第6話 吐き気と弱気と仲間の影。そして次へと進む方向。


 どんなに小型の宇宙船でも、クルーの待機スペース、居住スペース、医療スペースというのが必ずセットで入っている。もちろん、このブレイジングイーグルにも医療区画がしっかり用意されている。


 壁に手をつきながら、何とか医療区画にたどり着いた。ポンポツが予約してくれていたから、一番近いポットの蓋が空いていて、もうダメと最後の気力を振り絞り倒れ込んだ。


「……しんどい」

 がんばろうと決意してすぐこれだ。全く嫌になるくらい俺は弱い。


 自動的に口許へ酸素マスクが装着され、少しだけ甘い香りがする空気が流れてくる。少し気分が軽く感じるから、きっと精神を安定させる作用のある何かが含まれているのだろう。ありがたい。


 ゆっくり深呼吸を繰り返し、何とか耳の奥にこびりついた悲鳴や罵声、怒号を消そうとがんばってみたが、消えるどころかますます強くなり、気持ちの悪さがぶり返す。


「辛いぞ、皆」

 思わず口から出る愚痴に、誰も答えてはくれない。当たり前だけども、ちょっとだけ挫けそうな気分になる。


『ヘタレだにぃ、別に違う道もあんべあ』


 頭の中のデミウスがからかうように言う。そうだな、アイツなら絶対に言う。馬鹿にするようなおどけているような、けど言い分はこっちを気遣う、そんな不思議な語り口で。


『別に生産でも構わんにゃ? 何で戦うのんよ?』


 戦わないと、立ち向かわないと、きっとまた俺は楽な方向へ逃げてしまう。誰とも関わらず、何者にもなれずに、ただただ生きるだけに生きてるだけの人生を送る。ここで踏ん張らないと……


 いつの間にか閉じていた目を開ければ、いつの間にかポット内は再生液に満たされて、俺はそこに丸々浸かっている状態だった。

 ユラユラする水のような再生液をボンヤリ眺めていると、蓋に反射する自分の姿が見えた。


「っ?!」

 その自分がデミウスに見え、ちょっとだけ他のクラメンたちの姿が見えて……馬鹿だな俺は。はは、同じ事を繰り返すなよ、全く。


 ゆっくり慎重に深呼吸を繰り返す。

 自分の決めた事を、自分で進むと決意した道を、自分がなろうとしている自分の姿を、深呼吸と一緒にじっくり固めていく。


 俺はデミウスみたいに強くなる。俺はデミウスみたいに自由に生きる。俺はいつか夢見た叔父のような大人に、格好良い男になる。


『やれやれだにゃあ、まぁ、それでこそタツロークオリティかもにぃ。こんの生き方不器用めぇい』


 脳内デミウスなのに、デミウス以外の声も聞こえた気がした。確かめようと耳を澄ませようとしたが、呼吸と一緒に薬的な何かを吸入していたのか、まるでスイッチが切れたように意識が途切れた。


 ○  ●  ○


「……ん? んむぅ?」

 すっごい爽快な気分で目が覚めた。

 あー、そうだ、体調最悪で医療ポットに入ったんだ。

「コックピットに戻るか」

 あれ程酷かった気持ち悪さは、まるで最初から存在していなかったように、本当、きれいさっぱり消えていた。

「かがくのちからってすげー」

 アホな事を口走りながら、コックピットへ戻れば……


「先ニ一杯ヤッテル、ダゼ」

 キャンプとかで使う携帯する酒を入れる入れ物、スキットルから直に何かの液体を飲み込むブリキ様。

 うん、もうなんだ。このブリキ様はこういう物体であると思った方がストレスを感じないかもしれない。うん。

「敵船からのデータボックス回収終了しました。物資に関しては、あまり良いものが発見できませんでしたが、適当に価値がありそうな物のサルベージは完了してます」

「お、おう……ん? いやいやいやいや、何で制御AIがそんな事できんのさ!」

「ポンポツ内に制御わたしのアップデートプログラムがありましたので、アップデート致しました」

「ルミ姉さんとTOTO?」

「プラス、リオ・テイカースです」

「マッドサイエンティスト勢揃いじゃねぇかよ?! ん? って事は、ポンポツの制作者って」

「スパート・ヘイト、ダゼ?」

「oh……もー」


 リオ・テイカース、スパート・ヘイト。生産職の中でもソフト方面に特化している変態どもで、こいつらが関わって一大事にならなかった事はほとんど無いトラブルメイカー。気の良い奴らではあるのだが、その気遣いが特大に斜め方向へ爆走するから質が悪い。

 ルミ・ステア、TOTO。こいつらはハード方面に特化した変態を越えたマッドサイエンティスト。こいつらがチームを組んで何かを作る……おぉ、怖い怖い。


「ま、まあ、いい。うん、うん。いいったらいい。よし!」

 両頬をパン! とひっぱたき、制御AIが回収したというデータボックスの中身を開いた。


 データボックスの中身は、襲ってきた奴らが何者であるかを知るために有用であった。ただ、こっちの世界の詳細を全く理解できていないので、内容はチンプンカンプンであるのだが。

「こりゃアカンわ。AIちゃん、こっちでも『ネット』って使えるかい?」

「上位空間の存在は確認してます」

「よしよし、ポンポツ、繋げられるか?」

「ウィ」


 ポンポツが上位空間へ繋ぎ、超空間ネットワークシステムに連結する。これは通称『ネット』と呼ばれ、ありとあらゆるネットワークシステムにアクセスできる超強力なハッキングツールである。

 発見者、開発者、制作者がうちのマッドどもだと言えば、えげつなさが分かるかもしれない。他所のクランの秘匿されたサーバーすら覗けるからね……


 『ネット』を使って色々調べていくうちに、戦闘中に感じていた予想が確信に変わった。間違いなく、ここはSIOと同一の世界であり、ゲームの時代から数十世紀の時間が過ぎ去っており、俺たちの時代、つまりゲーム時代の技術はほぼ失われた技術となっているようだ。


「んで、こいつらは『親愛なる隣人』つー貧困者を支援している慈善団体である、と。まあ、裏の顔は真っ黒でドロッドロなカルト教団であると」


 今俺がいる恒星系を支配している星間国家グヴェ・トゥリオ帝国ではそのカルト教団、秘密が多いらしくBH教団と呼ばれているらしいのだが、そいつらは危険な思想団体として排斥されているらしい。んで、帝国と敵対しているゲデ・ヴェロナ共和国ではほとんど国教に近い扱いを受けているらしい。


 教団の実態は、ほとんどテロ組織だ。教義は『壊せ、奪え、殺せ』と、何ともアレ過ぎる物だ。


 その教団のカバー組織が『親愛なる隣人』というわけで、これは昨今貧富の差が露骨になってきた帝国へ侵入しやすい組織を、という事で作られたようだ。実際、帝国での評判は上々で、なかなか上手い潜入方法だな。


「大規模な事件を起こす予行演習を、この宙域でやっていて、ここは奴らにとって重要なポイントであったと。んで、アイツらの本拠地は……ん?」


 構成員の多さと、やばい教義だから関わりを持ちたくない。だから近寄らずに済むように、本拠地の所在地を調べ――瞬間的に頭のネジが数本吹っ飛んだ。


「ふざけるんじゃねぇぇっ! ここは、この場所は俺たちのクランコロニー『アルペジオ』じゃねぇか!」


どうやら、アイツらを放置、とはいかなくなったようだ。

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