第131話 ルヴェ・カーナの戦い ④
Side:アベランタラ宙域、もしくはルヴェ・カーナ栄光の海、対三戦士拠点メザリッシウス
ルドッセルフは凡庸な貴族である。しかし、愚かであったか? と問われれば、辺境貴族の中では上位に食い込む為政者だったのは間違いない。
ファリアス派やジゼチェス派、オスタリディ派等々、一国の王族が派閥の長をしている巨大派閥や、帝国七大公爵家の派閥、皇帝を信仰レベルで崇める派閥など、帝国の派閥は多岐に渡る。故に、大きな後ろ楯を持たないルドッセルフは情報を収集して、それなりに上手く立ち回らなければならなかった。
特に彼を悩ませたのは、ファリアス派である。奴らは王国復興を夢見て、あろう事か、わざわざ辺境まで進出し、辺境の不透明さを利用した企みをし始める。これは本当に冗談ではなかった。
特産品も秀でた工業品も無い、田舎の辺境に大きな収入があるわけでもない、だがルドッセルフはコツコツ財政を遣り繰りし、対ファリアス、対三戦士の拠点を建造した。それがメザリッシウスである。
三戦士側の拠点と比較すれば貧相極まる中型ステーションであるが、重税などを課したわけでもなく、領主の努力によって建造されたという一点だけで、ルドッセルフの為政者としての能力が垣間見える施設だ。
そのメザリッシウスの管制室内に、宰相は訪れていた。
「何故、撤退したのだ?」
「はっ、陛下の勅命でしたので」
「……あの小心者め……」
「はい?」
「こちらの話だ。再編成と装備品の確認、指揮官には陛下の命令を聞いたら、すぐに私に確認をするよう周知しろ」
「は、はあ、了解しました」
ルドッセルフの右腕、宰相イグン・ウエハイスは、拠点に戻ってくる艦船を白けた目で眺める。
彼の中で、初戦は奇襲の電撃戦という扱いであった。彼はこちらの情報が筒抜けで、ばっちり待ち構えられて迎撃された、という認識になっておらず、あのまま物量で押しきればコールディ男爵のコロニーまで抜けられたと考えている。
実際は主力である戦闘艦部隊の頭を完全に押さえられ、艦隊には直接の被害は出てないが、絶対の自信を持って出撃させたレティア・ツェン改の多くを撃墜させられ、指揮をする上層部に激震が走り、士気がだだ落ち状態だったので、そこまで侵攻出来たかどうかは難しいところだろう。
更に言えば、寄せ集め部隊の弊害で、指揮系統が確立されておらず、自称天才軍師様は自分の作戦を伝えているのだから、その通りに動けば勝てるんだから、一々指示など出さなくても楽勝だろう? と考えている素人なので、突発的、今回ならば待ち受けての迎撃、という事態に対応出来ずに混乱した、その理由を理解しておらず、ただただ指揮官の不甲斐なさだけをやり玉に上げ、やれやれと呆れているわけだ。あっぱれ見事な大本営っぷりを発揮している状態である。
結果だけ見れば、むしろルドッセルフのビビリによる徹底は、建て直し、仕切り直し、という観点から見れば、お見事と称賛されるべき一手だった。だからこそ、三戦士最強の懐刀、天才リーン・エウェンは警戒度を引き上げたのだから。
一通り、必勝の作業と下準備を指示し、やれやれ名軍師も楽ではないぞ、などと自分に酔っぱらいながら管制室から退出すると、まるで自分を待ち受けていたように、夢幻商会の女がそこに立っていた。
「貴様、ここへの立ち入りは禁止されているはずだ。どうやって入り込んだ」
イグンはルドッセルフ程楽観的にこの女を信用していない。むしろ本能的に忌避している部分があり、相対するとどうしても喧嘩腰になってしまう。しかし女はさしたる反応を見せず、ただただジッと自分を見てくるではないか。何やら不気味なモノを感じ、じりっじりっと知らずに後ずさりしてしまう。
「貴方程度では役不足ですね」
「っ?! な、何だとっ!」
唐突に口を開いた女の言葉に、イグンが激昂するよう叫ぶ。しかし女は瞳の形を逆三日月のように歪め、体全体を小刻みに奇妙な揺らしかたをして嘲笑う。その笑い声はまるで狂った猿のような奇声で、イグンの怒りもあまりの不気味さに一気に冷める。そんなイグンの動揺をついて、彼の背後に隠れて潜んでいた人物が、禍々しい筒状のナニかをイグンの首へ差し込んだ。
「ぐばぁぅあっ?!」
首に差し込まれた瞬間、まるで生き物のように変形し、先端がドリル状に変形して回転、そのまま首から頭へとズルズル進んでいく。イグンは奇妙な声を出しながら痙攣し、瞳をぐるんぐるんと動かしていたが、完全にそれが頭に到達すると、痙攣をピタリと止めて、手を閉じたり開いたり、足を踏ん張ったり屈伸したりを繰り返し、それが済むと女性を見てニチャリと邪悪な微笑みを浮かべた。
「いかがです? 新しい体は」
「ふん、つまらん小物だ。だが、立ち位置が良い」
「ええ、ですから選びました。お願いしますね?」
「言われるまでもない。全ては偉大なる我が主の為に」
「期待しています。私は別の仕込みがありますのでこれにて」
「ふん」
女はまるで最初から居なかったように消え、残されたイグン、いや正体不明のナニかは愉しそうに嗤った。
「さあ、破壊し殺し、全てを黒く塗り潰そう。悲鳴を悲鳴を悲鳴を悲鳴を、ただただ我が主に捧げよ、下等生物ども」
○ ● ○
「なぁ、それやめない?」
「いえ、これは臣下としての礼儀であり、これをやめるなどと、とんでもありません」
「陛下が困ってます。おやめなさい」
「はっ! ただちにっ!」
「……ヲイッ」
ムーンライトからスカーレティアに乗り換え、ハイパードライブでルブリシュ解放軍の近くまで一気に進み、彼らの艦隊と合流をした俺達。ガイツ君の特務艦隊もいるよー。
そんな俺らを迎えたルータニア君達ルブリシュ解放軍の面々が、艦橋できっちり跪いて出迎えた光景を前に、やめーいと言っても聞き入れなかったくせに、シェルファが言えば聞き入れやがるこいつらよ。いやまぁ、シェルファが完全にこいつらの主って認識なんだろうし、仕方がないんだろうけど、何かむかつくぜ。
「シェルファルム・エルフィン・ヴェスタリア様、ご帰還、我ら一同首を長く――」
「あ、そういうのいらないんで。貴方達の永遠の忠誠とか、重たくて邪魔なので却下です」
「……」
バッサリ逝ったー。ルータニア君の瞳からハイライトが消えてるように見えるんだが。
「それと私の血はうっすいので、ヴェスタリアがどうのこうのも興味はありません。私がヴェスタリアを名乗っているのは、ただ単純にタツローに箔が付くっていう理由であり、私をお嫁さんにしてくれたきっかけでしかありません。なので、貴方達の夢とか希望とか願望とか、私は一切関わり合いになるつもりもありません。やりたければ我が夫、タツロー・デミウス・ライジグスにお伺いを立てなさい」
「あ、おれら円卓の騎士の血縁らしい一同も同じです。おれらはタツローさんが好きで付いてきただけで、ヴェスタリアどうのこうのは知らんので。これはレイジ、ライジグス宰相も完全宣言しましたのであしからず」
「……」
もうやめて! ルータニア君のHPはゼロよっ! HAーNAーSEー! 状態だなこれは。オーバーキルすぎるぜおい。
「はいはーい、私達ル・フェリもおんなじでーす! 国がどうとか権力がどうとか、もうアーサーの時代でお腹一杯なので、タツローさんとこで面白おかしく生きていきまーす。ごめんね」
「容赦ねぇっ?!」
「でも大切な事ですよ? わたくしも、シェルファ様とゆるりと過ごしたいですし。正直、貴方様なら我らが王よりえげつない手段でわたくし達を守ってくれそうですし」
「うんうん、タニアも分かってきたねー。そうだよー、タツローさん、性格悪いもん!」
「笑顔で言うこっちゃねぇっ?! いやまぁ、アーサーの頼みだからがっちがちに備えるけどもっ! それでもお前、えげつないってヲイ」
落ち込んでるルータニア君を尻目に、俺達は通常通り。そんな俺達にユシーさんがおずおず聞いて来る。
「あ、あの、陛下? 何故でしょう、妖精王をすごく親しげに呼んでらっしゃるようですが……まさかとは思いますが、王とは?」
「ん? あー、詳しくは俺も説明出来ないからザックリとだけな。あいつがこっちの世界に来る前の世界とでも言うべき場所で、俺とアーサーは親友で戦友だった。あいつの船とかこの剣とか、そっちの世界で俺が製作した物だ」
聖剣エクスカリバーを鞘、でっち上げましたぜ、いや、ゲームみたいな制限が無くて良かったよ、から引き抜いて見せれば、ユシーさんどころか他の人間までムンクの叫びみたいな表情で固まった。
「タツローさんだって容赦ないじゃない」
「ん? 何が?」
「天然ドS疑惑」
「いや、だから何がよ?」
いやいや、ユシーさんの質問に返事しただけでサドってどういう事やねん。知らんがな。
「あの、一応、それ、王権の象徴といいますか、ヴェスタリアが王笏と呼ばれていたのは、それが関係していると言いますか」
「はあぁっ?! 王権の象徴っていったらカリバーンやろがい。エクスカリバーは岩に刺さった剣じゃなくてヴィヴィアンから授けられた剣じゃろうがい」
「タツローさん、論点違うから。そういう事ではないんだよ」
ティターニアとヴィヴィアンに突っ込まれて、ぎゃーぎゃー言ってると、ゼフィーナ、リズミラ、ファラがにやりと笑って近づいてくる。
「ねぇねぇ旦那様ぁん? もしかして旦那様ぁんって、こんなの作ってませぇん?」
「何だよファラ、気持ち悪いな」
「まぁまぁ、で、どうなのかな?」
「このー三つなんですがー」
「ああん?」
リズミラが端末に、どっかの博物館的な映像を表示させて俺に見せてくる。
「……なんぞ? この小汚ない物品は」
「小汚なっ?! いやいや、これは王冠と錫杖と鏡なのだが」
「めっちゃくちゃ壊れてるな」
そこに表示されているのは、ひしゃげたというか潰されたというか、そんな感じの金属塊で、どこをどう見ても王冠やら錫杖やら鏡には見えない。困惑している俺に、リズミラが復元予想図というのを見せてくる。
「あーあーあー、これあれだ、イベントの限定アイテムな。作ってはねぇけど、倉庫にあるぞこれ」
何しろウチのクラン、イベント関係では常勝無敗の変態集団だったからな。上位入賞だとか優勝だとか、その手のトロフィー関係は無数に倉庫の肥やしとして存在してる。これは確か、イベントでどこぞの王族を助けろ的な奴の上位商品と、邪教の企みを阻止しろ的なイベントの記念品に、ミスコンの入賞商品だったかな。
「「「やっぱりっ!」」」
三人はしてやったりの表情を浮かべ、何やらどこかに通信を入れ出す。何だろうね?
「んでオジキ、北部辺境の事はどうしますかい?」
「ん、ああ、そうだね」
実際に北部へ俺達が介入する理由が無い。いや、ヴェスタリアを名乗ってるっていう部分がちょっと問題ではあるんだけど、別に俺らがかの王国の正当後継国を名乗ってる訳じゃないからね、ぶっちゃけどうでも良いっちゃどうでも良い。ただまぁ、北部にはまだ手を出してない俺達クランの施設がかなりあったりするから、そっち関係で関わり合いになりそうな感じはあるんだけども。さてはて、どうすっぺかなぁ。
俺が中空に視線をさ迷わせていると、立体ホロモニターが立ち上がり、そこにレイジ君がドアップで身を乗り出して現れた。
『パパン! お仕事です!』
「はい?」
レイジ君の喜色満面な顔に、俺はかなりの嫌な予感を感じずにはいられなかった。これ絶対悪巧みしてる時の、マイサンの表情や。パパには分かるんやでー。はぁ……
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