第200話 暗黒星団ワゲニ大帝国
Side:移動惑星ミヒテナンテ宮殿
真っ赤な血液にも見える液体の中で、それは横たわっていた。普通の感性を持つ知的生命体ならば、それを化け物と呼ぶだろう。
ナマコのような下半身に、反り返ったトゲのような物が生えた鱗がびっしりと覆い、脈打つ度にまるで寄せては返すさざ波のように、ぞわりぞわりと蠢く。そんな下半身から極太のニシキヘビを思わせる胴体がにょっきりと生え、その先には青白い肌を持つ巨大な全裸女性の胸から上が付いている。本来ならば実にエロティックなはずだが、巨大な乳房部分にはそれぞれ独立した蛇の頭部のような物が生え、静かに眠る主人を守るよう、周囲を油断無く睨み付けている。
豊穣母体コザーラ・ミヒテ。ワゲニ・ジンハンその物であり、ワゲニ・ジンハン全ての母である。そんな彼女をうっとりと眺めるのはワゲニ大帝国が三神将、恐竜のような頭部に鱗がプロテクターのように全身に張り付いた三本足のメ・コム、頭部に四本の捻れた角を持つ鬼面の六本腕ア・ザド、阿修羅のように四つの顔を持つ妙なリングを周囲に浮かばせているク・ザム。普通の知的生命体の感性からすれば、やはり異形にしか見えない。何より決定的に違うのが大きさ。彼らは軽く十メートルから二十メートルの身長をしており、それだけで決定的に一般的な知的生命体とは違うと理解させられる。
「お疲れになられた豊穣様もお美しい」
「むふふふふ、欲情するなよ? お二方」
「お前と一緒にするな。しかし、此度の事はどういう事か? ここまでコザーラ様が衰弱するレベルで出産など必要であるのか? 混乱したあの小国程度にそこまでの備えも必要なかろうと思うのだが」
ク・ザムがチラリと後ろに視線を送れば、異形の化け物が狭い空間にひしめき合っている様子が見える。ワゲニ大帝国移動惑星ミヒテナンテに作られた宮殿は巨大であるが、その巨大な宮殿ですら手狭に思える程、そこにはワゲニの同胞達が蠢いていた。
「神の信託を疑いますか? おぞましき猛将方」
そこへ純白の衣装を纏い、頭に巨大な脳みそクラゲのような物体に寄生された、一般的知的生命体サイズの、シルエット的に女性に見えなくもない人物が、ふわりふわりと不規則に浮遊しながら、三神将の前に移動してくる。
「ああいや、大帝国の軍事を司るものとして、疑念に感じた事を口走っただけ。神の大いなる意志に異論があるという事ではありませんよ。巫女ミキカ様」
ク・ザムが顔をくるくる変えながら弁明すれば、巫女ミキカと呼ばれた存在は頭部の脳みそクラゲを七色にグラデーションさせながら、ア・ザドが差し出した掌の上に着地した。
「むふふふふ、してミキカ殿。神はこの戦に何をお求めか?」
鬼面の裂けた口許からダラダラ紫色の唾液を滴し、鼻息荒くミキカへ顔を近づけるア・ザドに、巫女はその腕を振り抜き、ア・ザドの顔面を殴り飛ばして宮殿のおぞましい彫刻が施された壁へと叩きつけた。
「殺戮、絶望、何より滅びを神はお求めです。ですから豊穣母体には無理をさせました……まぁ、彼女はただただ快楽に溺れていただけでしょうけど」
ふよふよと浮遊しながら、クラゲを縦方向にグラデーションしていたと思ったら、今度はメ・コムとク・ザムへとまるで二人を指差すようにグラデーションし、それを見た二人はバツが悪そうな雰囲気で顔を背けた。
「むほほほ、つまりはいつも通り、と言う事ですかな」
いつのまにやら戻ってきたア・ザドが、ペロリペロリ薄い唇を舐めながら言えば、巫女はその巨大な頭部を横に振る。
「いえ、必勝です。此度は必ずかの小国を滅ぼし尽くしなさい」
「ほぉ……生かさず殺さず、養殖をしつつ、常に一定の数を残して絶望を恐怖を憎しみを植え付けよ、そういう神託ではありませんでしたか?」
思案顔の面を前面にしたク・ザムに、メ・コムが超音波のような笑い声をあげながら、ぽんぽんとク・ザムが浮かべるリングを軽く叩く。
「おんしの悪癖よ。頭で考える前に我らは神将よ、神から直接授かった役職の将軍よ。神がやれと命じられるのならば、我らは何も考えず感じず神の命を実行するまで」
「むほほほほ、ク・ザム殿は臆病ゆえ」
「ふんっ!」
鬼面をニタニタ笑わせ、ハスハスと興奮したように鼻息を荒くするア・ザドへ、浮遊しているリングの一つを叩きつけると、再び彼はおぞましい彫刻が施された壁へと吹っ飛んだ。
「不服ですか? ク・ザム」
「いえ。神の命ならば喜び従いましょう」
「ならば良し……存分に暴れるのです」
「「はっ!」」
「……むほほほ、ちょっと抜けられないのですよ。助けて下されお二方」
「「はぁ……」」
壁にめり込んだア・ザドをかなり乱雑に助けだし、その首根っこをがっしり握り締め、暴れるのも無視して宮殿から出ていく三神将。その後ろ姿を見送り、ミキカは気絶したように眠るコザーラへ向き直る。
「さあ、もっと必要です。そこで寝ている暇はありませんよ? 豊穣母体よ。その役目を果たせ、神に作られし娼婦よ」
ミキカが腕を持ち上げれば、所狭しと蠢いていた化け物達が興奮してコザーラへと殺到する。
「よがり狂え、神はお前のそれもご所望ぞ」
消耗した状態から無理矢理叩き起こされ、更に体を求められ、豊穣母体は嬉しい満たされた嬌声を宮殿に響かせる。その様子にミキカは脳みそクラゲを激しくグラデーションさせ、ぱっかり裂けたような口で嗤った。
○ ● ○
「これはケバブだな」
「いんや、こいは由緒正しいクマブだ」
「……何でもクマを付けりゃいいてモンじゃねぇだろうが……」
おっさんの仕入れに付き合う形で、ウェイス・パヌスの市場へ来たのだが、そこで売られている屋台フードにまんまとホイホイさせられ、あっちこっちでそれらを購入しては食べるという事をしているため、全然進めておりません! 後悔などしておらん! だから反省などせんぞ!
「この白いのは?」
「ああ、ヨーグルトソースじゃないか? 牛乳……こっちだとミルクってあったっけ? ミルク系の発酵食品とかもあったっけ?」
「ミルク……ああ! ミルクの木から採取するあれですわね。ハッコウショクヒンなるものは知りませんが……イーリスさんはご存知?」
「そもそもミルクの木と言うのも知りません。何ですかそれ? 知ってます? ネレイス」
「ホルスタイン種とかジャージー種とかのミルクの木で合ってます?」
「そう! まさにそれですわ!」
「ああそれならイーリスちゃんが知らないのも無理ないかな。ミルクの木は帝国東部の開拓惑星の特産品ですから」
「ああ、東部かぁ、じゃぁ無理だね」
「いやその前に、ミルクが木から採取出来るってどういう事よ? なぜに種類だけは同じ名前だし?」
ナゼにミルクが木から採取されるのか……この手に持つケバブ(クマブが正式名称)からどうしてそんな話になったのか……解せぬ。
「発酵食品は、ア・ソ連合体の特産品の一つだからな。まぁ、クセが強くて好き嫌いが激しいから、目玉商品とは行かないけどな。愛好家にはとことん愛されてはいるぞ」
おっさんがそんなフォローを入れてくる。そうか、発酵食品はここでの特産品か……ん? あれ? という事は……
「醤油とか味噌とかって、ここにある?」
「……お前、随分とマニアックな調味料を知ってるんだな? あるぞ」
「あるのかよ! すげぇなクマ!」
あのクマ公が作らせたなこれ絶対。いやナイスだクマ。最近、ちょっと和食が恋しくなってきたとこでな。合成調理装置でもそれっぽいのは作れんだが、やっぱどっか物足りないんだよなぁ。ガラティアも頑張って寄せてくれるんだが、合成された何かっていう味になっちゃってやっぱり違うって感じるんだよ。これは是非に買って帰らねば。
「しっかし、凄いな連合体」
和食調味料ゲットだぜとホクホクでケバブを頬張り、モグモグ咀嚼しつつ周囲を見回しながら俺が呟くと、おっさんが苦笑を浮かべる。
「お前んとこも似た様な感じだろうに」
「ここまで多種多様な種族はいないぞ?」
「いや、帝国と共和国に程近い場所で、あれだけ多種族が来訪してるってのが異常なんだって」
「そうなの?」
りんご飴に似た食べ物を齧りながらおっさんが言うには、帝国はどっちかと言えば無視か放置という形だが、共和国は完全に人種族至上主義国家で異種族、つまりはアルマリアンだとかアルゴニアン(爬虫類系統の異星人)だとか、インセクトリアン(昆虫系統の異星人)とかとか、兎に角人種族から大きく外れた種族は徹底的に排除される傾向にあるんだと。悪くすれば合法奴隷として捕らえられ、勝手に身売りされる危険があるとか……さすがに帝国でそんな事はないらしいが、共和国はそれがまかり通るからほとんど共和国側へ行く異種族系の人間はいないそうな。
「共和国はクソだって事は分かった」
「まぁ、あそこは商売でも行くような場所じゃねぇからなぁ。近寄らない災いこそ幸いなりってな」
きっと、触らぬ神に、的なことわざなんだろうね。言いえて妙だ。
「もうちょい奥へ進むか」
「へいへい」
しっかし凄い。こんな知的生命体がおったんかい! っていう感じなのがたくさんいる。
一番目を引くのが不定形生命体っぽい、つまりはスライムっぽい感じの異星人だろうか。なんか人型を一応してるんだけど、移動方法が滑るように動くから、すぐに変だって気づく。それに透明な体をしているから物凄い目立つ。
他には明らかにロボっぽい姿をした異星人。おっさん曰くメタリニカっていう種族で、有機生命体とは真逆の無機生命体だとか。昔は貴重な鉱物を体に持っていたとかで乱獲されたらしいが、今はちゃんとした知的生命体と認定されて共存しているらしい。凄い気長で温厚な種族だから、法律関係裁判関係に引っ張りだこな人材なんだって。頭も良いんだねぇ。
他はお馴染みの獣人に爬虫人に昆虫人が大多数を占め、むしろ俺達タイプの人種の方が少数派のように感じる。
「おっと、それはあげられないんだな」
「ちっ!」
それとちっさい獣人種が多くて、やたらとスリをする奴らがいる。全部返り討ちにしてるけど、治安が悪いねぇ。
「警備能力が低いねぇ」
思わず正直な感想が口から出ると、おっさんが呆れた表情で俺を見る。
「はあ……あのなぁ、ライジグスの治安が異常なんだぞ? 金目の物をジャラジャラ全身につけて歩いても、むしろ逆に心配されるって異常な国の治安レベルを、他の国に求めるなよ」
「……警備ボット投入すれば良いだけの話じゃ?」
「その警備ボットが高性能すぎるんだよ……なんだよあの異常な高性能AIは。初めて見たぞ、警備中に子供達にせがまれて一緒に遊ぶ警備ボットなんて」
「いや、市民に愛されてこその警察じゃないか」
「ケイサツってなんやねん。知らんわボケ」
どこか疲れた様子のおっさんに、苦笑を浮かべてティアさんが飲み物の容器、タンブラーに直接ストローがドッキングしたような物を手渡すと、おっさんはまるでやけ酒でも飲むように一気飲みした。
「まぁいい。ワイらもスリから守られてるし、良しとしよう」
「色々難儀な性格されて」
「お前に言われとうないわっ! いい加減黙れやっ!」
「ははははは、本当は嬉しいくせに」
「なんでやねん! うっとうしいわっ!」
いやぁ、エセ関西人なおっさんをいじるのは楽しいね。なかなか良い突っ込みのセンスだ。良い仕事してますよ?
「はぁ、ほな、本格的に仕入れに行こうか」
「ほーい。クリスタ」
「はいはい。ティアさんは中央で。イーリス、ネレイス、タリス」
「「「了解」」」
おっさんが俺達の動きに妙な顔を向ける。そりゃそうだ、完全に護衛する陣形だからな。どうも市場に入ってから、ちょいちょい剣呑な雰囲気を出している奴らがちょろちょろとこちらを追っ掛け回してるんだよな。まぁ、こっちの動きを見てプロだと分かれば、勝手に手を引くだろうけど。
「ほれほれ、道案内してくれ」
「お、おう」
戸惑うおっさんの背中を押し、俺達は市場の最奥、倉庫などが並んでいる区画へと向かうのであった。
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