第7話 新人冒険者達とソフィア ~後編~
「.....ない」
ジムサが検索出来る範囲で薬草を探す子供達。
鬱蒼とした森の木々の根元には下生えの草がどっさりと生えている。
規定はポーション十本分の素材。上生え部分が必要なモノは葉が特徴的な物が多く、すぐに集まったのだが、問題は全体が必要な薬草。
地下茎まで必須なソレは、雑草と変わらぬ草姿なため、慣れない者には上生えの草部分からの判断が難しい。
「分からない..... 地面ごと掘り返してぇ」
シャベルはある。思わずそれを手にしたガックに、ジムサは、こらこらと呆れた眼差しで声をかけた。
「駄目だぞ? そんなことをしたら、そこら一帯が荒らされて次の薬草が生えなくなってしまうだろうが」
「ううぅぅぅ.....」
顔をしかめて情けない声をあげるガックや、薬草の本と必死に睨めっこをする他メンバー。
そんななか、ガサガサ草を掻き分けつつソフィアが森の奥から戻ってくる。
その手に大量の薬草を携えて。
「おま.....っ? それ」
「はい? ポーションの素材です。アタシ、雑貨屋を営んでますので。屋台ですけど」
そういうと彼女はカバンから道具を出して調合を始めた。
乾かした方が薬効の高くなる物は水分を抜いて乾燥させ、生の方が良い物からはその薬効を抜いてエキスを作る。
そうして用意した素材を掛け合わせ、次々とソフィアはポーションを製作していった。
初めて見る薬剤調合に眼を奪われる子供達。
みるみる出来上がったポーションは、その数二十本。
唖然と見つめていた子供らが、はたっと我に返り、慌ててソフィアに詰め寄った。
「それ、どうやって集めたのっ? 私達、分からなくて」
あ~、っと天を仰いだソフィアは、ジムサをチラ見する。彼は軽く肩を竦めただけで、特に言うことはないようだ。
それを確認して、彼女はコホンっと小さく咳払いをした。
「多分、皆さんがつまづいているのは、オセロ草ですね?」
うんうんっと頷くガック達。
それを見て、ソフィアは辺りを見渡し、似たような草を両手で引き抜く。
右手の草は葉元からすぐに根っこがあり、左手の草には、ずんぐりとした地下茎があった。
えっ? と子供らは瞠目する。
「一見、同じ草に見えますが、葉の生え方が違うのです。右のは根元側面の脇芽から草が増えます。左のは、根元の地下茎から株が増えているんです。なので、草並びの姿が、ほんの少し変わります」
よくよく見れば分かる程度の些細な違い。ソフィアの説明を受けても、ガックらには見分けられないようだった。
こういった差違に敏感な日本人気質。それがソフィアの薬師家業の役に立っている。
薬草の判別は経験を積むしかない。地球でも芹と毒芹など、姿形が似ていても、効用が全く異なる草も多いのだ。
野草やキノコ採取などは、本当に経験がモノを言う。
ちなみに、ソフィアは前世で野草を主食にしていたため、こういった事は得意なのである。
ノビルやムカゴ、芹やワラビとか、すっごく御世話になったわよね。軽く茹でて塩で食べられるからお手軽だったし。
過去の己の切ない食生活を思い出して、なんとも複雑なノスタルジックに浸るソフィア。
だが、今はそれが己の身を助く。人生、いったい何が起こるか分からないと、つくづく思うソフィアだった。
「まあ、とにかく根元を良く観察してみてください。数は雑草のが圧倒的に多いので、これは何か違うと感じた物を掘ってみたら良いと思いますよ?」
漠然とした助言だが、それに従い、草の根元を掻き分ける子供達。
すると、バースがピタっと止まった。
「これ、何か違わないか?」
その声に集まり、ガックやシャノンが首を傾げる。
「違う? うーん、どうだろ?」
「掘ってみれば分かるだろ?」
そうだなと頷き、バースは件の草を掘り起こした。
根っこまで掘ったその草には、こんもりとした地下茎がついていて、周囲が、わあっと歓声をあげる。
「どうして分かった?」
言葉少ななマグナの問いに、バースも上手く説明が出来ないらしく、困惑げに形の良い眉をひそめた。
「なんとなく.....?」
「なんだ、それっ」
呆れ顔のガックの横で、ラナも何かを掘っている。
その手にはいつの間にか複数のオセロ草が握られていた。
「ええっ? ラナまでっ?」
驚くシャノン。それに、しれっとした顔で、ラナもバースと同じことを言う。
「.....なんとなく。うん」
何の説明にもならないが、何故かこの二人にはオセロ草の見分けがつくようだ。
残りの三人も、大慌てでオセロ草を探すが、結局、陽が暮れるまでに規定の量を集められたのはバースとラナのみ。
「バースとラナだけ合格。後は精進するように」
落ち込む三人を、ニマニマと見つめるジムサ。
今回の薬草は、ビギナーの中でも難易度が高いものだ。出来なくても問題はない。
研修の設定上、上位の依頼アイテムが交ぜられている。
むしろジムサは、ここまで合格者が出ると思っていなかったくらいだった。
悔しがる三人や他のメンバーと和やかに会話するソフィア。
連れてきて正解だったとジムサはほくそ笑む。
鑑定というギフトを持つ彼は採取で困った事がない。何の知識がなくても必要な物を判別出来るため、そういった事には疎いのだ。
だから漠然とした感覚的なモノが理解出来ない彼の足りない部分を、ソフィアが上手いことフォローしてくれていた。
彼女は努力の人だ。毎日のようにギルドに入り浸り、書架で資料を読み耽っては森を爆走している。
経験に勝る知識はない。そして彼女のセンスは、とびきり良い。熟練の採集家並みな手腕を遺憾無く発揮する。
ソフィアの屋台に並ぶ薬品類を見れば、その努力が手に取るように分かった。
難易度の高い薬草を使う活力剤まで揃った店は滅多にない。それら全てが彼女のお手製で自力採取だと知った時の驚きを、ジムサは未だに覚えている。
右往左往しながら手探りで頑張るソフィアは、既に下町の看板娘。
何処で生まれ育ち、何処からやってきたのか。いったい何処に住んでいるのかも分からないが、彼女の屋台は賑やかで暖かい。ジムサには、それだけで十分だった。
何気に豊富な知識を披露するソフィアに、子供らも羨望の眼差しを向けて始めている。ソフィアも楽しそうだ。
そういえば、同年代といる彼女を見たことがなかったなと、ジムサは改めてソフィアを見つめた。
彼女が屋台を出すようになって、まだ一年ほどだ。それまで街の誰も彼女を知らなかった。
つまり彼女は、何処か別な場所からやってきたのだろう。そして生計をたてるために冒険者となり屋台を始めた。ジムサはそのように考える。
雇われ薬師や治癒師の方が楽だろうに、何故冒険者となり、屋台を出しているのか。
何か理由があるのかもしれないが、冒険者にとって命綱な薬品を安価で販売してくれる彼女の屋台は、正直言って有り難い。
同年代と楽しそうにはしゃぐソフィアを見て、出来る限りのサポートは惜しまないと、心に誓うジムサである。
「じゃあ今度は夜営だ。各々個別でやるように」
ぱんぱんっと手を叩くジムサに大きな返事を返し、子供らはわらわらと散っていく。
場所は湧水のある広場。程好く開墾され、魔物避けの石碑が設えられた広場は夜営や休憩に使われる定番のスペースである。
他の冒険者らもいて、せっせと動き回るビギナーの子供達を微笑ましく眺めていた。
「ソフィアはどうする? なんなら俺のテントを使うか?」
一枚の放水布を使った簡易テント。渡したロープに被せて左右に広げるだけのお手軽仕様だ。なかには組立式のモノもあるが、そういった物は嵩張るため冒険者には向かない。商人などの裕福で馬車移動が中心な者にしか使えない贅沢品である。
ジムサのテントは結構広い。鑑定持ちの彼は採取の依頼が多いため、その荷物スペースも必要なのだろう。
彼の御誘いに首を横に振り、ソフィアは自分が背負っていたリュックを下ろして、巻いてあった厚手な布を広げる。
それは長い袋。正面がボタン留めで開くように出来た長い袋は地球でいうシェラフだった。
内側にキルト地の布が張られ、冬には中に綿を入れられる仕様になっている。
大きな袋の頭部分は真横に切られていてかぶれるようで、ジムサは初めて見る謎なアイテムに眼を見張った。
「これは何だ? 袋?」
「寝袋です。ここは屋根もあるし、テントはいらないかなと」
ソフィアも防水布を用意していたが、ここなら必要はない。
丸めた寝袋を巻いていたのが放水布である。それを下に敷き、彼女は自分のスペースを確保した。
「俺らが持ち歩く毛布みたいなモノか」
ジムサも毛布を丸めて、それをさらに防水布で巻き持ち歩いていた。冒険者らの基本的な荷物の一つだ。
「そうですね。でも、これなら満遍なく身体をおおえますから。戦闘前提な冒険者には動きづらいので向きませんね」
こうした安全な広場のある場所は稀だ。大抵の冒険者達は危険な場所で夜営をすることになる。
前留めボタンを閉じてしまうと身動きしづらい寝袋では、万一の場合に行動が妨げられるのだ。
だが、採取専門で回ることの多いジムサには、とても魅力的に映ったらしい。
両手で掴んで広げたり裏返したりと、興味深げに確認していた。
「肩と腰についてる、この布は何だ? 膝にもあるな」
等間隔に縫い付けられた厚手の布。寝袋と密着したそれは、何かを通すモノのようで、ジムサは指を潜らせて不思議そうに首を傾げる。
「ああ、ベルト通しです。場所によっては地面が安全でない場合もあるでしょう? そういう処の木の上とかで安全を確保するためのベルトを通す穴です」
なるほど。木の上で身体を固定し、落下を防止するためのベルトか。.....って。
思わずジムサは、驚愕の眼差しでソフィアを見る。
この寝袋という発想もすごいが、それよりも常に有事を想定してアレコレ考えているのが信じらない。
地面が安全でない場合なんて、かなり限られる有事だ。地震や洪水、あるいは大火事など。
冒険でいえば、人里離れた辺境や険しい山岳地帯で獣や魔物が蔓延っている場所くらい。
彼女が、そんな状況に陥るなど、まず有り得ないはずだ。
なのに、そういった事を想定して物を造っている。
得体の知れない何かを感じ、ジムサはゾワリと肌を粟立てた。
ちなみに、とうのソフィアは、そんなことを考えてもいない。
あったら良いな、便利だよなを取り付けただけなのである。日本人ならよくある行動。
それを知らないジムサは深読みし、勝手な妄想を膨らませていく。
こうして何気にやらかしを繰り返して、ソフィアの新人研修は穏やかならざる空気を孕んで進んでいった。
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