でっかい宇宙でヒイコラ生きていく! ~Live in Universe ここからやり直す~

O-Sun

第1話 色々ありすぎて分かりません。

耳の奥がキーンとやかましくなっている。頭はガンガンするし、全身が妙にギシギシと固まった感じが……それに手足の指先が痺れて段々と痛みだした。


「ぐぅ、っあぁ」

 目を開けるのも苦労するぐらいの痛みに耐えながら周囲を見回す。


「な、んだこれ」

 おかしい、とてもおかしい。


 思考が上手に働かない朦朧とするまま、何度か頭を振れば、少しだけ頭が軽くなったように感じた。


 浅く深く慎重に、ゆっくり呼吸を整えるように意識して、ゆっくりとまともに戻っていく身体を信じて呼吸を繰り返す。


 やがて今までの痛みが嘘であったように、身体の感覚が正常な状態へと戻っていくが、まるでそれを待っていたかのように凍えそうな冷気が襲ってきた。


「寒いっ」

 痛かったり寒かったり忙しい。

 まだ視界はあやしく、水面みたいにゆらんゆらんと揺れているがそれでも周囲の様子に変化は見られない。


 いや、今はこの冷凍庫に放りこまれたように錯覚しそうな状況をどうにかせねば。


 薄暗い闇の中、自分の吐き出す濃い白い息に若干引きながら、生まれたての小鹿のごとく震える身体を見下ろす。


「わあお、純戦闘タイプのパイロットスーツじゃありませんか」

 もう日常的に見慣れた、それが普通であるように存在しているSF風味マシマシ、物凄くサイバーサイバーした近未来的なピッチリした服を着ていた。うん、まぁ、これ製作したの俺だしなぁ。


 しかしこれで今の状況は打破できそうだ。左腕を目の前に持ち上げれば、そこにはメカニカルなリングタイプの携帯端末が格納されていて、展開して起動すれば探していた機能がすぐに見つかる。


「全環境順応システム、オンと」

 パイロットスーツには全て標準的にパイロットのコンディションを守るシステムが組み込まれている。そのシステムの一つに全環境順応システムというものがあり、どんな過酷な環境にあろとパイロットを守ってくれる機能だ。つまり寒さにも対応してくれる。


 システムが正常に働き、痺れが痛みにかわり始めていた手足の指先までじんわり暖まり、やっと気が抜けて一息つけた。


「ふぅ、さて」

 まだまだ違和感が残るが、それなりに動けるようになった身体で指を鳴らしてみる。しかし出来なかった。


 何となく予感はあったけど、視線を周囲へ走らせて、やはりありえない光景に溜め息が漏れ出る。そこは見慣れた実家のごとき感覚を覚えてしまう戦闘タイプ宇宙船のコックピット。そして案の定、俺にしか製造ができないスペシャルカスタマイズ仕様。


 どういう事なのか。フルダイブVRMMOゲーム『スペースインフィニティオーケストラ』通称SIOはつい先程終了を迎えたばかりだ。そう終わってしまったのだ。SIOは完全に、確実に。


 先程試した指パッチンは、SIOでステータス画面を呼び出す共通のアクションだ。リアルで苦手な人でもパッチンできるように、無駄なほどこだわったアシストサポートがされており、無駄に高性能で無駄に格好良くパッチン出来る事で有名だ。ちなみに俺はリアルで指パッチンが出来ない人である。


「なんだってんだこれは……」

 スペシャルカスタマイズで超高級仕様の埋まるタイプのパイロットシートに座る。全身の力を抜けばどこまでも埋まってしまう駄目人間量産装置は、今日もばっちりらしく、実に駄目にする威力だ。


 何だか気が抜けてしまったのか、ぼんやりと自分の事を思い返していた。


 俺は日下部 達郎、四十後半の元サラリーマンだ。大学に行かずに就職し、ブラックに限りなく近いグレーな企業の平社員をしていた。


 世の中、新技術に新エネルギーだと好景気ではあったが、わが社はずっと不景気で俺は割りと無茶苦茶な仕事を押し付けられ、ひいこら青色吐息で働いていた。


 だが、まぁそんなキツい仕事をずっと続けていればあちこちガタが来るのは必然というヤツで、倒れては復帰し復帰しては倒れを繰り返しているうちに、ついにというかやっぱりというか徹底的に壊れたのだった。


 重たい病気ではあったのだが、医者からは手術を行い、投薬治療とリハビリをしっかりすれば普通の日常生活へ戻れると言われたのだが……うん、無理だと諦めてしまった。多分、生きる為に必要な決定的な柱というか芯みたいなのがボッキリ折れてしまったんだろう。


 結果として自宅でベッド生活となったので、暇を持て余して会社の悪事を全て世間に発表した。いや、もう働けませんって辞表出したら、クビだ解雇だ給料支払わないとかふざけた事を喚き散らしてきたので、ついカッとなってね。勿論反省なんてしていない。おかげで色々と金銭的なモノがいっぱいたくさんいただけました。


 そうして外に出掛けなくても生活が完結してしまう状況で出会ったのが、来たぜ未来! のセールス文句で有名だったフルダイブVRMMOゲームと、そのゲーム第一号作品であったSIOだったわけだ。


 指パッチンすらできない俺である。大宇宙の大冒険に心踊り、ただただ寝食を忘れてひたすら生産ばかりをやり続けた。


 冷静になって考えてみれば、あの頃の俺は溜まりに溜まった鬱憤をただただ爆発させていた八つ当たりだったんだろう。だけどそのお陰で気がつけば生産職のトップなどと呼ばれるようになっていた。ただの廃人生活を送っている駄目人間が実態だったのにね。


 ゲームでは頑固な職人ロールプレイ、あーと、いわゆるごっこ遊びで役になりきる的な遊び方をしていると思われていたのだけど、実際は他人と関わり合いを徹底的に避けていた偏屈なだけのプレイヤーだった。けれども色々な出会いがあって少しだけ前向きになっていったんだ。


 うん、生きてみるのも良いかって、改めてそう思えるくらいには。


 やがて決定的な出会いがあって、とあるクラン、えーと、そうだな、仲良しな友達のグループみたいなものを作ってわいわい遊ぶようになった。うん、凄く楽しくて、凄く満たされて、凄く嬉しかったなぁ。


 それも終わってしまう事が決まる。ゲームサービスの終了がアナウンスされてしまったのだ。


 一大ムーブメントを引き起こし、有象無象のゲームが次々と誕生し、世の中はまさにフルダイブゲーム大戦国時代の有り様だった。そんな中で一五年も業界のトップを走り続けたのは凄いことだし、人気のある状態で次の新規ゲームへと繋ぐ、確かに商売だからそれは正しい事だろう。企業の戦略は収益ありきで計画されるものだからね。


 ただ、そう、ただ俺にとってSIOが生きる事の全てだったという一点を除けば。


 分かっているさ現実逃避だって事は。単なる見苦しい言い訳だって事も。良い歳したおっさんの世迷い言、そう切り捨てられるのも仕方がないってのも分かる。


 でも、でも間違いなく確かに、あそこは自分のような奴でもキラキラした何かをくれる場所だったんだ。だからまたボッキリ、修復されたかもねと思っていたなにかが折れちゃった。


 ファイナルフィナーレエンディングイベントと題された最終ミッションにクランメンバー全員で参加し、最後の花火にふさわしい超絶難易度にひいこらしながら他のクランのプレイヤーたちと協力して何とか……何とか……ん? あれ?


「クリアー……したっけ?」

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