第162話 交渉事は嫁の仕事です

『そちらの艦隊が撃墜したオスタリディの艦船、これらをこちらが回収して自国に組み込むのを許可する。それについて今後一切、ライジグスが権利を主張する事がないよう文面にも残し、国王のサインもしっかりする。こちらが回収したレガリアの修理や改修についての技術的な指導、見解、助言、もしくは直接的な指摘などもしてくれる……その見返りに妾のパワードスーツを解析させろ、か?』

「無論、解析するだけで分解などはしない。サービスで今後もあるだろうウィルス系の搦め手などの対策も施す。そこまで悪い条件ではないと思うが?」


 最初にゼフィーナが考えたのは、のうき……近接特化な神聖国の上位闘士を小隊規模でレンタルし、これから向かう場所まで連れていき、ヘイロー降下させて突っ込ませて制圧させよう、なぁに、こっちの技術の一旦、ワクチンやら情報防壁やらの技術を供出するのをちらつかせば乗ってくるさ、それで乗ってこないようなら別に自分達でやればいいだけの話だ。というモノだった。


 だが、ジーク君達の活躍でそれよりも(こちらにとって)魅力的な提案が出来ると分かるや、そんな事を言い出したのだった。強かつうか、うん、俺の嫁さんはどの方もつおいなぁ……


 神聖フェリオ連邦国が秘匿しているパワードスーツ、週刊少年跳躍を一時期牽引していた超絶美麗なあの鎧。おいおいそんなんどうやってプロテクターになっちまうんだい? うぉいっ!? 先生の脳内設定すげっ! こんな風に変形するのかよっ! という少年の心をドッキドキさせたクロ――げふん! げふん! をこっちに解析させろ、そうすれば更なる力をお前達にくれてやる(どやぁ)という提案に、女王は迷いに迷っている。


 さもありなん。何しろ、その後のアネッサさん達の調査で、神聖国はほとんど航宙軍的な戦力を持ってない事が分かった。いや、有る事は有るんだが、かなり少数で脆弱、専守防衛に徹して来たから問題なかったが、昨今のレガリアばっこんばっこん出現の大狂乱状態の世の中で、これはとんでもなく不安だろう。その問題を一気に解決しそうなエサを前に、秘匿していると言えども、大艦隊でタコ殴りにされれば破壊されるだろうパワードスーツ一つを解析させるだけで、まるっと不安を解消してくれる戦力をゲットできるのだ、あまりの美味しさに揺れるだろうね。


 こっちの思惑としては、かつて嫁達には愚痴というか不満を漏らした事があって、どうやらゼフィーナはそれを覚えていたようだが……我が国のパワードスーツの技術って汎用タイプだから、取得するデータも平均的な感じにまとまっちゃうんだわ。どっちが劣る優れるという議論は別として、振りきれた特化タイプのデータをここらでゲットして、ついでに映像を確認する限り、もうパワードスーツというより、人間サイズまで大きさを縮小したモビルなスーツになっちゃってんじゃなかろうか超技術を解析できれば、こちらのパワードスーツを大幅にアップグレードできそうなのだ。


 人材は国の宝って言うじゃない? 大切に育てた子達の安全性が上がるっていうならば、それは是が非でも手に入れたい。個人的にも他所様の技術ってのは、良い刺激になって良いしね。


『……その技術を使用し、こちらへ攻め込まれでもすれば、妾は永遠に笑われ続ける道化になるな』


 苦々しい顔と口調で、断る方向に考えが動いたらしい女王に、ゼフィーナは格好良く、ふっと笑う。


「確かにその可能性はゼロではない。だが、我が国に領土的野心は存在しない。安心するが良い……と言ったところで納得はしないだろうから……」


 ゼフーナはチラリと俺を見る。いや、俺、君のような頭はねぇから見られても、はっ!? と察する事はできんぞ? 


「神聖フェリオ連邦国へ攻め込まない侵略しない、という条約を締結し、書面として残そう。ああ、無論だが、そちらがこちらで攻めてくれば破棄させてもらうがね」


 俺の顔を見て何を思って頷いたのか分からんが、ゼフィーナがニヤリと笑って女王に言う。何故に俺を見たし、そして何を頷いたし?


『……』


 再び揺れる女王。為政者は大変だね。はいそこ! 鏡はどこだ? とか言わない。


『……分かった、その提案を受けよう』

『『『『陛下っ?!』』』』

『お前達も分かっているだろう? もしも今回攻めてきたのがライジグスだったら?』

『『『『ぐっ?!』』』』

『そうじゃ、妾が出陣を決心する前に、本国を落とされ、とうの昔に神聖フェリオ連邦国は終わっておる。妾のパワードスーツを差し出して平和と自国の防衛力、技術が向上するというのなら、むしろこちらが貰い過ぎな位じゃ。向こうは誠意を見せている。ここで更にごねるのは見苦しいじゃろ?』


 どこかすっきりした表情で語る女王に、彼女の部下達は鬼のような形相でこちらを睨む。いやいや、寄越せって言ってんじゃないよ? ちょっとスキャンさせてくれって言ってるだけだよ? そこは勘違いすんなし。


「そう睨むな。ちょっとスキャンさせて貰うだけだ。その結果を見てから追加サービスとなるが、大丈夫か?」

『構わぬよ。妾がライジグスへ赴けば良いのか?』

「いや、スキャンはそっちでも出来る。なのでしばらく我が国の戦艦内部でも見学してくれ。総司令、副指令、もてなしを頼む」

『『アイマム!』』

「改めて書面は正式な外交官を出して手渡そう。今回は災難であったな」

『本当に……機会があれば、ゆっくり茶会でも開きたいものだ』

「その機会があれば、楽しみにしているよ」

『ならばその時は声をかけよう』

「では」

『ではな』


 終始格好良いゼフィーナさん一人で交渉事は終わった。うん、楽でいいんだが、俺が前面に出るのを嫁達が嫌うんだよ何故か。理由を教えてくれないんだよねぇ。


「お疲れ様ですー」

「うむ。今回は特に旦那様を見せる訳にはいかなかったからな、気合いが入った」

「そうよねぇ。ジゴロとか女殺しってタイプじゃないけど、こう、するって心の隙間に入るあの手腕……これ以上、嫁が増えるのはアタシ達の負担的な意味でも回避したいものね」

「わたくしはー増えてもー良いですよー? わいわい大家族ってー憧れでしたしー」

「今は時期が時期だから避けているが……これで私達に子供が生まれたら、そんな呑気な事を言っている場合じゃ無くなると思うが?」

「あらーそれはそれでー楽しそうー」


 なんか固まって話し合ってるが、まあいい。こっちはこっちで一旦アルペジオへ戻らないとな。さすがにこのまま敵の拠点っぽいところへ突っ込む訳にはいくまい。主にレイジ君の胃腸と頭髪の為にもっ!




 ○  ●  ○


 Side:辺境北部ティセス方面ポイント・アレティオ


「良くもまぁ、あんだけの船を毎回毎回ぽんぽんと」


 キャプテンシートに収まったユーリィが呆れたように呟けば、彼の横に立つ副官トルムも苦笑を浮かべる。何しろ出撃回数が今回で五回目、しっかりローテーションが組まれて負担が少なくなっているとはいえ、いい加減面倒臭くもなる。


「どこかに巨大な製造プラントでも持っているんだろうな。問題は、どこからそれらを建造する資材を持って来てるかだが」


 トルムの言葉に参謀シートに座るポーロが、うんざりした様子で溜め息を吐き出す。


「うちのエリシュオンと同程度の製造能力、もしくはそれより劣る製造能力を持つ拠点が複数有るって可能性もあるわけで、確かに資材関係は謎だけど」


 三人が見つめる巨大モニターには、ファリアスの紋章が刻み込まれた艦船が、モニターに収まりきらない数で展開している。


「だから辺境を目指しているんじゃないの?」

「ん?」


 ライジグス本国経由で流れてきたプログラムを、手慣れた様子で組み込む作業をしながら、片手間でクルシュが呟く。


「だって、辺境にある極地は資材の宝庫じゃない」

「……おお、なるほど、確かに理由としてそれっぽい」


 クルシュの言葉に、ユーリィは納得する。確かにそれならば、本来見向きもされないはずのクララベル子爵領宙域へ攻め込む理由にも納得できるし、北部辺境ティセス方面へと攻め込んでくる理由にも納得出来る。どちらもある程度開拓が進む極地持ちの宙域だ。


「もしもあいつらに領域を奪われでもしたら……」

「帝国位なら潰されんじゃね?」

「……アンタ、そんなサラッと」

「いやだって他人事だし。こちらはもう身も心もライジグス国民だし。ビバ! ライジグス!」


 否定はしないけれども、そんな生暖かな視線をユーリィに向けながら、腕だけは別の生き物のように動き続けるクルシュ。


 普通の艦隊であるならば、一旦拠点へと戻ってするような作業を、現場で行ってしまえる位には彼らは暇であった。


 何しろ旧臣組が本日も、素敵に元気に猛り高ぶり、ガンガン最前線で戦っているからだ。全くこちらに出番が回って来ず、鎧袖一触とばかりに撃墜していくから、こちらからは霧が発生して見える位、ナノプロープが大量乱舞していた。無茶苦茶である。そうして彼らが進めば進む程、敵の艦船が落とされていくのだが、例のウィルスによっておかしくなる様子は見られない。


 そもそもウィルスに感染しても片っ端から除去出来ていた。それだけライジグスのシステム面が強固であったのもあるし、そもそもそのシステムを構築した変態てんさいが誰か? という話である。ウィルス如きを驚異と見なしていない人間しかいなかった。


 だがそれも学習型と分かれば話が違ってくるので、早々に対策を打ち立てた国上層部の判断にはさすがであると称賛せずにはいられない。


「よし、これで大丈夫。ユーリィ、疑似マヒロちゃんシステム組み込めた。後、凄い勢いでアップグレードしまくるシェルファ様のワクチンプログラムも入れたわよ。艦隊運用システムにマーリン型防壁プログラムも追加で入れといたから、大丈夫だとは思うけど」

「これだもんよ。この圧倒的安心感。これだからライジグス国民はやめられまへん」

「それは激しく同意するが、お前はフォーマルハウトの商人か?」


 モニターに、マヒロの妹という設定の、疑似マヒロの姿が映り込み、ペコリとお辞儀をして艦隊のシステム面のサポートを開始する。


「うっそ! 凄い! 何これ! いやーん! マヒロちゃん助かるぅ! この艦隊、脳筋の突撃馬鹿が多くてオペ子が足りてなかったから助かるのぉっ!」


 クルシュがキャラ崩壊してクネクネしながら喜び、その様子に他のクルーがかなり引く。しかし、そんなクルシュへ疑似マヒロは妙に極太の眉毛になって、ハードボイルドにぐいっと親指を立てる。きっと制作者タツローの趣味だろう。


「おっと、あまりの感動に自分の仕事を忘れそうだったわ。総司令、防衛拠点から通信。援護射撃開始三十秒前」

「よし、前線組を後退。中層重巡洋艦、巡洋艦フィールド防御体勢へ」

「サーイエッサー」


 帝国にとって懸念事項であった北部辺境部への侵攻は、ファリアス軍が真っ直ぐティセス方面へと向かった事で結果的に帝国は救われる形となったのだった。

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