーの真似でもするかのように筒状に連結し、そこからバカスカ、蛍光グリーンの球体を吐き出し続けていた。


 その忌々しい輝きに不機嫌さを隠さず、大きな舌打ちをしながらコンソールを操作する。新しく導入されたシステムを立ち上げるための操作だ。


「あれだな……見えてるなアーロキ? お前は第一から三までの小隊を連れてけ、そっちの指揮もやれ」


 カオスはタクティカル通信(戦闘艦戦闘に適した通信システム。ノータイムノーラグ通信である)を開き、針ネズミのようにツンツンに髪を立てた鈍い灰色な短髪の太眉ゴリラ、アーロキへと指示を出す。


『分かった』


 ピクリとも表情を動かさずに頷くアーロキの後ろで、親指を立ててウィンクをするローズピンクな髪をポニーテールにした、とても陽気な感じの女性フラタが笑い、その横で兄に似て仏頂面だが、細身なローヒがやはり親指を立てて合図を送ってくる。その様子に少し微笑みながら、カオスは別の人間を呼び出す。


「ノールも第四から第六の小隊を連れて行け。指揮もやれ」


 どっからどうみてもチャラい、風来坊っぽい胡散臭さがある、へらへらと笑う男。ノール・バレノ。シン・プラティカ時代には戦闘艦乗りとして第一線級の腕を持ち、カオス、アーロキと並ぶ三本柱とされていた男だ。


 くすんだ黄土色っぽい短髪に、愛嬌ある大きなシアン色の瞳は、どこか大型の犬っぽさがあって、色町のお姉さん達からは評判が良いとかなんとか。


 そんなノールは、やはりへらへらと胡散臭そうに笑いながら、雑に敬礼をする。


『へいへい、力を貰ったからにゃ、俺っちの愛する家族と居場所を守ってやるさ!』


 何をしても気が抜けた、まるでぷかぷかと宙に漂う煙のような男だが、その実誰よりも情に厚く、仲間想いである事をカオスは知っている。だからこそ、ノールに仕事を任せられるのだ。間違いなくきっちり、与えられた仕事はこなしてくれるだろう。


 最後にカオスは残った小隊の隊員達へ視線を送り、いつも通りに淡々と指示を出す。


「残りは俺、カオスの尻を追え。ついて来れない奴は置いてく」

『『『『おうっ!』』』』


 アルス・クレイ・ナルヴァスの白い船体が中央を切り裂くように走り、そこから左右へ薄茶色のシオン・シグティーロの率いる小隊が、ノールが乗るサーモンピンクの船ロウ・スラフの率いる小隊が美しく、綺麗に枝分かれした。


 ライジグスではスリーマンセル、戦闘艦三隻が分隊とされ、分隊が三つ、戦闘艦が九隻で小隊だ。小隊が三つ、二十七隻で中隊。中隊三つ、八十一隻で大隊と決まっている。この際、指揮官相当の船は数にカウントされない決まりである。


「ゼロ足、棺桶を叩き潰す。無茶は許す、無理は許さない。死ぬ時はベットの上でくたばれ」

『『『『了解!』』』』


 真っ白なアルス・クレイ・ナルヴァスを、白とグリーンの迷彩模様に塗装された量産型ナルヴァスが追う。カオスの船はチューンナップを繰り返しているため、一般兵が使うにはピーキー過ぎる。なのである意味デチューンされたのが量産型ナルヴァスである。それでもプラティカルプスの隊員でなければ、乗りこなせない代物ではあるのだが。


 そんな一団が弾丸のように一塊で突き進んでいると、レッドアラートが鳴り響き、それと同時に敵を観測していたミクが叫ぶ。


「前方! 高エネルギー反応っ!」

「各艦散開」

『『『『了解!』』』』


 ミクの叫びと同時に、淡々とカオスが指示を飛ばせば、後方にぴったり寄り添う二十七隻が綺麗に華を咲かせるよう散開した。だがカオスはそのまま、レッドアラートガン無視でフッドペダルを踏み込み加速を続ける。


 宇宙空間では速度の実感は薄い。だがアルス・クレイ・ナルヴァスに採用されている全方位スクリーンのお陰で、三百六十度全てを見渡せる関係上、このコックピットであれば速度を実感できた。


 ガンガン流れていく星々に少しばかりの爽快感を覚えながら、カオスはチラリとリアへ視線を向ける。


「出力は?」

「百二十まで上昇させましたわ!」


 最近まで四苦八苦していたオペレーターとしての技能も、シェルファに直接指導して貰い、凄い勢いで成長している。そこは凄く信頼しているので、カオスはシレッと無茶振りをする。


「百五十で安定させて」

「簡単に言ってくれますわっ!」


 亜空間格納ジェネレータの発明で、ジェネレータの最大出力は百を超えた。複数の大型ジェネレータを組み込めるようになり、戦闘艦でも常時九十(亜空間格納発明前の、戦闘時最大出力が九十。百出すと色々不具合が発生する)を出せるし、巨大出力にも耐えられる仕組み、システムも確立されて余す事なくガンガンエネルギーを使い回せる。


 が、戦闘中にそれを指定された数値で安定させるには、かなり熟練したオペレーティング技術が必要であり、それこそライジグスメイド階級で言うところの、指導者(マスター)クラスの化け物がこなせる仕事であって、まだまだ修行中のリアにはかなり難しい。それでもカオスの信頼は裏切れないと根性でエネルギーを安定させる。


 その巨大エネルギーを、ライジグスの戦闘艦にしては珍しい固定された、妙に大きく、妙に口径がデカいレールキャノンへ注ぎ込む。


 大型ジェネレータから大量にガンガン供給されるエネルギーを、この船の為だけに新開発された特殊弾頭が食らう。


 計器類に視線を飛ばしてチャージが完了した事確認すると、カオスは雑に操縦桿のトリガーを引く。


「ヘビィメイスだ、食らっとけ」


 レールキャノンの射出口から、青白い電気が稲妻のように放出されるのと同時に、たらふくエネルギーを食らったエネルギー注入タイプ弾頭が宇宙を駆ける。トリニティ・カームで見つかったグラビトゥンメタルを加工して製作されたそれは、ミクが観測した高エネルギー、蛍光グリーンの球体を切り裂き、そのまま球体を産み出した化け物へと襲いかかる。


「こういう時は、汚ねぇ花火だ、って言うんだっけ?」


 グレイブが密集した場所で炸裂したエネルギー弾頭は、マゼンタ色の輝きを放出して大爆発を引き起こし、奴らが連結している筒に巨大な風穴を産み出す。


 それは確かに汚い花火であった。しかし、カオスにとっては滅ぼすべきオジキの敵だ。そいつらがいくら命を散らそうと興味など芽生えない。


 カオスはタクティカル通信で散開した隊員達へ視線を向け、無感情に指示を出す。


「まあいいか。そのまま小隊単位で攻撃を開始」

『『『『了解!』』』』


 カオスの指示に散開していた小隊が緩く集合しつつ、それぞれがエネルギー注入ミサイルを吐き出す。グレイブはそれを防ぐでも回避するでもなく、ただの的であるかのように当たっていく。


「作業かよ……」


 それならそれで楽だけど、カオスも再び特殊弾丸へエネルギーチャージを開始する。だが、不意に妙な感覚に襲われ、直感的に叫んだ。


「各艦散開! 俺を置いて大きく!」

『『『『っ!?』』』』


 小隊達の動きなど確認せず、カオスは操縦桿近くのスイッチを殴り付けるようにして押し、とあるシステムを起動させた。それはシステム・ドールマスター。システム・マリオネットを解析し、マリオネットのデメリットを排除してさらにアップグレードした完全上位互換なシステム。


 視野が一気に広がった感覚に一瞬戸惑いながらも、カオスは新しく装着されたフレキシブ・バトルアームを起動させ、有り余るエネルギーの全てを超大型レーザーブレイドへ流し込んだ。


「ぜりゃぁっ!」


 それこそが正解という確信と共に、レーザーブレイドを下から上へ掬い上げるように振り抜けば、ちょうどコックピットの真上辺りで何かと衝突し、バチバチと火花を散らす。


「くかかかかかかっ! 勇士だな! お前は勇士だ! さあ! このメ・コムと死合え! 命を燃やせ! 魂をくべろ! このメ・コムを幻滅させるな!」

「なんだこいつ」


 戦闘艦より巨大な体を持つ三本足の恐竜頭。ワゲニ・ジンハンが三神将メ・コム推参とばかりに、カオスへと襲いかかった。


「こいつは俺に回せ。お前達は棺桶を食い散らかせ」

『『『『りょ、了解!』』』』


 涼しい顔でメ・コムの、どういう原理かまるで理解不能な攻撃を防ぎつつ、カオスは小隊員へ指示を飛ばす。


「おっと、これ以上はやらせぬ!」

「お前の相手はこっちだ」


 小隊へと手のひらを向けたメ・コムへ、それはさせないとばかりにカオスがレーザーブレイドをぶん回す。


「嫉妬はいかんなっ! いくらでも相手をしてやるから、今は邪魔をするな!」


 当てられるとは思っていなかった攻撃を、ゆったりした動きで避けながら、メ・コムはちっちっちっと舌を鳴らした。宇宙空間でどうやって音を響かせているか不明だが。


「お前は何を言っている?」


 こいつ、面倒臭い。カオスはそう思って、チャージ途中だったが、グレイブよりは小型だから十分に通用するだろうとレールキャノンを射ち込む。


「なかなか情熱的だが――がぐぅっ」


 メ・コムは飛んで来た弾丸を口で受け止めると、そのままそれを噛み砕いてしまった。小規模な爆発も起きていたが、それを全く気にする様子もなく、ごっくんと飲み込む。


「……何でもありか」


 あまりの光景に言葉を失うミクとリアだったが、カオスだけは心底面白そうにニヤリと少年のような笑顔を浮かべる。


「なるほど、お前が俺の敵か」


 カオスが操縦桿の中央を力強く殴り付けると操縦桿が引っ込み、カオスのエグゾスーツへ色々なケーブルが接続されていく。それに伴って、ミクとリアのポジションも移動し、カオスが動けるスペースが作られる。


「サポート頼む」

「「っ! りょ、了解っ!」」


 カオス専用操縦システム、ダイレクト・トレース・ファイティングシステムが起動し、アルス・クレイ・ナルヴァスもその姿を変える。言うなれば腕と足が生えた戦闘艦と言えば良いか、完全な人型ではなく半人型とでも言うべき姿へと変形した。


「くっくっくっくっくっ……はははははははははっ! あーはははははははははっ! 素晴らしい! これは勇士だ! これこそが勇士よ! なるほど失礼した! 確かにこれでは我の方が不敬であった! ならば全力でその不敬を詫びよう! 全力でお前を殺そう! ワゲニ・ジンハン、三神将が一角メ・コムがお相手つかまつる!」


 変形したアルス・クレイ・ナルヴァスを見たメ・コムは歓喜に笑い、妙に一人で盛り上がり、両手をぶんと振り下ろす。するとそこに不可視の何かが現れ、それがまっすぐコックピットへ振り下ろされていく。


「名前なんか聞きたくない。とっとと死ね。オジキの邪魔をするな」


 カオスはコックピットでダイレクトに動き、その動きをトレースしたアルスが、その見えない攻撃をレーザーブレイドで切り払った。


「くかかかかかっ! ならばこれ以上の言葉は無粋! 存分に楽しもうぞ!」

「知るかうるさい。とっとと死ね」


 蛍光グリーンの光が飛び交う中、敵の指揮官とカオスの戦いが始まる――

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