幕間 うごめくものたち
クヴァーストレードコロニーには、五つの巨大なリングが車輪のごとく回っている。
コロニー公社が管理できているリングは、公表では五つ全部だが、実際には二本しか管理出来ていない。いや、正確には侵入できたのが二本だけだった。
そう、幾つか存在する、所謂レガリア型コロニーやステーションと呼ばれる施設は、勝手に動いているモノを、公社が勝手に使用している、というのが実情だ。つまり、管理も運営もしていない。
ドッキングベイなどは、個別の管理施設で対応し、さぞコロニーを掌握しているように見せかけているのだ。
つまり、公社は全く仕事をしていないのに、そこで生活をしている市民から勝手に税金を徴収しているという事だ。
管理維持費という名目の、中規模国家の税収入と同等の金額が、何もしていない公社に丸々入ってくる。しかも、帝国からも公社だから金が入ってくる……真っ黒すぎる会社なのだ。
「どうなってる!」
彼らの中では上級区画、タツローから見れば適当に配置した一般ユニットの一部、そこの無駄にゴテゴテした悪趣味極まりない、やたらと周囲を威圧するかのようなビルの一室に、ガラガラに枯れきったダミ声が響く。
「なぜこちらの命令を拒絶される!」
無駄に豪華な、無駄に巨大なテーブルを、贅肉で巨大なグローブにでもなったような拳で殴り付け、部屋にいる人間を睨み付ける。
「正統な使用者が現れたんじゃないんですかね?」
ヘラヘラして口許は笑っているのに、濁った瞳は全く笑っていない男が、陽気な口調なのに全てを投げ捨てたような、相反する感情が同居する声色で答えた。
「貴様、ふざけてるのか!」
顔面中に血管を浮かび上がらせた男が、再びテーブルを殴り付ける。
「それにスラムの治安が回復してるらしいとはどういう事だ! バズド!」
「知らねぇよ。やたら強い女どもが、こっちの手下やらシマやら、一方的に潰してんだ。こっちが聞きてぇよ」
まるでマッチしていない、貴族の屋敷で使うようなソファに、だらしなく座っている男が、やたら疲れた様子で投げやりに答える。
「どいつもこいつも、そもそも何で『エペレ・リザ』が帰還出来たんだ?! あれだけ入念に根回しして、何故取り逃がした!」
「やたら強い用心棒がいたんだよ。それこそこっちはそんな情報貰ってねぇ」
「お陰で結成以来の壊滅的状態だ。むしろこっちが補填して貰いたいくらいだ」
壁に持たれるように立っている二人の男が、吠えまくってる男へ殺意がこもった視線を向ける。
「ぐぅ」
所詮は守られたコロニーの中で威張り散らしてだけの男に、本物の戦場で戦う宙賊の殺意には抵抗できず、先程までの勢いを失い言葉に詰まった。
「まぁまぁカール殿、少しは落ち着きましょう。それとブジャモ殿とガジャダ殿も、気持ちは分かりますので、ここはワタシに免じて」
ゆったりとした真っ黒な法衣を身に付けた、全身全てが胡散臭い雰囲気を纏う男が、口調だけなら仲裁、だけど向ける視線は完全に異常者のそれで、三人の間に立つ。
「確かに色々と不確定要素が多く、こちらの計画も順調であるとは言えません。ですが、順調に進んでいる部分もあります。そもそもコロニーを押さえるにしても、中枢に入り込めないのではねぇ」
法衣の男のねっとりした視線に、カールと呼ばれた男は、ぶるりと震える。
「補填と言われましたが、ワタシ達から提供した兵器を活用しきれなかったどころか、派手に使って何も出来なかった、そっちの責任はどうなんですかねぇ?」
ブジャモとガジャダと呼ばれた男たちは、なるべく法衣の男を見ないように、目を閉じて黙り込んだ。
「バズド殿も、ファリ・ツとヂヂ・ムを助けるどころか、見捨てられたとか? 随分と薄情ではありませんか? ねぇ?」
まるでねっとり絡み付く猛毒のように、法衣の男の声が周囲の男たちに纏わり付く。
「ニブム様」
法衣の男より、少し簡素になった法衣を纏う青年が、少し咎めるように名を呼べば、男の気配が変化し、ねっとりしていた空気が消えていく。
「ニブム様が失礼しました。それでダレイモ殿、次の準備が整ったとか」
ヘラヘラしていた男、ダレイモはデータパレットを青年へ手渡す。
「ほほぉ、なるほどなるほど、こちらはとても上手く回っていたのですね?」
「もう少し、入会を妨害したかったんだが、下手打ってギルドマスターの介入を許したらしい。これ以上の弱体化は難しい」
パレットにはギルドのメンバーリストがズラリと並び、評価が高いメンバーに多くのチェック印が並んでいる。チェックされたのは、このコロニーからいなくなったメンバー達だ。
「残っているのは一人ですか。この方は?」
「辺境に拘っているのか、何か事情があるのか、そもそもランクが高すぎて手出しが出来ん」
「なるほどなるほど」
青年がニブムへパレットを渡すと、ニブムがニタァァと粘着質な笑顔を浮かべる。
「ブジャモ殿、ガジャダ殿、次は……流石に大丈夫ですよね?」
二人の男は、ニブムに雇われた事を後悔していた。次は死んでもやり遂げろ、この男はそう言っているのだ。
このコロニーの公社と手を結び、荒稼ぎして数百からなる大宙賊団、いや宇宙の大海賊団を築き上げて、全てが順風満帆だったのに、全てが儚い夢のように壊れていくのを感じていた。
彼らは知っているのだ。共和国の狂った教団の闇を。絶対に逃げられないソレを。
「しばらく近くの宙域で仕事をしてください。それだけでこの方が、喜んで討伐へ向かうでしょう。それからは……分かっていますよねぇ?」
ブジャモはゴクリと唾を飲み込み、精一杯の虚勢を張って、その顔に皮肉な笑みを張り付けて見せる。
「そっちのクソ兵器じゃアテになんねぇんだ。せめて帝国軍の兵器をこっちへ寄越せ」
自分でも無茶苦茶だと思うし、こんな要求通るはずがない、そう思ったが、こうでも言わなければ特攻して潰せと言われかねない。そう思っていたのだが、意外にもニブムは、それもそうですねと納得してしまった。
「シュバイツ殿? 手はありませんか?」
ニブムに呼ばれたのは、窓から外を眺めていた軍服の男だ。彼は呆れた溜め息を吐き出し、ゴミでも見るような目付きで宙賊の二人を睨む。
「既に必殺の一手と、小細工をかなり周到に用意してやったと、オレは記憶しているが? それ以上に武器まで寄越せと?」
シュバイツ・ニールセン。辺境の地方領主ニールセン家の三男。そして特務辺境遊撃部隊の第一部隊の隊長、特務辺境遊撃部隊の総司令の地位にいる男だ。
「別に何もしなくてもよろしいですよ? ただ、貴方が欲しいモノが手に入らなくなるだけです。ここで降りても何も言いません」
ニブムの心底そうして欲しそうな、是非に裏切ってくれないか、そんな感情が含まれた言葉に、シュバイツは大きく舌打ちをする。
この男なら降りた瞬間に、こっちの首を狩りかねない。それにここまで投資して降りるなんて、どっちにしろ選択肢として存在しない。シャクだが、自分の将来を考えたなら、このまま帝国で軍人をしていても、その先は絶望しか残されていないのだ。
「……『エペレ・リザ』が自己謹慎を申請してきた。奴らが居ない今なら、奴らの船の兵装をいくらでも回せる。だが忘れるなよ? 次があると思うな」
シュバイツの言葉に、ニブムの表情が抜け落ちる。どうやら裏切る事を本気で期待していたようだ。
抜け落ちた表情でしばらくシュバイツを見ていたが、突然豹変したように笑い出す。
「くきゃきゃきゅきゃきゃきゃ! 裏切れよーぅ! どうして裏切らないんだぃ? もう! もう! ほら! ほら!」
ニブムが全身を痙攣させながら、異様に長い両腕を振り回し、瞳を真っ黒に染め上げて、耳元まで口を裂きながらシュバイツへにじり寄る。
「ニブム様、駄目、ですよ?」
異様な雰囲気に包まれた部屋に、まったく自然な青年の言葉が響く。たったそれだけでニブムの表情が戻り、何事もなかったように正常な状態へ戻った。そのあまりに異常な行動に、周囲は言葉も無い。
「シュバイツ殿? ブジャモ殿? ガジャダ殿? その他の皆様。ご覧の通り、ニブム様は我慢が出来ません。自分も止めるのが面倒なんですよ。しっかりやってくれませんかね?」
進むも地獄、戻るも地獄。虹色の夢溢れる将来しか見ていなかった一同は、本当にどうしてこんなのと手を組んだのかと、今さらながらに後悔を重ねていた。
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