第120話 反皇帝連合体エンペラーキラー
Side:元帝国北部領域、自称北部辺境伯、現王笏ルドッセルフ・エンブラ・ヴェスタリア公王
帝国の北限、何か有望な資源がある場所でもない宙域に、アベランタラ準男爵所有のコロニー、ネベス・ザリプライムコロニーは存在していた。
北限とあって、特産品があるわけでもなく、何か重要な基幹産業があるわけでもない、中央本星の貴族からも無視されているような、そんな場所に大勢力が終結しつつある。
「公王陛下、よくぞ決意してくださりました」
元アベランタラ準男爵、現ヴェスタリア公王のルドッセルフは、薄笑いを浮かべた表情で、胸元を飾る赤黒い金属製の勲章のようなモノを撫で付けて頷く。
赤黒い金属は、どうやら金剛赤鉱合金だと思っているようだが、見る人物が見れば、それがただのありふれた合金ですらない金属製品であると気づく。そんな安っぽい何かを嬉しそうに撫でる姿は滑稽だ。
「ヴェスタリアとして立ち上がれば、かつての悲劇を知っている民草は奮起し、必ずや公王陛下の膝元へと駆けつけるでしょう」
「うむ」
ヴェスタリア王家の人気は凄い。もしも帝国という国家が誕生せず、ヴェスタリア王家がずっと存在し続けていたのであれば、帝国を越える超大国が誕生していただろう、と言われている。しかし、リアリストな歴史家からすればそれは過大評価であり、冷酷冷徹な政治が行えなくなっていた時点での滅亡は、やはり既定路線だったろうという評価ではある。
だが、今必要なのは、ヴェスタリアの人気だ。それが例え偽りの血統だろうと、先に宣言してしまえば勝ちで、後の遺伝子鑑定すらいくらでも誤魔化す事が出来る。
「して、余の軍勢の様子はどうかね?」
「は、すでに想定の倍する兵力が集結しており、東西の辺境伯達も志を同じくしております」
「ふむ、余の即位に花を添える見上げた忠誠心であるな」
「まさしく」
辺境部の貴族達は抑圧された集団でもあり、何かのきっかけでその火種に火が点くのは誰もが予想していた。しかし、怖いガキ大将である皇帝が失踪したから挙兵しました、という理由はあまりに格好が悪すぎて受けが悪い事を彼らは知らなかった。そして何よりも、彼らの見通しは決定的に浅慮すぎた。
ヴェスタリアの正当なる後継は、すでに帝国中央に登録され、その後継者は皇帝すら恐れる人物の正妃として迎えられている事を彼らは知らない。
ヴェスタリアを待ち続ける騎士団が、それと知らずにヴェスタリアの庇護下にあり、忠誠心溢れる騎士団の逆鱗へ触れた事を彼らは知らない。
お嫁さんが悲しみ、泣くような状況を産み出す全ての事象、それこそ神か悪魔であろうともぶちのめす、そんな王様が臨戦態勢を整え始める事を彼らは知らない。
もうすぐ皇帝の救出作戦が完了しそうな状況なのも彼らは知らない。
知らない。
知らない。
知らない。
知らない。
「ふっふっふっふっふっ、楽しみである」
「ええ、本当に」
虚飾の玉座に座る偽王は、帝国を討ち滅ぼし、公王から王となれる夢に酔いしれるのであった。
○ ● ○
「エンペラーキラーだぁ?」
「はっ! お恥ずかしい限りでありますが!」
「……そろそろ気を緩めないおじいちゃんや、こっちは高血圧でぶっ倒れそうな気配がして怖いんだけど」
「はっ! 努力しますっ!」
「はぁ……」
まさに直立不動、軍人のように一本の棒と化したシーゲル・ハイラド・ウィンザベイ大公爵が、顔面に相当力を入れた状態で、キビキビとこっちの問いかけに返事をする。ずっとこの調子で困るわ。
「アリアンちゃんや」
「あー、そのー、処世術なんですよ」
「あん?」
「シーゲルさんは皇帝陛下の執事長のような役職をしていたのですが、皇帝陛下を怒らせずにそれとなく誘導する手段として、こんな感じの受け答えが一番効率的だったというか」
「なるほど、そんな背景があったんかい」
どうも大公爵達の反応が過剰というか、そんなに怖いか? あのマザコン。
「しかし、まさかヴェスタリアを詐称するとは……なんて阿呆なんだろうなぁ」
会談に参加しているゼフィーナが、苦笑を浮かべながらほうじ茶をすする。彼女の最近のお気に入りだ。
「そんなヤバイの?」
「余程の馬鹿じゃない限り、絶対に使っちゃいけない類いの名前よねぇ、ヴェスタリア王家は」
「我々よりも二段位上なんだよヴェスタリア王家は」
「そうなの?」
「そうですねー、ジゼチェス、オスタリディ、ファリアスが王家に認められたのはー、そもそもヴェスタリアがそう任命したからですしー」
「一番古くて、一番権威があって、一番人気のある王家って言えば良いかしら?」
「ほぉー、すげぇじゃん」
嫁達の説明を聞いて、その王家の末裔でらっしゃるシェルファを見れば、彼女は苦笑を浮かべて肩を竦めている。まぁ、彼女は普通のコロニストから、遺伝子鑑定で唐突にそうなった人物だしなぁ、実感なんてなかろうもんよ。
「多くの民衆は無反応なんですが、野心を持っている地方貴族からすれば、とても担ぎやすい御輿であるらしく、北方東西の辺境で問題を起こしていた貴族達が、こぞってこの連合体に参加を表明しておりまして」
無表情に、しかし確実に怒気を感じさせる口調で、ウルティナ・キソソ・ブエルティクが説明してくれる。うん、なんか凄い旦那さんがモテるらしくて、目を離すと嫁が増えるらしいんだよ。そうすると、自分の時間が減るってんで、今の状況を一番怒り狂った状態で見据えてるのが彼女なんだ。ほら、経済担当だから、戦争状態になんかなれば忙しさ倍増だしね。だから、その能面のような凍えきった顔で俺を見るんじゃない、怖いから。
「それもこれも家出したあの馬鹿の責任じゃねぇか」
「「「はぁ」」」
俺の言葉に、三人がそれぞれ胃の上辺りを押さえる。苦労してるなぁ。
「まぁ、それもそろそろ終わりじゃ!」
「そうですね、配置完了です、マイロード」
俺は会談に出席しないとならないからって、装置の全てを技術スタッフへ丸投げしたんだが、俺からすれば苦行のようなそれを、彼ら彼女達は喜んでやってくれた。こちらが驚く速度で装置を製作し、スラッシャーズの力を借りて配置まで進めてくれた。ありがたいねー、これでレガリア関連の整備とかもやってくれると助かるんだけど、それはまだまだ先かなぁ。
「よし、フルスキャンやっちゃって。それで、アリアンちゃん達は俺にどうして欲しいのかね?」
「えっと……」
アリアンちゃんはチラチラとシェルファを見て口ごもる。なるほどねぇ。
「シェルファを正式に表に出して、ヴェスタリアがライジグスの正妃として嫁ぎ、ヴェスタリアの王笏はすでにライジグスのモノであるという表明をして欲しい、かな?」
「えっと、はい」
ゼフィーナがアリアンちゃんの仕草から、これであろうと言えば、アリアンちゃんは頷く。
うーむ。ゼフィーナとリズミラ、時々ファラなんかも、実家の名前を表に出していたけど、シェルファはあまりその手の事を好いてない部分があるのは感じていたし、出す必要もなかったから公にしてなかったけど、確かにこの状況では、シェルファの存在は光の巨人の敵役みたいな名前の奴らにとって、一番速効性の高い猛毒となるか。
しっかしなぁー、シェルファの表情が、今まで見た事がないくらいしっぶい表情をしてるんだよなぁ。
「シェルファのー気持ちも分かりますー」
「ん?」
「いえねーこの状況でそんな表明したらー二番煎じのパチモン臭いじゃないですかー」
「「「「あっ?!」」」」
まさしく盲点。確かに鑑定結果なんか偽装出来てしまうわけだし、相手も詐称している状態で同じような事をすれば、お前誰だよってなるか。
こいつは困ったぞ、そう思っていると、ゼフィーナの膝の上で足をぷらぷらさせていたせっちゃんが、足をピーンと伸ばしニヤリと笑う。
「フルスキャン成功じゃっ! ほれほれ、誉めるが良いぞ! 我の理論は正しかったのじゃぁっ! 学会に復讐してやるのじゃ! 復讐はまず練馬からじゃ!」
「ネタ盛り過ぎだってせっちゃん」
今までストレスフルな状況が続いたいたから、やっと目的通りの結果になったようで、せっちゃんのテンションがぶっ壊れている。ゼフィーナが苦笑しながら、猫のように可愛がっているからそのうち収まるだろうけど。
「マヒロ、見つかった?」
「残念ながら該当レガリアの痕跡は発見出来ませんでした。しかし、かのレガリアのスペックと、トリニティ・カームへの突入位置から予想する、不時着をしたのではないだろうか、と予測される場所の候補は限られます」
「上等上等! 偉いぞ!」
「お褒めいただき恐悦至極」
せっちゃんが猫になってるのでマヒロに聞けば、どうやらやっとこさ、あの馬鹿の顔面に拳を叩き込める時が近づいているようだ。ふっふっふっふっ、俺の拳は、アツいぜぇ~激アツだぜぇ~覚悟しろや。
「皇帝陛下が見つかれば、シェルファ正妃様の名前を使わなくても大丈夫になりそうですね」
アリアンちゃんがホッとした様子で、今まで口をつけていなかったお茶に手を伸ばし、それを一口飲んで嬉しそうに微笑む。
「まぁ、まずは奴を捕獲……救助してからだな」
俺が拳を掌に叩きつけながら、ベキンバキンゴキンと音を鳴らして言うと、大公爵三人が表情を引きつらせてぎこちなく頷く。
「安心しなよ、ちゃんとちょ――教育してやっから」
「「「ちっとも安心できないっ?!」」」
ようやっと面倒臭い仕事から解放されそうだけど、まだまだ面倒臭い事はやって来てる。仕方がないけど、一つづつ片付けてから進むしかないよね。しがらみってつれぇなぁーとか思う俺だった。
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