第201話 ライジグス歴元年はじまります
ニカノール氏がライジグスへ来訪する前――
「ふあぁー……あー、休みっていいなぁー」
男性は政府から配信されたカレンダーアプリを起動させ、ライジグス歴元年一月一日という表示を見て、酒が残る頭で先日の事を思い出す。
「昨日、であってるんだっけっか……いやぁ、面白かったし楽しかったなぁ……」
約千四百六十時間前、つまり二ヶ月程前からライジグス全体で、とある事が試験運用されていた。それは基準となる時間帯、日にち、曜日等々、それまで時間単位で動いていた事を日付を定めて区切りを付け、時間の管理をより分かりやすく簡単にしよう、という試みである。
いきなりライジグス元年でござる、今日から一月の一日でござる、では国民も困惑するだろうからと始められたトライアルだったが、これが多くの国民に好評をもって迎えられた。何より、コロニー内部で統一された朝昼夜の切り替わり、今日、明日、明後日といった区切りは実に分かりやすく、コロニー生活は一変したと言って良い。
「休憩とか決まったタイミングで、仲間と食事が出来るっていうのも、話が弾んで良いし、それがあって昨日の飲み会も企画できたんだよなぁ……まぁ、祝日ってご褒美無しじゃやらんかったけどさ」
先日行われた国王タツロー・デミウス・ライジグスの挨拶で、一月一日、一年の始まりをライジグス建国記念日として祝日とし、一日から十日までは国として公的な休みとする、と宣言してくれた事で自分のような底辺サラリーマンも大手を振って休めるのだからありがたい。
「俺らみたいな一般職業の人間は休みだけど、公的機関の人間とかは午前中? で合ってるよな、で働いてるみたいだし……いやぁ、休みに誰か他の人間が働いてるのを見るって、ちょっと優越感」
窓からガラガラの通りを見下ろし、少ないながら仕事へ向かっているのだろう早足の人物を見つけて独り言を呟き、寝る前に淹れるよう予約した安物コーヒーが出来ているのを確認して、それを使い古して少し茶渋が沈着したマグカップへ注ぐ。
「あー、この寝起きの一杯がやめられない……一般層向けにこれを出してくれる陛下愛してまーす」
嗜好品であるお茶関係はライジグスの特産品であり、全宇宙規模でライジグスが独占している市場でもある。本来ならば高級路線で進める物だが、国王は広く普及した方が良いでしょ、と高級品からチープな物まで幅広く商品開発を行い、安月給の男性が安易に手を伸ばせる、かなりリーズナブルな価格帯でも販売されている物もある。男性が愛用しているのはインスタントコーヒーと呼ばれているタイプの物で、ブロック状のコーヒーを凝縮して圧縮した物を専用の機械へセットすれば、約百杯分継続して飲めるというお手軽商品だ。
少しチープな香りだが、しっかりコーヒーしている琥珀色の液体を飲みながら、男性は腕の端末を操作して、動画配信アプリを起動させる。これと言った趣味のない彼の楽しみが、国が主導して導入したこの動画配信をダラダラ見る事だ。特に火曜日と金曜日に特集を組まれる古いビジュアルディスクの配信等はたまらなく好きである。
「さあて、今日はぐだぐだしよう……何か面白い動画とかないかなぁ……ん? ライジグス王国樹立記念企画? 要請戦隊ライライジャー? 何じゃこれ……ああ、今日から配信開始なんだ。見てみるか? 他は報道関係とかそんなんばっかだし」
男性は安易な気持ちでその動画の再生ボタンをタッチした。ライジグス動画配信会社東方バルプエンターテイメントが仕掛けた、その後数千年続く事となる戦隊特撮シリーズ、その伝説となった初回配信を。多くの男性が少ないながら女性が、大きなお友達、と呼ばれる事となる神話を目撃するのであった。
○ ● ○
ライジグス歴元年一月四日の昼下がり、アルペジオ最大の自然公園に、ヒーロースーツを装着した多くの子供達がテンションマックスで走り回っていた。
「商売上手というか、何というか……我が国の陛下は、本当に考え方が柔軟というか」
「それもそうですが……見ました?」
「見ましたも何も、ここのところずっと子供がかじりついて離れませんよ……いや、話が分かりやすい。こいつが悪い奴、というのが見て分かる。やっぱり悪い奴が悪い事をしている。極めつけは役者が陛下や我が国トップの人間にそっくりだから親近感がある……子供じゃなくても夢中になりますよ……」
「ライライジャー、悔しいけど面白いのよ。うちの旦那も夢中になっちゃって」
「それであれでしょ?」
「「「「……」」」」
奥様方が見つめる先には、腕におしゃれな感じのブレスレットを付けた子供達がいて、その子供達が一斉にポーズをキメ始める。
「行くぞ! 正義要請!」
「「「「ふるちゃーじ! らいらいごー!」」」」
掌を開いて天高く右腕を伸ばし、それをグッと握り締めて顔の前までゆっくり降ろし、左手でブレスレットを叩くと、両腕を顔を前でクロスさせると両腕をバッと左右へ広げる。子供達を不思議な光が包み、変身シーンが再現され、子供サイズのヒーロースーツが着用されていく。
嬉しそうに変身していく子供達から、そっと視線を逸らした奥様方は、深々と溜め息を吐き出す。あの変身スーツ、何気に高性能で防犯グッズとして優秀すぎる能力を持っていた。ヒーローに変身する事で過剰とも言える防御力を獲得出来るとあって親達も、おもちゃだから我慢しなさい、という殺し文句が使えない品物であった。全宇宙最高レベルの治安を誇るライジグス王国であっても、防犯への備えというのは親達の命題でもあるので。
「国営玩具企業磐梯山。開発責任者陛下なんでしょ?」
「あの服、何気に軍用の最高技術の転用なんですって……技術開発部にいる旦那が頭を抱えてました……子供の遊びは全力じゃなければ面白くないだろ、って言ってたとかなんとか」
「ああ、ナノマシン技術の民間転用の先駆けとかっていう触れ込みでしたもんね、あれ」
「超小型の生命維持装置まで封入されていて、宇宙空間に投げ出されても二ヶ月くらいだったら生存可能だとか……」
「「「「どこ目指したおもちゃだろう……」」」」
余談であるが、ライライジャーから続く戦隊シリーズであるが、変身アイテムは全て共通してブレスレットタイプが採用され、古い変身アイテムにアップグレードアイテムを装着する事で新しい戦隊の変身アイテムへヴァージョンアップされる仕様となっている。初代のライライジャー世代の親から最新の戦隊ヒーローの子供へという形での継承が流行する事となるのだが、それは遠い未来の話である。
「でもまぁ、あの動画にも良いところはありますよ」
「そうですね。子供が家のお手伝いをするようになりました」
「ねー、チナちゃん可愛いわよね」
ライライジャーは完全にライジグス王家の人間が元ネタとなっている。総司令が国王、総司令を支える副司令のお姉さんが宰相、ヒーロー達が近衛隊長、調査船団司令、特殊航宙軍のスーパーエース、アイドル的AI、そして国王の養女と、パッと見ただけで分かるラインナップだ。その中で明らかにルル・デミウス・ライジグスと分かるチナという子役の少女が、生活能力皆無の他ヒーロー達の生活面を支えている描写があり、自分達と同年代に見える彼女が健気に家事を行っているのを見て、子供達が自主的に家事の手伝いをするという副次効果が生まれていた。
「色々と影響がありそうな作品ですけど、まぁ、良い方向の影響が強そうですし、これからも視聴し続けるんでしょうね」
「私も続きが気になります」
「あ、同じく」
「話の組み立てが上手いのよねぇ」
何だかんだでハマる奥様方。近い将来彼女達がママサポーターズと呼ばれ、戦隊シリーズの人気指標に影響を及ぼす事を彼女達は知らない。
○ ● ○
『つーかやり過ぎだっつーのっ!』
「ばっか野郎っ! 子供時代に変身アイテムゲットして変身しようとして、実際に変身出来なかった時のやるせなさを知らねぇからそんな事言うんだっ!」
『ちっげーよっ! そっちは良いよっ! 何だよこの軍用エグゾスーツ並みにエグい防御能力?! 子供全員兵士化計画かよっ!』
「ばっか野郎! こんな完璧にヒーローへ変身出来たら、ヒーロー真似して危険な事に飛び込むの目に見えてんだろっ! 守る力は過剰な位でちょうど良いんだよ! 子供はどんな突飛な行動に出るか分からんからなっ!」
『うちの国民児童を怪我させたくば戦艦クラスの砲撃持って来いってバカじゃねぇのっ!』
「バカと言った奴がバカなんですぅっ!」
『うっせーバカ! 自重しろってんだよ!』
目の前で繰り広げられる国王と宰相の口喧嘩に、アベルとロドム、彼らの嫁達が頭を抱えていた。
ライライジャー自体はレイジにまんまとしてやられた形ではあったがクオリティが高く、そのままお流れにするにはちょっと勿体ない作品であったので、仕方なしと元日放映が決定された。だが、タツローがやり込められたまま終わるはずがなく、国営の玩具会社を設立し、放映と同時に変身アイテムを販売するというまさかの反撃を行い、その成果物である変身アイテムを巡り、レイジがキレているというのが今である。
「なあ、確かレッドライジャーが使うブレイド、ライジャーソードも販売されるんだよな?」
「ブルーライジャーのライパルサーも発売するね」
「あれってリミッター掛けられてるけど、仕組み的には軍用品と大差ないんだろ?」
「みたいだね。陛下は軍用品レベルの物が乱雑に扱われるまたとない機会だから、データ収集が捗る、なんてうそぶいていたけど……」
レイジに聞こえないよう、かなり小さい声でアベルとロドムが囁き合うと、それを聞いていた二人の嫁達が更に頭を抱えた。
ちなみにライジャーソードとライパルサーのデータは本当に回収され、その後ライジグス軍部にとって最高の運用データとして長く使用される事となるのだが、それはまだ先の事である。
『はぁはぁはぁはぁ……意趣返しだけじゃないでしょ、今回の事』
叫び続けて多少冷静に戻ったレイジがタツローに聞けば、国王は少し目を泳がせて曖昧に笑う。どうやら本当に意趣返しのみが目的だった模様。
『……この野郎……』
「まま、そんなに激高の値段設定はしてないけど、売れに売れているから国庫が暖かくなるよ」
『お茶と僕の胃腸薬で十分なんだよなぁ~』
「お金は一杯あったら嬉しいじゃないか。もちろん国民に還元するけどさ」
『……はぁ……もう勝手な事はしないで下さいよ?』
「しないしない、した事もない」
『どの口が……はぁ、もういいです……嫁達よ、癒してくれ』
げっそり疲れた様子で通信が切れ、タツローは勝ったとガッツポーズを決める。
「レイジに勝てたとしても」
「お、お義母様方にはか、勝てないんだな」
「お、その感じ久し振り」
「まだ、たまに出るんだよね。注意はしてるんだけど」
アベルとロドムが色々諦めたらしい嫁達の淹れたお茶を飲みながら、部屋の外からそれはそれは美しい笑顔でタツローを見つめるゼフィーナ達を発見し、心の中で合掌をしつつ瞳を逸らした。
その日の夜、国王タツロー・デミウス・ライジグスが寝室の前で正座をさせられているのを、多くの王室関係者が目撃する事になるのであった。
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