☆突然の明日ー春香のリスペクト

すどう零

第1話 金魚すくいで知り合ったイケメン君

「すべてのことは、イエスキリストに働いて益となる」(聖書)


 あれは、高校二年の夏だった。

 平凡は田舎の高校生だった私にとって、都会からやってきた彼は、まぶしすぎる存在だった。

 内気でちょっぴり舌ったらずの癖のある、地味な女子高生。

 でも、高校に入学したあたりから、なぜかよく街でナンパされるようになった。

 初めてナンパされたのは、地元の本屋だった。たいていの男子は、時間をきくふりをして「ねえ、お茶でも」と誘い水をかけてくる。

 でも、私は知らない男子とカフェに行く勇気などなかった。


 あの日は特別だった。中学の親友だった彼女と夏祭りに行ったのだ。

 ここ二、三年、夏祭りや成人式というと、なぜか暴走族まがいの連中がうろうろしている。

 爆音を立て、バイクを乗り回すだけだが、なかにはそれをかっこいいと思い込んでる子もいた。田舎だから、刺激がなかったのだ。

 

「ねえ、彼女達、金魚すくいしない?」

 キックボードに乗った男の子が声をかけてくる。

 バイオレンス系統とは程遠いアイドル+お笑い系の可愛いフェイス。

「こう見えても僕、うまいんだよ。競争しようか」

「えっ、私たち、ヘタですよ」

「まあ、いいや。僕が教えてあげるから」

 そう言って、彼はいきなり金魚を、すくい始めた。

 上手い、名人なのかな。一秒に一匹のスピードで救っていく。

 あっという間に、三十匹はすくっていた。

「さあ、交代」

 私はすくい始めたが、なぜか金魚は私の手から逃げていく。

 やっと一匹すくったときは、ポイは破けていた。

「ありがとう。今日は楽しかった。僕、こういう者なんだ」

 丁寧に名刺を渡された。

 愛無プロと表記されてあり、その下に「吉村 康祐」と明記されていた。

 なあに、芸能プロダクション? 聞いたこともない名前。

 ひょっとして、アダルトビデオのプロダクションだったりしてね。

 この頃は、大手プロダクションを名乗るケースも多いからね。

 こりゃ、やばい。だまされるぞ。

 私は、逃げるように、その場を立ち去った。


 二学期まであと十日。

 宿題はとうに済ませたが、相変わらずネットばかり見ている。

 私は、自分がブログをもっていて、私小説を書いている。

 内容は、事実の出来事や知り合った人物をを基にしたフィクションであるが、なぜか書き始めたらやめられない。

 ときには「陰ながら応援しています」という有難い励ましのメッセージもあるが「あなたの文章には中身がない。しかし、目のつけどころが奇抜で面白い」と励まされることもある。

 でも、私は書き続けるというか、書かないと怖くなる。

 なぜなら、自分がその事件の主人公になるかもしれないのだから。


 そんなとき、一編のブログが目にとまった。

 「金魚すくい記録」というタイトルで、写真まで掲載している。

 あっ、夏祭りの金魚すくいで出会った男の子だ。


 なんと、私との絡みもブログに掲載されている。

 もちろん、私の写真は掲載されていないが、今日、女の子と出会ったくらいのことがさりげなく書かれている。

 多分、私のことを考慮したのだろう。

 私は、さっそくブログにコメントを書き込んだ。

「金魚すくいプロはだし君。教えてくれて有難う。いつかご縁があったらまた会えるかもね」

 そう、いつかどこかでご縁があればまた会えるかもね。

 私にとって、彼は恋のキューピットが合わせてくれた、素敵な出会いに違いない。


「ねえ、春香、夕食まだ?」

 姉の秋香が、ビールを片手にせかしている。

 私はあわてて、ガーリックスパイスと酢で最後の味付けをした。


「ねえ、春香、私、就職決まったよ。人材派遣会社で、いきなり初の女性課長に抜擢されちゃった」

 えっ、そんなうまい話ってあるの。

 通常は平社員から主任の段階を経て、そして管理職である課長に昇格するのがパターンである。

 しかし、課長というのは管理職であるから残業手当も出ないし、部下の失敗はみな自分の責任。かといって部長ほどの権力はないし、むしろ部長の部下であり、ノルマに追われるだけである。まさに名ばかり課長である。

 それとも、その人材派遣会社は、なにか公表できない秘密を抱えていて、それを秋香姉ちゃんに押し付けるつもりだったりして。

 よからぬ想像が私の頭を駆け巡った。

 秋香姉ちゃんは、ちょっぴり得意気な笑顔を浮かべ

「一応、若さを売りにしている会社でね。平均年齢は三十歳。私は三十一歳だから、年長の部類に入るの。だから皆、私には敬語を使うのよ。

 まあ、私は前職のアパレル企業では、経理主任であり、総務全般を任されていたから実力が認められたのね。

 仕事内容は、得意先との交渉、ほら、わが社に登録している派遣社員を企業に紹介する仕事よ。あと自ら企業に、わが社に登録している派遣社員を売り込みにいったりするの。まあ、いわば営業ね」

「でも、秋香姉ちゃんの過去の仕事って、経理含めた総務全般でしょ。営業じゃあ、畑違いじゃないの?」

「まあ、それはそうだけどね。今のうちに、いろんなことを体験しとくって大切なことだと思うの」

 秋香姉ちゃんは、やる気満々だった。

 私も、いずれはそうなりたいと思い、秋香姉ちゃんにちょっぴり憧れた。


 秋香姉ちゃんは、最初の一か月は張り切って出勤していたが、じょじょに秋香姉ちゃんは、疲れを見せ始めた。

 肉体的疲労よりも、重苦しい精神的疲労が感じられる。

 快い肉体的疲労は、睡眠などで発散できるが、ゆううつな精神的疲労は、はたから見た目にも重苦しい。

「お姉ちゃん、どうしたの。最初の元気はどこへ行ったの?」

 秋香姉ちゃんは、ひたすら沈黙のままである。


 



 


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