第212話 怒涛 ②
Side:三神将
整然と転進し、きっちり殿を配置して、その殿が獅子奮迅の活躍をしているのを眺め、メ・コムは心から嬉しそうに顔を歪める。
「素晴らしい! 素晴らしい勇士だ! ああ! 直接叩き潰したいっ!」
恐竜面で歯軋りをしながら、パシンパシンと両手を打ち鳴らす。そんなメ・コムをたしなめるように、ク・ザムが周囲に浮かぶリングでトントンと背中を叩く。
「我らの出番はまだまだ後だ。それまで力を溜めよ」
「ちっ、分かってる」
ふて腐れながら、ふと問題児が静かだな、と視線を向ければ、ア・ザドは妙な動きをしながらグレイブの上で躍り狂っていた。
「あいつは何をやっているんだ?」
「知らん。それより追加で来る六足と五足を振り分けてくれ」
「おう」
ア・ザドの事はさっくりと切り捨てられ、ク・ザムの言葉に頷いたメ・コムは、大きく息を吸い込むと、腹をパンパンに膨らませて、宇宙空間に響き渡る雄叫びをあげた。
「GUGYAAAAAAAAAAAA!」
メ・コムの雄叫びを浴びた六足と五足が、速度を上げて敵艦隊の殿へ突っ込んでいく。
「そのまま突っ込ませたか」
「おう! ここで落ちるならばそこまでよ。ここを生き抜けたのならば、このメ・コムが直接叩き潰してくれよう」
「だから出番はまだ後だと……まあ、心配する必要な無さそうだがな」
新たに接近する六足と五足に気づいた艦隊が、浮き足立つ気配を鋭く感じたク・ザムが、微笑みの顔を前面にして呟く。
「ぬふぅっ、それはどうですかな」
「「ぬおっ!?」」
いつの間にか近くまで来ていたア・ザドの囁きに驚き、思わずメ・コムとク・ザムが裏拳をア・ザドに食らわせようとするが、ア・ザドはそれを軽く受け止め、嬉しそうに嗤った。
「敵が、強敵が来ましたぞ」
いつものテンションと違う、三神将筆頭の顔でア・ザドが言えば、メ・コムとク・ザムもア・ザドの視線を追った。
「見た事の無い紋章だ」
「円に剣に羽根のある人間か?」
「ぬふぅっ! そんなのはどうでも良いのですぞ! 強者の気配がしますぞっ!」
ア・ザムの言葉に顔を見合わせ、メ・コムとク・ザムは叫び声の合図で四足に前進の指示を出す。
「三足も向かわせた方がよろしいですぞ」
「そこまでなのか?」
「少なくとも、あの艦隊よりは強力な気配はしますぞっ!」
ア・ザムの断言に、メ・コムは雄叫びをあげて合図を出し、三足も前進させた。
「ぬふっ! 本気を出せる相手か否か、実に楽しみですぞっ!」
「そこまでか……なるほど、それは楽しみだなっ!」
「……はぁ、こちらの指示はちゃんと守ってほしいのだがな」
苦笑を浮かべて好戦的な表情のメ・コムとア・ザドを嗜めつつも、ク・ザムの表情も愉悦顔が前面に来ている辺り、ク・ザムも戦場へ向かってくる新しい勢力に期待をしているのであった。
○ ● ○
「こちらレッド1。これより守備艦隊の救援に入る」
『頼みます。エッグコア全隊員に告げる。エッグコア隊の全権指揮をレッド1、アッシュ隊長に委譲してある。アッシュ隊長の指示に従え、以上』
『『『『了解っ!』』』』
ア・ソ連合体守備艦隊の一当てがちょっと深く入り込み過ぎたのと、守備艦隊がかなり善戦した事、更には追加でやってくるワゲニ・ジンハンの数が凄い事、これらを踏まえてエッグコア隊を先行して向かわせる事をアベルは決定。しかし、エッグコア隊の隊員達は、初戦こそ大きな戦いを経験しているが、それ以降に大きな戦いをしておらず、少し不安が残った為、アッシュに全体の指揮と隊長という役職をお願いしたのだった。
「レッド1から各艦、火器管制リミッター解除。編隊陣形ライジグス・アロー。まずは超重レーザーから試す」
『『『『了解っ!』』』』
アッシュの指示に、年若い隊員達が素晴らしい腕前で、ライジグス・アローという陣形を作る。見たまんま矢の形をした編隊陣形で、ライジグス航宙軍では一番基本となる陣形の一つだ。
「……遠くからと近くからでは、ちょっと印象が違うな……」
守備艦隊の殿で大暴れしている四足、更に続々と後続の六足、五足が合流していく様を眺めながら、アッシュは無表情に呟く。
「長丁場になりそうだ」
モニターの映像にぼやきながら、アッシュはグッとフッドペダルを踏み込んだ。
アッシュ達エッグコア隊が乗り込むのはエッグコア・タイプ・ハードボイルド。一人乗り戦闘艦の良い部分を伸ばし、足りない部分を補い、ネックとなっていた部分を補完し、そうして再構築された完全新型エッグコアシステムだ。見た目は前と同じだが、中身は完全に別物になっている。
以前と同じように、コアへ直接パーツをドッキングさせる機能もパワーアップしており、かなりのバリエーションが選択可能となった。今回は、一番スタンダードな構成で統一しているが、これ一つで近接、中距離、遠距離、速度型、防御型等々、以前以上の拡張性を獲得した艦船となった。
「シミュレータより速度が出る」
初見で乗るのは危険と判断して、シミュレータで馴染む程度には訓練をしたのだが、それよりもかなり速度が上がっていた。
「これは後で技術開発部にクレームだな」
アッシュはニヒルに笑い、ガンガン速度を上げて五足に接近する。
「レッド1エンゲージ、レーザー発射」
通信からそれぞれのコードネームが聞こえ、ほぼ一斉に発光ピンクに淡い桜色をした筋を纏う、一見すると回転しているように見えるレーザーが発射され、五足を軽々貫いていく。
「貫通しても威力が落ちない……また凄いモノを開発したものだ」
発射したライン上に居た五足や六足を複数貫き、五匹目辺りでやっと減衰し、それでもレーザーに当たった六足の胸部に大穴を空け、ピンクの粒子を撒き散らしながら消滅していった。
超重レーザー。デザートローズ結晶を特殊なガスで加圧し、そこへ別の触媒チェリウムエネルギー結晶体という新発見されたエネルギー結晶を加える事で、チェリーローズ触媒という完全新型触媒が作れるようになった。これを使用したレーザーは、今見た通りの威力を誇り、ライジグス航宙軍主力レーザーとして新規採用されたばかりの兵器である。
「よし。レッド1より各艦へ、陣形ピラミッド。守備艦隊を逃がすぞ」
『『『『了解っ!』』』』
超重レーザーが有効に働くのを確認し、アッシュは守備艦隊の殿にしつこく食らいついている四足を狙う。
陣形はピラミッド。これは立体的な正四面体をしており、正四面体の頂点に隊長艦が、そこから正四面体を各艦でなぞるように配置するという、航宙軍でもかなり難易度の高い陣形でもある。
「レッド1から各艦へ、ロール」
『『『『了解っ!』』』』
さらに難易度が跳ね上がる隊長艦を頂点として、それぞれが陣形を維持したまま回転を加えるという指示に、他の隊員達は従い、ピラミッドがゆっくり回転しながら守備艦隊の殿へ突撃していく。
「これ以上はご遠慮下さい、って奴だ」
アッシュはニヤリと笑って、超重レーザーのトリガーを引くのであった。
○ ● ○
Side:守備艦隊、殿、ルバウム艦橋
四足に粘着し続けられ、それでも何とか徐々に徐々に本隊から引き離す事に成功していたが、そこへ増援の六足と五足が合流するという悪夢に、ザンダも死を覚悟した。
「……これは、ダメだろう……」
ザンダのカラカラに乾いた、硬質な呟きはオペレーター達の耳にも届き、全員が己の死をこの時知った。
誰もが絶望し、誰もが死を覚悟した時、彼らはやって来た。
『ア・ソ連合体守備艦隊、そのまま全速で進め。攻撃はしなくて良い。とにかく真っ直ぐコロニーへ進め』
ダックブルーの短髪に、オリーブグリーンの瞳を持つ、どこか気品を感じさせる少年がモニターに映り、その少年が早口で指示を出すのと同時位に、船のレーダーがその戦闘艦を察知する。
「所属不明の部隊が接近っ!」
『心配無用、それはこちらに所属する部隊だ。おっと、失礼、自己紹介がまだでした。自分はライジグス王国極地調査船団の総司令を任されていますアベル二等光翼士と言います。よろしく』
ライジグス軍式の敬礼、胸に左腕を当てる仕草を見て、ザンダはへたり込みそうになるのを必死に耐えた。それは艦橋のオペレーター達も同じだった。
ライジグス、最も新しい、最も勢いのある、最も強力な技術を持つ、今最も注目を集めている国だ。そして、自分達の目を醒まさせた、あの圧倒的な気配を放った人々の国でもある。
『ア・ソ連合体代表ニカノール・ウェイバー殿との盟約に従い助太刀する。なので、そのまま全力で進んで下さい。その状態では戦いにならないでしょうし』
アベルの言う事はもっともであるが、こちらに向かってくる戦闘艦の数は三十隻程度。ワゲニ・ジンハンの数は無数。はいそうですか、と彼らを置いて逃げるのは、面子やプライド以前に、人として軍人として許容出来ないレベルである。
「しかし、多勢に無勢なのはそちらも同じ。ここで我々だけホイホイ逃げる訳には」
ここで踏ん張って一緒に戦えばまだ道はあるかもしれない。ザンダがそう思って首を横に振ろうとしたら――
「「「「は?」」」」
自分が乗るルバウム近くに接近していた五足の化け物が、ド派手なピンクのレーザーに貫かれたと思った瞬間、その上半身が溶けて消えた。こちらのレールキャノンすら大量にぶちこまなければダメージを与えられなかった相手に、しかもあろう事か、そのレーザーはそのまま直進して、他の六足やら五足やらを貫き、減衰したと思えば、最後に当たった六足の胸部に巨大な風穴を作ってから消えるという、あり得ない事をして見せた。
『ふむ、なかなかの威力……あ、失礼。安心してください。そっちへ先行させたのは、守備艦隊を逃がす為の撹乱部隊です。本命はまだ出していませんので、まだまだ余裕はありますからご心配無く』
「「「「……」」」」
爽やかに笑ってとんでもない事を抜かす少年に、ザンダをはじめ全クルー達が呆然とモニターを見上げた。それは旗艦やブラスト、アパムの艦橋でも同じような光景が広がっていた。
『コロニーへ戻って態勢を整え、コロニーの防備を固めて下さい。こちらは我々が何とかしますので。ではでは』
呆然としているこちらをばっさり切って、アベルと名乗った少年は通信を切ってしまった。残されたザンダは、ボリボリと頭を掻きながらモニターを見る。そこではまるで生き物のように、変幻自在に陣形を変えて、鋭く攻撃をしていく部隊の姿が見える。
「うん、こりゃこっちが完全に足手まといだな……旗艦へ通信! ケツ巻くって逃げろっ! こっちが邪魔をしてっぞっ! 以上」
「……はっ!? りょ、了解っ! 直ちに伝えますっ!」
ザンダの一喝で動き出した艦橋を見回し、彼は苦笑を浮かべつつ、モニターへ視線を戻す。
「……モノが違いすぎる……」
矢の形になったり、鱗のような形になったり、チューブ状になったり、本当に変幻自在にその編隊を変えて戦うライジグスの戦闘艦に、ザンダはキラキラ輝く視線を向ける。自分も戦闘艦に乗っていたから分かるが、普通に訓練したのでは、あんな機動はまず出来ない。それだけでライジグスという国の練度が理解出来てしまう。出来てしまうからこそ、ただただ素直に憧れてしまう。
「……俺達もアレを目指すべきだ、うん」
ザンダはライジグスの戦いをしっかり目に焼き付けるように見ながら、部下に記録をするように指示を出す。
それは観測機器の性能限界まで続けられ、その記録はザンダによってア・ソ連合体統合司令部へと提出され、大同盟のマニュアルと同じ扱いを受ける事となる。この記録からア・ソ連合体の大改革が進む事となるのだが、それはまだ未来の話。
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