代《か》わりじゃない

斗真のお兄さんは、超優秀だった。


五年前、高校受験に失敗して精神を病んだ。


今は、入退院を繰り返してる。


斗真は、お兄ちゃんに向けられてた期待を全部注がれていた。


「花村には、勝てないんだよね。」


「成績?」


「うん。だから、塾に行かされるかも知れないんだよ」


「いつから?」


「さあ?一応、三年になってからにしてって言ってるんだけどね」


「斗真は、斗真だよ。お兄ちゃんの代わりじゃないよ」


「わかってるけど、父がね。無理みたいなんだよ。兄ちゃんの代わりにしなきゃ、おかしくなるみたいなんだ。」


斗真は、優しい。


自分の事を犠牲にする。


「一年の時も言ったけど、小花さんのシャツとか体操服、斗真が縫う必要ないじゃん。斗真は、利用されてるだけだよ」


「それでも、いいんだ。小花さんの世界に僕がいる。それだけで、いいんだよ。」


「何それ?そんなんで、幸せになんかなれないから…」


「さっちゃん、僕は幸せだよ。小花さんとこうしてるだけで。幸せだよ」


そう言って笑った、斗真の顔にイライラした。


夏休みは私は、斗真に会わなかった。


この日から髪の毛が伸びると、私は斗真に切ってもらうようにした。


夏休みがあけると、皆は小花さんを透明人間にした。


斗真は、相変わらず小花さんの世界に入ろうとしていた。


私は、その日小花さんの好きな人が花村紫音はなむらしおんだと知った。


そして、卒業式の10日前。


花村紫音はなむらしおんと小花さんが、教室で話してるのを見た。


小花さんが、いなくなった後。


花村紫音はなむらしおんが、泣いていた。


大好きな玩具を取り上げられた子供のように泣いていた。


これって…。


もしかして…。


また、いじめられた、小花さんを空き教室で、斗真が抱き締めているのを見た。


花村紫音はなむらしおんが、怒っていた。


やっぱり、そうなんだ。


斗真に抱き締められてる小花さんを見ていると、胸が締め付けられた。


私なら、斗真に、あんな辛い顔をさせないのに…。


花村紫音はなむらしおんが、事故にあった。


「さっちゃん。好きな人じゃなきゃしないんじゃないの?」


抱き締め続ける私の耳元で、斗真が言った。


「私の好きな人は、ずっとずっと斗真だよ。10年前からずっと斗真だよ。」


「また、髪の毛伸びたね」


二つにくくってるゴムを斗真が外した。


「また、整えてあげる。ここにれられるの好きでしょ?」


斗真は、優しく首の後ろを撫でる。


「うん、好きだよ。」


やっと、斗真の世界に入れた。


「斗真、私を好きになって。小花さんの事は忘れてくれない?」


「忘れさせるのは、さっちゃんがする事だよ。」


「どうやって?」


「わからない」


私は、抱き締めるのをやめて斗真の頬に手を当てた。


「斗真、小花さんが花村君を選ぶのわかってたんでしょ?」


斗真は、ゆっくり頷いた。


「馬鹿だね。斗真は。いつも、誰かの変わりになって」


斗真の頬が、涙で濡れていく。


「さっちゃん、僕ね。もう、疲れた。誰かの代わりは嫌だ。」


「大丈夫だよ。私にとって、斗真の代わりなんていないから…」


「さっちゃん、ぁぁああああ。ぁぁああああ」


斗真が、やっと泣けたのを感じた。


私は、泣き崩れる斗真をずっと、ずっと抱き締めていた。


「斗真、いつか私を愛して。私は、斗真を愛してる」


斗真の唇に、私は優しくキスをした。


受け入れてくれたその唇は、想像していたよりも遥かに柔らかかった。



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