第148話 はくしんのえんぎ

 その放映は唐突に始まった。


 ヴェスタリア王家を詐称する帝国北方辺境部の貴族が現れ進撃を開始した、という情報は主要各国に広まり多くの関心を集めていた。


 無論、多くの人間は詐欺師の類いである事を疑わなかったし、あの皇帝が支配する(一応象徴なんだが、誰もが皇帝の支配を疑わない)帝国が、手をこまねいて放置もないだろう事は明白であり、早晩解決されるだろう程度の感じではあったのだが……


『この者、愚かにも我が友の家名を語り、我が友より受け継ぎしこの聖なる剣に泥を塗る行為を行った』


 詐欺師のいつもの(わりと過去の偉人の末裔を語る詐欺というのは常套手段として使われている陳腐な手口)バカ騒ぎで終わると思われていたそれは、まさかの本物の登場でざわつきが最上級に達していた。


「はあ……凄い、この王様……凄くキレイ」

「でも、この周囲にいるのが妃様なんでしょ? 私達とはレベルが違い過ぎるわ」

「正妃様よ。ディス・ラ・パルマ大天帝国の伝説の」

「あれ、作り話でしょ?」

「あまりに巨大な支配領域を支える為に、各宙域のもっとも優れた才覚を持つ女性を、ってヤツだっけ?」

「そうそう。でもそれよりも……」

「「「「平等に深い愛情を注ぐって意味だもん、素敵よねぇ」」」」


 女性達の食い付きが一番凄かった。


 映像の中央で、朗々と口上を語るタツロー・デミウス・ライジグス王。かつて旧時代に繁栄していた四つの王家、ヴェスタリア、ファリアス、ジゼチェス、オスタリディの姫君と結ばれた現代の伝説王。真っ黒な腰元まである黒髪に、涼やかな目元、整った鼻梁に艶やかな顎のライン。一流の人形制作者が魂込めて作り上げた精巧な作り物めいた妖しい美しさに、女性達はうっとりしている。


「……ル・フェリっておとぎ話じゃなかったんだな」

「なぁ。すんげぇいっぱい飛んでるし」

「しかも可愛い。確かにこりゃ、邪な下心ある商人とかが群がるなぁ」

「んでこの王様にケンカ売るのか? 命がいくつ必要なんだよそれ」

「聖剣エクスカリバー、古い紙媒体の本に書かれてるのを見たことあるけど、あれ、マジ本物臭い」

「まぁ、こんな堂々と偽物を出す訳ないわなぁ」

「しかも、旧王家の妃様達が身に付けてる装飾が」

「あれだけでいくらすんだって話だよなぁ」


 本来ならば、ライジグスの言い分を誰もが疑っただろう。しかし、全ての嘘偽りを粉砕する存在が、ところ狭しと画面に映り込んでいる。ル・フェリ、妖精達である。


 ル・フェリはおとぎ話とされていたが、彼女達の存在は、伝説の妖精王アーサー・ペンドラゴン・ヴェスペリアと共に語られており、曰く嘘偽りを見抜き、心清き人間としか友誼を結ばない、等の情報は周知である為ライジグスの言い分を誰もが疑わなかった。


 何より、こうかはばつぐんだ、となったのは、ヴェスタリアの姫君シェルファルム・エルフィン・ヴェスタリア・ライジグス正妃の肩に座る伝説の妖精妃ティターニアの存在だ。彼女の姿は記録され、彼女を題材にした多くの美術画は、帝国大博物館に所蔵されて独自のコーナーが設けられている程に人気がある。つまり、多くの民衆が、これぞル・フェリ、と思い浮かべるのが彼女であり、彼女が嬉しそうにシェルファルム正妃を撫でている光景は、正妃の品性をも保証している事を雄弁に語っている。


『偽りは正さなければならない。不正は白日の元に晒さねばならない。罪はその背景より語らねばならない』


 人形めいた無表情のライジグス王が、ルドッセルフ・エンブラ・ヴェスタリアと名乗った準男爵の罪を語り出す。


「……ん?」

「え?」

「おいおい」


 てっきり民衆は詐欺師の詐欺師らしい詐欺のやり口でも説明するのかと思った。だが、かの王の口から語られる事実は、それが事実なのだとしたら、とても準男爵に情状酌量の余地のある内容であった。


 ファリアス派と呼ばれる帝国中枢貴族達の一方的な内政干渉。ほとんど宙賊とやり口が変わらない侵略行為。自分達の利益だけを追求した準男爵領への搾取行為。


「なんだよそれ。反逆じゃなくて、正当な防衛行為じゃねぇか」

「旧王家ったって、東と西の辺境じゃ似たようなもんだけどな」

「マジかよ……」

「東部辺境とかジゼチェスの力が強いけど、結構な数の難民ってか逃げ出した奴らが神聖国に行くらしい。あっちは象徴(笑)の女王陛下が、がっちり睨みを効かせて政をしてるからな、天国らしいぞ」

「……じゃぁ、王様の言っている事は……」

「事実、だろうなぁこれ」


 民衆とて馬鹿ではない。彼らには彼らの情報網があり、貴族がやらかしている事や国の失敗などをちゃんと知っているし理解もしているのだ。


 民衆からすれば、準男爵には情状酌量の余地がある。心情的には許されるべきだという感情に揺れるが、果たしてかの王はどう判断するか。段々とざわめきが収まり、民衆の意識と視線が映像へと集約されていく。


『これはケジメである。確かに情状酌量の余地はあれど、詐称は許されざる行為であり、武力蜂起もまた許されざる行為だ。私は、ルドッセルフ殿よりの提案を受け、彼が愛する領民を全て受け入れる事を快諾した。そしてその条件は、彼の命である』


 それまでの無表情が何だったのか、深い深い憂いを秘めた悲しみの表情を浮かべる王。その王の両肩には妖精が座り、彼を心配するように美しい頬を撫でて慰める。その光景を目撃した民衆は、ぐっと喉を詰まらせた。


『本音を語ろう。不本意である! 実に不本意だ! だが、彼の決意は本物であり、同じ民を導く立場として、彼の決意を受け入れなければならないのも理解している』


 王の怒り、嘆き、それらを飲み込んで王たらんとする姿勢。全ての民がライジグス王。新しい伝説王の姿を瞳に焼き付けた。


『すまない……だが、安らかに眠れ、同士よ』


 美しい装飾が施されたレーザーガンを引き抜き、王はみすぼらしい布を頭に被せた準男爵へ向ける。映像から彼の領民だろう人々の嘆きの叫び声が響き渡り――王は悲しみの表情で引き金を引いた。それはキレイに顔面の中央へと吸い込まれて真っ黒い大穴を空けた。領民達の悲痛な叫び声が胸に来る。


『告げる。このような事態を引き起こした者共よ、無自覚なる侵略者よ。貴様達の行いを我は見ている。その行いは我が妃の心を痛める。心せよ、何より覚悟せよ。我らはいつでもその理不尽と戦う準備をしている』


 レーザーガンを投げ捨て、獅子の如き瞳でこちらを睨み、王は腰から聖剣を引き抜き、軽く一振する。


『次はない』


 ガン! と音を立てて剣を床に突き立て、王は冷ややかに告げた。



 北部辺境事変と呼ばれる事件はこうして劇的な幕引きをし、それまで噂話でしかなかったライジグス王国はドラマチックに民衆の世界へと登場したのであった。




 ○  ●  ○


 現状を一言で言い表すなら、阿鼻叫喚。


 いやぁ、周囲からの怒号やら罵倒やら悲鳴が凄い事になっている。まぁ、それだけルドッセルフさんの人望が高いって事なんだけどさ。


「はい、OKです。通信切りました」

「うし。ロドム兄貴、ルドッセルフさんを解放してあげて」

「はい、すぐに」


 床に突き刺したエクスカリバーを引き抜き、何か最近こんなんばっかやってるなぁ、刃が欠けてないよな? 刃先を調べてから鞘に戻しつつ、ロドム兄貴の方を見れば、ボロ布を外されて、キョトンとした顔のルドッセルフさんが俺を見ていた。


「「「「あれぇ?」」」」


 そして罵声やら怒号やら悲鳴を出していた領民達も、キョトンとしてしまった。これはあれだろうか、ド派手な衣装を来て、ドッキリ大成功! みたいなのを持って誰かに登場してもらうべきだろうか?


 だがそれよりも、だ。


「あー疲れた! もう、王様演技面倒臭ぇっ!」


 マジでこれだ。


 やれやれと首を鳴らしながら腕を回すと、肩に座ってる二人がきゃっきゃっと喜ぶ。何でもプチ絶叫マシンみたいな感じで楽しいんだとか。


「あ、あのぉ、陛下?」

「ん?」


 縛られていたロープから解放され、そのままロドム兄貴に介助されながら歩いて来たルドッセルフさんは、周囲を見回して困惑の表情を見せる。


「私は処刑なのでは?」

「馬鹿言うな。なーんで心有る優秀な統治者を、こんなくっだらない事で殺さないとならんのだ。貴方は今日からルドッセルフの遠縁のドミニクね。もちろん顔とか色々変えてもらうけど、このままティセスコロニーも責任持って管理運営してもらうから」

「……」

「「「「……」」」」


 ティセスコロニーのメインフレームを調べて分かった事は、実に胸くそ案件ばかり。これとユーリが持っていた情報とを精査した結果、全員一致でノットギルティ判断が下された。


 ただまぁ、戦争行為と反逆行為ってのはそれなりの処置が必要って事なので、そこはレイジ君にプロディースしてもらい、先ほどまでの茶番をやったわけだ。いやー疲れた。


「帝国もそれでいいだろ?」

『良いだろも何も、やり終わった後の事後確認じゃないですか?』

「はん、なら途中で口を出せば良かったじゃないか。それをしなかったのは、北部の状況をそれなりに理解してるから、だろ?」

『……』


 気まずそうなスーサイ氏にジト目を向けて言えば、実に、あっやべぇ、みたいに視線を逸らしやがる。分かってるよ、ちゃんと調べたから。次はねぇからな、と一方的に通信を切ってやった。


『後数日もすれば帝国でのあれもこちらに届くでしょうし、どうなりますかね? ファリアス派とかジゼチェス派とかオスタリディ派とか。良かったですねママン達、これで余計なちょっかい来ませんよ』

「だな、助かるよ」

「ええー実家のしがらみは本当にもぉー」

「アタシはこのモヤモヤを是非、あの糞親父の顔面に叩きつけたい」

「まぁまぁ、落ち着いて下さい」


 レイジ君もちゃんと監修という形でこちらをモニタリングしてもらっていたから、通信は繋ぎっぱなしだった。彼からの報告もあり、俺らは実に和やかな感じで緩く会話を続けていた。


 そんな俺達に、ルドッセルフさん、いやもうドミニクさんだな、が叫ぶように聞いてくる。


「へ、陛下っ!」

「なんだよ?」

「わ、わ、私は罪人です! これで許されて――」


 まぁ、真面目そうな人だし、こういう大団円的な終わり方では納得をしないだろうなぁ、とは思ってたが。ふむ。


「俺が許す」

「へ?」

「だから、新しい主人となった、この俺が許す」

「……」


 ドミニクさんは口をパクパクさせて、何かを言葉にしようとして言葉に出来ない、それを繰り返す。すると、一人の小さな妖精ちゃんがヒラリとドミニクさんの肩に座り、その頬にキスをした。妖精契約成立。ドミニクさんは淡い光に包まれた。


「っ?! こ、これは」

「妖精ちゃんも許すってさ」


 ドミニクさんは滂沱の涙を流し、膝から崩れ落ちて、子供のように泣き出した。そんな彼の背中を、彼と契約した妖精ちゃんが優しく撫で慰める。


「さぁて、ここからも大変だー。頑張るぞいっと」


 北部辺境にもトリニティ・カームのような極地宙域が存在するらしいから、そちらの開拓もしないとね。


 俺は泣いているドミニクさんと彼の領民達に背を向け、嫁達の腰を抱き寄せて立ち去ったのだった。

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