日向風土記
「天逆鉾やけど刃の部分は付け足しちゃうやろか」
そんなはずないじゃないの。刃があってこその逆鉾じゃない。
「そうやねんけど柄にしたらやっぱり不自然や」
柄にも装飾が施されることがあるけど、コトリはあの顔面像がまず不自然だって。
「龍馬は天狗やと言うたし、昔で鼻が長い言うたら天狗やけど」
「猿田彦だっているじゃない」
「なんで二人もおって、神話もあらへんねん」
神話が残っていないものは事実だから仕方ないじゃないの。
「いやホンマはあったはずや」
なるほど、日向風土記か。だけど日向風土記も全本が失われてしまっている。わずかに残されているのは逸文と言って、他の記録に引用として残されたもののみ。逸文には天孫降臨神話もあったけど、
「古事記の成立が七一三年、日本書紀が七二〇年、風土記の編纂命令が七一三年や。日向風土記を編纂した人間が古事記やましてや日本書紀を読んどったかどうかは微妙や」
本と言っても筆写の時代だものね。だから日向風土記逸文と記紀の記述は微妙に違うのか。
「そんなん言うたら古事記と日本書紀もちゃうからな」
風土記の内容も地域によってかなり変わる。播磨風土記なら地名とその由来が中心だけど、出雲風土記になると出雲神話に重点が置かれてる感じかな。出雲はさすが神話の古里だと思うけど、
「日向も神話の古里やんか」
なるほど。失われた内容は日向の神話が多かった可能性も十分にあるのか。その中に天逆鉾に関する神話が無い方が不自然よね。逸文さえ残っていないから調べようがないけど、
「それでもヒントはある。霧島神宮と天逆鉾の関係や」
あくまでも推理だけど最初の霧島神宮が高千穂峰に作られたのは天逆鉾信仰のはず。だから天逆鉾は御神体だけど、その扱いは微妙。霧島神宮のHP見ても天孫降臨神話との関連は強調してるけど天逆鉾となると、
『頂上には天の逆鉾があり、山容の崇高秀麗なことは筆紙に尽くすことはできません』
まるで天逆鉾がオブジェのように紹介されてるものね。世間的にあんなに有名だから、本来なら、
「そりゃ、もうの天逆鉾神話、天逆鉾伝説をゴッソリ書くはずやろ」
普通はそうする。神社だって信仰を使ったビジネスだから宣伝に使えるものはなんでも使うもの。ましてや剥き出しで置いてある天逆鉾だよ。
「あれは最初の信仰から記紀に合わせて修正したなれの果てや」
それって、霧島神宮が出来た頃は天孫降臨神話と無関係だったとか。
「その可能性があると考えてる。最初は荒ぶる神封じの神事やった気がする」
高千穂峰の噴火は迷惑だったろうから、その荒ぶる神の怒りを封じるために、
「山頂に杭を打ったんちゃうやろか」
あれが杭だって! でもそうとも見れるか。根元が太くて先が尖がってるといえば鉾の柄と言うより杭に近いものね。さらに柄のテッペンは皿状になっている。あれも鉾の柄にしたら不自然だよ。見ようによっては釘にも見える。
だったら柄に彫られた顔面像は高千穂峰の怒りを封じるための神の顔だったの解釈も成立するのか。これらの神々は記紀の神々とまったく別系統だから、霧島神宮の説明も歯切れが悪くなるのも説明できる。
高千穂峰のあんなところに神社を建てたのも常駐してた訳じゃなく、神事のための控室とか神事用の物品の保管のための倉庫だった可能性も出てくる。
「毎年杭打ち神事やっとたんかもしれん」
最初は木製の杭だったかもしれないけど、神事が盛んになればデラックス化するのはよくある話だよね。いつしか木製から青銅製になり巨大化したぐらい。
「巨大化したら毎年作り変えるのが負担になってもたはあるやろ」
毎年が何年かおきになり、そのうち壊れるまで放置か。一方で霧島神宮は度重なる噴火被害で麓に麓に追いやられ、信仰の対象も天逆鉾じゃなく記紀の神々にシフトして、最後に残ったのが、
「天逆鉾はとにかく神聖な物ぐらいや」
その頃には日向風土記に記録されていたはずの天逆鉾に関する伝承も途切れてしまい今に至るぐらいね。元の伝承が途絶え果てた頃に鉾に見立てる考え方が出来てきて、本来は杭だった上に刃が付け加えられたのはありそうな話だ。
「それでも執念深く作り直してるね」
「これもはっきりした理由はわからんけど、失われたはずの伝承を変形しながらも伝えとった部族がおったんかもしれん」
たとえば山伏とかね。いや山伏と言うより、山の民かもしれない。山の民と言うのも面白い存在なのよ。日本では律令支配になってから、民とは田んぼで米を作る人にされてきたぐらいと解釈しても良い。
米を作らせ、そこから税金を取り立てて支配階級を成立させたぐらい。ほんじゃ、すべての民がそうなったかと言えばそうじゃない。その一つが山の民。猟師をしていたのもいるし、鉱物資源の採集をしていたのもいるとされる。
「金売り吉次やな」
さらには木工製品を作ったり、皮革を作ったりもあった。
「傀儡子も山の民やろ」
そういう山の民の存在は正史ではほとんど触れないけど、予想以上に大きいものだったとする説はあるのよ。中央政府支配を受けないから、独自の文化を保ち、思いの外に豊かだったとする説もあるぐらい。
山の民は山に棲むから山岳宗教が盛んになるのは自然な流れで、その一つの表れが山伏で良いと思う。山伏も時代の流れに合わせて神社や寺院の教えを取り込んでいるけど、根本的な宗教観は違ったはず。
「神道も日本の原始宗教になるけど、山伏は大元は同じでも、かなり早くから別系統になったと見ても良いと思うてるわ」
高千穂峰の天逆鉾も山の民の聖地で、噴火で失われるたびに山の民で資金を集めて再設置を繰り返していたのかもしれない。山の民と平地の民は交易で関係はあるけど、お互いに余所者扱いだから、平地の民は天逆鉾の再設置記録は残さなかったぐらいか。
「これかって、そう考えたら説明出来るぐらいの話や」
まあそうなる。なんにも証拠がないものね。でもこうやってあれこれ考えてから実物を見るのも一興なんだよ。風景を見るだけなら、予備知識なしに見た方が良かったりすこともあると思うけど、天逆鉾みたいな歴史的遺物は違うと思うの。
謂れとか、積み重ねられた伝承を知っておいて見ないと、建物なんて単に古ぼけた木造建築物に過ぎないもの。天逆鉾もそうで、なんだろこれで終わりかねないもの。もっとも、ここまでやるのは歴女のコトリの趣味に付き合ってるのもあるけどね。
「明日は歴史ロマンとご対面やな」
「カケルは寝ちゃったけどね」
楽しみだ。
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