坂本龍馬の手紙

 有名な割には記録の乏しい天逆鉾だけど、具体的かつ詳細で信用の置ける記録が一つある。これがなんと坂本龍馬の手紙。


「寺田屋事件の後に、おりょうとやった日本初の新婚旅行の時のやっちゃな」


 寺田屋事件で瀕死の重傷を負った龍馬は薩摩藩邸に匿われ、さらに薩摩藩内に負傷治療のために送られてるのは事実なんだよ。この時におりょうも同行しているから、日本初の新婚旅行とも呼ばれてるぐらい。


 ここでなんだけど龍馬には姉の乙女がいるのだけど、非常に仲が良かったのもまた有名な話。龍馬が脱藩して維新志士として放浪してからも、書簡を定期的に送っていて、かなりの量が今でも残されてるぐらい。


 その中に高千穂峰を登り、天逆鉾を見て記録がある。あるどころか今でも公開されていて読む事さえ出来るんだ。そこには絵図も描かれていて、具体的にどのコースを登ったかを詳細に書いてあるだけでなく、天逆鉾の絵図まで描かれている。


「龍馬が見た天逆鉾が今もあるとするのが通説や」


 というのも明治大正時代にも頻回に噴火を繰り返してるのよね。そこを言い出したらキリがないのが天逆鉾だけど、龍馬が見た天逆鉾が今のと同じ可能性が高いのは、わたしもそう思っている。


 龍馬が見た逆鉾の柄だけど、これも具体的に書かれてあって、顔が彫られていて、これが天狗の顔だと記録されている。これが柄の両面にあるとしてるけど、これは現在の天逆鉾に一致するのよね。


「そこに逆鉾を抜いた話がある。たぶんやけど、逆鉾を抜いて記録したのはこの手紙だけやと思うわ」


 龍馬の手紙には、


『此サカホカハ少しうごかしてみたれバ

 あまりにも両方へはなが高く

 候まゝ両人が両方よりはなおさへて

 エイヤと引ぬき候時ハわずか

 四五尺斗のものニて候間又々本の通り

 おさめたり』


 こう書かれていている。鼻とは龍馬が天狗と評した顔面像の事で、そこが突き出すような形になってるから、鼻を握って引き抜こうとしたようなんだ。ところが鼻の位置が高いから力が入りにくく、龍馬一人では抜けなかったみたいで、おりょうと二人で引っこ抜いたぐらいだね。


 天逆鉾の地中に埋まっていた部分は四五尺、つまり百二十センチから百五十センチ程だったなっている。全体のバランスからしたそれぐらいの気がするけど、龍馬の絵図からすると、端に行くほど細くなっていたみたいなのよね。


「鉾の柄にしたらチイと不自然や」


 今なら槍を思い浮かべてもらえれば良いと思うけど、柄の太さは均一なんだよ。もちろん天逆鉾は祭祀用にモデファイされてるけど、そういうところは現物に似せそうな気がするじゃない。


 そりゃ、地面に突き刺す時に先が細い方が便利だと思うけど、それだって穴を掘って立ててから埋めれば済む話じゃない。根元が先細りの柄をわざわざ作ってるのはわたしも不自然な気がする。


「そこも不自然やけど、もう一つ注目しときたいのは天逆鉾は龍馬とおりょうの二人ぐらいで抜けるもんやと言うとこや」


 言われてみればそうだ。龍馬は元に戻してるけど、そのまま盗むのだって可能じゃない。


「盗まれる可能性があるのもそうやけど、引き抜いて避難させるのも可能やんか」


 そっちか。天逆鉾は霧島神宮の御神体だから、それを守るのは神職の一番重要な仕事にもなるはず。たとえれば寺が火事になったっら、ご本尊を抱えて逃げるのと同じようなものだよね。


 高千穂峰は滅多に噴火しない火山じゃなく、いつ噴火するかわからない火山だから、噴火の兆候を感じたら引っこ抜いて麓の神宮の倉庫に避難させてたっておかしくないものね。でも何度も上げ下ろしするのは大変そうだけど、


「高千穂峰からやからな。あの高さから担いで降りるのも大変やろし、担ぎ上げるのも大変や。それやったらになったんちゃうかな」


 それありそう。下手すりゃ一度やっただけでそうなっても不思議無いよ。噴火の兆候を察して引っこ抜いて担ぎ下ろして倉庫に保管したら、次に担ぎ上げたのはレプリカにするのは自然な発想よ。


 レプリカなら噴火で失われても新しいのを置けば話は終わりで、命懸けであんなところから上げ下ろしする必要がなくなるもの。だとすると、本物の天逆鉾は霧島神宮に今はあるとか。


「結果は一緒やろ」


 霧島神宮は火事の歴史でもあるものね。どこかの火事で倉庫ごと燃えたかもしれないし、倉庫から盗まれたかもしれない。もし本物の御神体が残っていたら、


「そうや。山頂にあるのは形代の理屈で済むねん」


 高千穂峰から霧島神宮の倉庫に保管されたかもしれないけど、倉庫に保管されたから言って安全じゃないのもの。長い時間のうちに本物の御神体も失われた可能性は高いのが人の世だものね。


「本物の御神体が無くなってもたから、今度は高千穂峰のレプリカを本物やとしたぐらいは、いくらでもありうることや」


 そうなるものね。本物の御神体が失われたなんて言ったら、神主の責任問題になるから隠蔽しようとするよ。世の中なんてそんなもの。これを保身と批判するのは簡単だけど、誰だって自分の身が一番かわいいものね。


「そういう意味で天逆鉾の科学的調査をなんて意見はアホやと思うわ。あんなもんわからんから値打ちやないか」


 世の中にはシロクロをはっきりさせたい人が多いのは事実。そりゃ、シロクロをはっきりさせた方が良いこともあるけど、させない方が良いことも多々あるもの。


「トリノの聖骸布みたいなもんや」


 キリストの遺骸を覆った布と伝えられ、そこにキリストの姿が写されてる布のこと。実はコトリもわたしもだけど、あの布の類は他にもあるのを知ってるのよ。


「聖遺物なんかどれだけ量産されたことか」


 中にはキリストの子ども時代の頭蓋骨まであったものね。その中で生き残って価値が高まったものの一つがトリノの聖骸布だけど、


「自信持ち過ぎたんやろな」


 科学調査をやらかして否定され大騒ぎ。ヴァチカンは科学調査を否定する声明まで出したけど、中世じゃないんだよね。


「世の中には触れん方がエエものが多いっちゅうことや」


 とくに宗教なんてしょせんは、


『信じる者が救われる』


 こんだけの世界だもの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る