第111話 迎撃 ③

 Side:ゴバウ・ククウ・アトリ


 天井から吊るされた鎖に取り付けられた手錠。その手錠をはめられた状態でゆっくり目を覚ましたマドカ・シュリュズベリイ。


 全く知らない場所で目覚め、混乱した様子で周囲を見回し、自分が手錠をはめられた状態で拘束されている事に気付くと、怒りの表情で手錠を外そうと暴れだす。


「無駄だ。その手錠はな、レガリアを解析した副産物で、ありふれた金属なんかとは比べ物にならない強度を誇るのだよ」


 つぶれた蛙のような笑い声を出して、暗がりから現れたゴバウに、マドカは燃え盛るような瞳で睨み付けた。


「クソ野郎が」

「相変わらず美しいが、その言葉遣いだけはいただけない。これからワシを夫として支えるのだ、言葉遣いは正しくな」

「寝言は寝てから言えっ! クソ野郎っ!」


 犬歯をむき出しにして怒りに燃えるマドカに、ゴバウはうっとりした表情を浮かべながら近づく。


「その威勢はどこまで続くか見物だな。たっぷり、素直になる薬を入れたからな」

「っ?! てめぇっ!」

「ぐふふふふふふふふっ」


 暴れるマドカの体を、ねっとりした手付きで撫で付け、その甘やかな感触に一人で震える。呼吸は早まり、滝のような汗を流し、不健康に弛んだ顔が紅潮していく。


「触るなっ! 気色悪いっ!」

「ぐふふふふふふふっ、愉しむ前に、すまんね」

「何をっ?! くあっ?!」


 暴れるマドカの首を掴み、素早く隠し持っていたケミカルガン(無針注射器)を首筋に強く密着させてから薬品を注入する。それは、かなり強い薬で、相手を催眠状態へと誘導するモノだ。


「なにを……したっ……」

「何、気持ち良くなる薬と合わさると、色々こちらの言う事を聞いてくれるようになるモノだよ」

「てめぇ……人を……物のように……」

「ふん、他人など信用するのは阿呆がする行いだ。ワシに絶対服従をしない他人など、利用する価値もない。だからワシが自ら作っているのだよ」


 マドカの豊満な胸を揉み、形の良い尻を撫でつけ、耳元でぐふぐふ笑う。


「さぁ、ワシにルナ・フェルムの権限を渡せ。ワシこそがルナ・フェルムの支配者となるのだ」

「……どこで……それを……」

「なぁに、共和国の教団には、たっぷりお布施を渡しているのでな、その手の事情に通じている教団の幹部からは、それなりの情報と言うものを貰えるのだよ」

「教団……何故……知ってる……」

「彼らもまたレガリアの後継者だからだよ。あんな狂った奴らが、狂った暴力装置を持っているのは噴飯物だが、これでワシも対等の立場に立てる。そうすれば、教団とて安易に手出しは出来なくなる。ワシの、アトリ商会の天下はすぐそこだっ!」


 悦に浸り、勝者のような表情で叫ぶゴバウ。その表情のまま、マドカの両頬を分厚い掌で押さえ、ぐいっと自分の顔に近づける。


「さぁ、今すぐワシに寄越せ! そうすれば楽にお前の心を壊してやろうっ!」


 勝った、そう確信するゴバウに、それまで苦しそうな表情を浮かべていたマドカが、すっとその表情を消した。


「ん? 薬が効きすぎて壊れたか? 安心するがいい、高機能医療ポットがあるから何度だって――」

「任務完了。回収を要請します」

「は?」


 マドカが唐突に事務的というか、かなり機械的な口調で淡々と呟く。無表情さと相まって、まるで作り物めいた不気味さがあり、ゴバウはマドカの頬から両手を離す。


「何だ? 何なのだ?」


 無表情でまばたきすらせず、それどころか呼吸すらしていないのか、ぴくりとも動かなくなったマドカに、ゴバウは不気味な物を感じて、ベットサイドの装置を起動する。


「誰か! ワシの寝室へ人を寄越せ! 至急だっ!」


 いつもならば右腕の男が即座に応じるはずが、全く反応が無い。


「おいっ! 寝てるのか! ワシだ! 至急! 人を寄越せっ! おいっ!」


 いくら呼び掛けても返事が無い。ゴバウは動かないマドカを確認して、悪態を吐きながら寝室のドアを開けた。そしてそのまま、意識を失うのであった。




 ○  ●  ○


「野郎のピロートークをライブで見るってのは、キッツい拷問じゃねぇか」

「それよりエゲつねぇのはあれだよ、囮用ボットガールズかれんちゃん」

「だよなぁ……あそこまで本物に寄せられるAIとか、俺、ライジグスに就職出来て良かったよ!」

「マジそれな」


 アトリ商会の拠点へ、遠距離からの狙撃で、拠点制圧専用催眠ガス弾を撃ち込み終わり、その効果が出るまでの時間を、つい先程までモニターで流れていたゴバウとマドカ(偽物)とのやり取りで盛り上がる艦橋。その様子を呆れた顔で見るガイツ。いつまでも傭兵団のノリでいるのもどうなのか、最近ちょっと軍人の自覚が出てきた彼は、どうすんべこれ、と思い悩む。


「ガ、ガイツ艦長。だ、大丈夫ですか?」

「ん? あ、ああ、ちょっとこのままで良いのか、柄にも無く考えてた」

「へ、陛下は気にしないと、お、思いますけど」

「そりゃぁオジキはな。ただまぁ、宰相閣下から聞いていた国の展望を知ってしまうとな、それじゃダメなんじゃねぇかなぁって思うんだよ」

「あ、あー、そうですね」


 ウィプス・ファイアに乗り込んでいたロドムに心配されたガイツは、少し弱った風に苦笑を浮かべながら首筋を撫で付ける。


「どうやったって傭兵上がりだ。生まれも上品とはお世辞にも言えん。ただ、それを言い訳にするのもダサいって思ってはいるんだ」

「そ、そうですね。ど、動機は大切です」

「いっその事、ルータニアに泣きついて仕込んで貰うかなぁ」

「ガ、ガラティアさんに言えば、す、すぐ教育してくれますよ?」

「いや、アネさんはなぁ……容赦がねぇんだよ、マジで」

「あ、あははははははは」


 そんな世間話をしていると、ステーションを監視していたオペレーターがゴーサインを出す。


「おし、ウィプス・ファイアを含む特殊作戦艦隊はこのままステーションへ横付けする。その後は装甲機甲部隊の支援に回る」

「「「「了解っ!」」」」

「お姫様を迎えに行くぞゴラァ!」

「「「「オオオッ!」」」」


 いや本当、そのままで良いんじゃないの? そう思いながら頬をポリポリ掻き、その内タツローの関係者がどうにかするだろうと棚上げにして、ロドムは自分の準備を進めるために格納庫へと向かうのであった。




 ○  ●  ○


 Side:ムーンライト大展望室


「なるほど、つまり、これから確実に増えるだろう準レガリアへの対抗策として、この場に居合わせた国々で大同盟を結び、技術や情報を共有しよう、という事なのだな?」

「はい」


 レイジの提案した同盟の内容、それは神聖国や帝国、ネットワークギルドはもちろん、小国家郡の外交官からすれば神のような提案であった。


 ライジグスの持つレガリアへの対抗策、つまりは対抗できる技術の提供。テクノロジー関係の情報の一部開示、ノウハウの指導などなど、それは同盟というよりもライジグスから一方的に恩恵を貰うだけにも見える。


「しかし、ライジグスにとってのメリットは何だろうか? これでは我々が一方的に恩恵を受けすぎている。このままでは健全な同盟関係とは言えないのではないか?」


 生真面目なスーサイの言葉に、小国家郡を除いた外交官達が頷く。小国家郡の外交官達は、笑顔だが目が笑っておらず、その目をスーサイに向けて、じっとりとした圧をかけていた。余計な事を言うんじゃねぇ、この若造めっ! と。


「いえいえメリットしかありません」

「ほほう?」


 レイジの断言に、ルミエがいぶかしむ表情を向ける。そんなルミエにレイジは笑いかけた。


「我が国の仕事が確実に減るではありませんか」

「は?」


 レイジがしみじみと、それはそれは苦労している感じを滲ませて語った事実は、外交官達をドン引きさせ、同じような実務を日々こなしているルミエ(中の人)は、なるほどなぁっと目頭を押さえて納得する。


 自分の忙しさが解消されるならば、他国すら利用する宰相レイジであった。


「準レガリアしかり、共和国のゴタゴタしかり、確実に時代は混沌の、それも悪い方向へと進んでいっています。ですからこれは、転ばぬ先の杖というか、まぁ迎撃ですね」


 ニコリと笑って言うレイジに、その後誰も同盟に疑義を挟む人間はおらず、共和国を除いた大同盟が満場一致で結ばれるのであった。

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