第6話 新人冒険者達とソフィア ~中編~


「.....助かった」


 出された水に恐る恐る手を入れ、顔や腕をすすぎ、武器や靴も綺麗に出来たチビッ子達は、おずおずとソフィアに礼を言う。


「んっもうっ! そうじゃないでしょっ!」


 薄い茶髪のお下げが可愛い少女に背中を叩かれ、ガックはバツが悪そうな顔で呟いた。


「悪かったな..... その、知らなかったんだよ、お前が水魔法を使う薬師だって」


 水属性の魔術師は、大抵、治癒師か薬師と相場が決まっている。

 千人に一人の確率なのだ。それがどれだけ稀少な能力なのかは、冒険者達が一番良く知っていた。


 彼の謝罪が何に向けてなのか分からず、小首を傾げるソフィア。

 そののんぽりとした態度に焦れ、ガックが再び口を開こうとした瞬間、またもやお下げの少女に殴られた。

 それも固そうな長い杖で頭の後頭部を。


「~~~~~~~っっ!」


「全くぅ、また怒鳴るつもり? もう少し冷静になりなさいね」


 おおおぉぉ.....っと踞るガックを呆れたかのように見下ろし、お下げの少女はソフィアを見つめた。


「ありがとう。手足がベタベタだったから、すっごく助かったわ。私、シャノンっていうの。よろしくね」


「アタシはソフィア。こちらこそ」


 きゃっきゃと楽しげな二人につられ、他のメンバーもソフィアに寄ってくる。


「あたしぃ..... ラナ」


 モジモジと上目遣いでソフィアを見上げているのは弓師の少女だ。

 短い焦げ茶色の髪と黒い瞳。真ん丸な大きな眼がとても可愛らしい。

 

「俺、マグナ。これ相棒」


 言葉少なな彼は大きな体躯で槍を掲げる。とても同い年には見えないガタイの良さだ。


「私はバースと言います。焔属性の魔術師です」


 薄青い髪の少年は、指揮棒のような細い杖を片手に、くいっと眼鏡を上げる。

 眼鏡はなかなかに高価なアイテムだ。貴族ほどでなくとも、裕福な家の子なのだろうとソフィアは思った。


「御丁寧に、ありがとうございます。アタシはソフィアです。よろしく」


 にぱーっと笑うソフィアと、それぞれ頷く子供達。

 可愛らしい交流を微笑ましげにジムサが眺めていると、復活したらしいガックが立ち上がった。


「俺はガックだ、武器は.....」


「知ってる」


 またもや、速攻で突っ込むソフィア。


 あれだけジムサが大声で呼んでいたし、ラビットの討伐も見学していた。聞くまでもないことである。

 ソフィアの突っ込みで言葉を失ったガックを見て、彼の仲間達が、ぶはっと爆笑した。


「だよねーっ」


「.....うん」


「遅」


「タイミングが大事だよ?」


 クスクス笑われ、ガックはカーっと顔を赤らめる。

 ちなみにソフィアは何が何やら分からず、疑問顔。

 それがさらに周りの笑いを誘発した。


「まあ良い。そろそろ陽が高くなってきたから昼を取るぞ? 飯食ったら採取だ」


 はいっと返事をして、チビッ子冒険者達は休憩を取れそうな場所を探す。

 そして森の切れ目に拓けた場所を見つけ、そこで休憩を取る事にした。


 何故かジムサが、ここで良いんだなと念を押している。


 良いと頷くチビッ子達。




「薪を拾ってくる」


「おけ、じゃあ、鍋の準備しておくね」


 そう言いつつ、シャノンはチラリとソフィアに視線を振った。


 あ、お水が欲しいのかな?


 さっと自分の杖を取り出し、魔法を使おうとしたソフィアをジムサが止める。


「コイツは見学のみだ。何かあった時のための救助要員として来てもらったんだ。だから、基本、コイツを頭数には入れない」


 つまり、ソフィアが彼等の手助けをしてはいけないのだとジムサは言う。

 思わぬ言葉に狼狽える子供ら。


「じゃ、お水はどうしたら.....?」


「聞いたはずだぞ? ここで良いのかと」


 あっ、とばかりにシャノンはバース達と顔を見合わせた。

 休憩を取る場所の選択を間違えたのだ。所持品に水がないのなら、川辺か湖など水がある場所を選ばなくてはならない。


「地図が配布されているよな? それに休憩しやすい場所が記されている。お前ら予習してこなかったな?」


 ビギナーの研修に使われるような森だ。隅々まで探索されており、湧水や小川の位置や夜営しやすい場所などが記されていた。

 図星だったのだろう。しゅんっと落ち込むパーティーメンバー。

 そこへ空気を読まず、ガックとマグナが薪や小枝を抱えて戻ってくる。


「お? どうした?」


 ぽかんっと問いかけるガックに、ぼそぼそとシャノンが説明した。

 だが彼は落胆した風も見せず、自分の荷物を探ると細長い革袋を出した。


 途端にジムサの眼が、カッと見開く。


「おお、用意していたか」


「水は冒険の基本だろ? ちゃんと準備してあるさ」


 でなきゃ、ここを休憩場所に選ばないと宣うガック。

 彼が手にしているのは魔法具の水筒。魔力を込めると水が湧く代物だという。

 通常は袋だけなので場所も取らず重くもない。


「.....ガックだけ合格」


 にししっと悪戯げに笑う少年は、ジムサに頭を撫でられて御満悦げだ。


 魔法具..... 携帯用のモノは初めて見たわ。


 クレメンス伯爵家にも多くの魔法具がある。大半は備え付けで、魔石で動かすものだが、中には魔力を充填して使う物もあった。

 

 マジマジと革袋を見つめるソフィアの前で、バースが魔力を流して水を湧かせる。

 ペタンコだった革袋がプクっと膨らみ、周りの子供達が、わっと歓声を上げた。


「すごいわ、これって売っているの?」


 眼を輝かせて尋ねるソフィアだが、ガックは若干遠い眼をして、低く唸るように答えた。


「売ってるけど、とても手が出ない値段さ。金貨百枚はするんだ。これはダンジョンの宝箱から手に入れたモノだよ」


 げっそりと項垂れるガックの話を聞けば、ダンジョンにランダムで現れる宝箱の当たりアイテムが、この革袋だという。


「競争相手が多い中、昼夜問わずに宝箱を探してダンジョンを駆け回ったんだ。.....丸一年かかったよ。二度とやりたくないね」


 領都近くのダンジョン三階層でのみで出るとかで、爛々と眼を輝かせる冒険者らが鎬を削って探して回っているらしい。

 一階から五階まではビギナーでもソロでやれるが、如何せん獲物が弱く大した稼ぎにもならない。

 そんな中、宝箱から出るモノだけを糧として、手に入るかも分からない革袋ゲットを目指すのは、想像を絶する苦労だっただろう。

 一攫千金のチャンスでもあるため、初心者ほどダンジョンにこもって狙うらしい。

 だが、当たりの革袋以外は、ポーションや金属片といった二束三文なアイテムばかり。倒せる獲物も録なお金にならない。

 数十人が取り合う宝箱だ。当たり外れ以前に生計が成り立つはずもなく、ある程度時間を費やして、ようやくその割の悪さを理解するのだそうだ。


 うへえ、と歯茎を見せるパーティーメンバー。


「運がないと何年かかっても出ないしな。ある意味、豪運だぞ? お前」


 苦笑いしつつジムサはガックを慰めた。


「ほんと、後悔だらけだったよ。手に入ったから良いようなものの、もし空ぶったら、冒険者辞めてたかも。俺」


 はああぁぁ~っと大仰に溜め息をつく少年。


 なるほどねぇ。ある意味、ダンジョンの宝箱もクジ引きなのね。


 ふむふむと二人の会話を聞きながら、ふとソフィアは件の革袋を見つめた。


 これも景品になるんじゃない? 欲しがる人は沢山いるのよね? やだ、良いわ、これっ! 


 周りの称賛とは温度差の違う羨望の眼差しをガックに向けるソフィア。

 この革袋を当てたという事は、かなりガックの運は良い。一緒に冒険者をやれば、結構な当たりを引いてくれそうだ。


 ようく考えて動かないとね。むしろ赤字の可能性も高くなる訳だしね。


 焚き火で沸かしたお湯を注ぎ、携帯食糧をふやかして昼食をとる面々の前で、考え込むソフィアは無意識に自分のランチボックスを開けた。

 中心にオカズを御飯で挟んでぎゅっと押しただけのモノ。俗に地球でいう、お握らずだ。

 同じ型を使って量産されたソレは、薄い防水紙に包んでランチボックス一杯に詰め込まれている。

 四角く平たいため、隙間なくギッシリ入れられるのがお握らずの利点だ。三角お握りではこうはいかない。

 さらに、このランチボックスも水の魔石を使った特別製。これこれ、こういう用途でと、先輩魔術師に作ってもらったモノである。

 内側を冷やす、それを維持するなど、多くの要望を取り入れてくれ、満足のいく出来に仕上がった。


 ソフィアが開けたランチボックスの中には十個のお握らず。その一つを取り出して、彼女は美味しそうに口へ運んだ。


 中身は煮込み料理を利用したソボロ。荒く潰された肉や野菜が御飯にすこぶる合う。

 厚さ三センチで十センチ四方のお握らずは結構な量だ。一つ食べただけでソフィアはお腹一杯になった。


 けぷっとお茶を飲んで一息ついたソフィアを不思議そうに見つめる周囲の面々。


 あれはなんだ? 米のようだったが.....


 .....御飯? 良いな。


 美味しそうに食べてたなぁ。どんな味するんだろ。


 .....なんだ、あれ?


 見たことない食べ物だ。何処の料理だろうか。


 マジマジとソフィアをガン見する子供達に苦笑いなジムサ。

 だがそういう彼も、ソフィアの持つランチボックスに興味津々な面持ちである。


 肩下げタイプのベルトがついたランチボックス。


 後日、この噂が広まり、フィーの屋台にランチボックスを筆頭とした雑貨が並ぶようになるのも御愛嬌。


 無事に休憩を済ませ、一行は薬草採取のために森の奥へと進んでいった。


 このあとソフィアが、とんでもをやらかすのも、御約束である。

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