後1コール電話が短ければ、きっと君は俺の手を取ることは無かった

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後1コール電話が短ければ、きっと君は俺の手を取ることは無かった

 10月下旬、学校に通えば肌が冬の到来をヒシヒシと肌で感じ始める金曜の今日。俺は夜20時半、自室で暖房をガンガンに効かせスマホを眺めている。


 普段ならモニターを起動させては、友人とオンラインゲームを楽しむ時間帯。しかし今日は違った。理由は1つ。


 「なんてメッセージ送れば、出雲は返信してくれるんだろうな」


 俺は今日学校を休んだ、ある女子生徒に来週月曜の時間割りと、必要なものを連絡する必要があったのだ。そんなのゲームの合間に出来るなんて言われそうだが、それが出来るなら今苦労はしていない。


 何故そんなにメッセージ1通如きで躊躇って居るのか。それは単に俺が出雲に好意を抱いているからだ。そして、出雲とは学校で少し話しただけで、メッセージのやり取りなんて皆無。


 今から連絡することが初めてになるわけだ。


 せっかく連絡するので、長続きさせて距離を近づけたい。そう思う俺はベッドに背中を付けて早30分。なかなか女々しく、乙女な俺だな。


 出雲と書かれたプロフィール画面をタッチして、文字を打ち込んではこれじゃダメだと全消しする。告白でもあるまいし、さっさと月曜の連絡を済ませろと囁くゲーマーな俺がいる。


 しかしそんな俺に耳を傾けることはなく、ひたすらスマホとのにらめっこは続く。こんな気持ちを味わえるのが恋というやつなのかもしれない。


 21時、流石に連絡を入れなければもう優等生の出雲なら寝る時間に入るだろう。そんな焦りから俺は文字を打ち込む。


 『月曜日の連絡なんだけど――』


 そこまで打ち込むと、焦りや緊張から仰向けにして操作していたスマホが顔面に勢い良く落ちてくる。回避は不可能。


 「痛ってぇ!」


 額に落ちてきたスマホの角が、強烈に痛覚を刺激した。誰もが1度は経験したと言っても過言ではない行為に、無性に腹が立つ。こういう時、どこにこのイライラを解放すればいいのか俺には分からなかった。だからベッドをありったけの力で叩いた。


 2階にある部屋だが、1階には響かないだろう。ベッドは吸音材として緩衝材として活躍してくれるからな。


 その勢いのせいで床にガタンと落ちたスマホを乱暴に取る。


 「クソスマホが……」


 完全に自業自得だ。しかしスマホが悪いことにする。相手が人でないなら別に良いだろう。


 ヒビが入ってないか確認する。と、その時乱暴に持ったことを後悔し、同時に一瞬にして血の気が引いていくのを実感した。


 小指が出雲との電話を勝手に初めていたのだ。


 「うわっ、まじかよ!」


 心臓の鼓動が爆上がりする。そして声も100点満点の驚きとして発せられる。どうすれば良いだろう。そんなことが過ぎっても冷静でない俺には判断しかねる。


 俺はフゥーっと一息。電話を切ることはせず、このまま出雲が出てくれることを願って覚悟を決めていた。第一声は何にするか、話をどう広げるか、そんなことを考える時間は無い。だから、成るように成れ精神で待ち続ける。


 ――しかし出雲は何コールしても声を聞かせてはくれない。別に嫌われてることもなく、どちらかといえば仲がいい方ではあるとそう認識している。だから俺は何か用事があって出ることが出来ないのだとそう思い、赤く染められた呼び出し終了のボタンを押そうと手を伸ばす。


 残念だが、こうなったのも俺の運命。潔く切る。


 電話を終わればきっと楽にメッセージを送れるだろうから結果的に良かった。そう思うことにする。


 「はぁ、なんの時間だったんだよ……」


 ため息と共に無駄なことをしたと悲しむ。


 っと、指が触れる瞬間、閉められた窓に一風の強い風がガタン!と音を立ててぶつかる。


 俺はそれに驚き思わず、「わぁ!」と時間にして1秒にも満たない時間の中で情けない声を発した。その勢いで指は胴体の後ろまで下げられる。


 そして、呼び出し音は消えた。


 『……もしもし』


 しっかりと聞こえた女性の声。どこから発せられたものなのか、俺は落ち着かないながらも瞬時に理解した。スマホからだ。


 いつも聞く、学校で騒がしい時の元気な声。でも細くて通り難そうな華奢な女の子の声でもある。出雲は変わらぬ声色で出てくれた。


 『あっ、もしもし、いきなり電話して悪い、元宮だけど今時間あるか?』


 俺の名字を伝え誰なのか把握させる。着信が来た時名前を見るだろうが、急ぎの用事で急いで出た可能性もある。だから一応名乗る。


 『……元宮くん……少しなら良いよ』


 『そうか、それは助かる』


 少しだけでも声を聞けるのは嬉しい。耳に振動するだけで癒やされるような、そんな気持ちを味わえる。


 『月曜日の時間割りについて何だけど、教科の変更は無い。でも体育が文化祭の準備に変更されるらしいから、体操着は要らないって』


 無言で、相槌も打つことなく俺の声だけが俺の耳に届く。


 『そうなんだ……』


 『覚えててくれ』


 ここで俺の役目は終了した。伝えるべきことは伝えたのだ、これからはどれだけ無駄で他愛もない会話でも出来るかが俺のやりたいことになる。


 そう思っていた。


 突然、俺側ではなく、確実に出雲側から聞こえる風の音。部屋の中でそんな音を出すことは出来ないし、人工ですら不可能な音。ベランダにでも出ているのだろうか。気になった俺は気付けば口を開けていた。


 『なぁ出雲、今ベランダで電話してるのか?』


 何も隠すことなく、率直に気になったことを聞く。たまにそのせいで良くも悪くも良い性格をしていると言われるが。


 『……もう用事がないなら切るよ』


 俺の問いかけに返すことはなく、謎の間を空けて返ってきた言葉は俺と電話をしたくないからなのかと思い込むには十分だった。


 当然のように落ち込む……かと思っていたが、俺はそんなことはないと勝手に思い込んでいた。何故なら、返ってきた言葉があまりにも普段の出雲からは掛け離れた声に俺は違和感を覚えていたから。


 どこか悲しく、何かを求めるような、形容し難い負の感情が見えている気がした。そう、気がしただけで実際は何も分かってない。でも、それでも俺は自分が感じた直感を信じていた。


 『終わる前にこれだけ聞かせてくれ、今何か悩み事があるのか?』


 これで出雲の声色に違和感を覚えなければ素直に傷ついて電話を終了する。そう覚悟を決め直す。


 『何でそんなことを聞くの?』


 『出雲の声が出雲じゃない声に聞こえたから。ただそれだけだ』


 正直だ。嘘なんて無い。むしろここで嘘を付く人間は居ない。そう言い切れるほど俺は真剣に出雲の声を聞き分けていた。そして出た答え、それが続行だ。


 『……元宮くん、今から学校の校門まで来て』


 『学校?……なんでこんな時間に……』


 『来ないなら別にそれでいいけど』


 『いや、行くよ』


 21時を過ぎている今、外に出るなら確実に厚着をして行かなければならない。が、別にそんなことはどうでも良かった。どうせ着替えるだけなんだし、それだけで出雲と会えるのなら気にするほどのことでも無い。


 しかし、変だとは思っている。こんな時間にわざわざ学校にまで呼んで何を話そうって言うんだ。愛の告白でも、転校する前日でもないのに。


 そんな不思議な気持ちと、ドキドキを胸に俺は家を駆け出た。


 ――「早かったね」


 「寒いと無性に走って暖まりたくなるからな」


 学校に着くとすぐ出雲と分かるシルエットが街灯によって照らされていた。こうして初めて私服の出雲を見たが、可愛いの1言、これに限る。


 160cm手前の身長に、艶のある茶髪。後頭部でしっかりと整えられたポニーテールが俺の心臓の鼓動を早くした。


 「それで、出雲はなんで俺をここに?」


 10月の夜は結構冷える。お互い薄着ではないものの、本題を話して早く帰る方が良いだろう。俺は寒さに耐えれるから何時間でも良いがな。


 「話すから、こっち来て座って?」


 「ああ、分かった」


 街灯のすぐ横、しかし灯りにはほとんど照らされない。だが、明る過ぎず、暗過ぎずの塩梅の良いベンチに腰を下ろす。出雲との距離は肩が触れ合うほど近い。


 もっと余裕はあるのにな。


 そして出雲は電話で聞いた声より細く弱ったような声ではなく、いつも通り陽キャで人気のある出雲として声を発して話し始めた。


 「元宮くんは【生きる】ってことはどんなことだと思う?」


 「……【生きる】こと?」


 「うん。君の、君なりの答えを教えてほしい」


 簡単そうで難しい問いかけをされる。


 「俺なりか……んー、生きるってことは幸せに生涯を終えることじゃないか?」


 ありふれた答えだが、結局はそんなところだろう。本能的に死ぬことは避ける人間という生き物が、なんでそうするの?と聞かれて、死にたくないからだろ、と答えるようなものだ。


 答えがあるのは自分の価値観の中だけ。他の人からすれば同じ考えがあっても否定的で、より豊かな価値観を持つ人だっている。結局は俺自身の答えを問われたんだからこれが正解だろう。


 「そう。いい考えを持ってるんだね」


 「どーも」


 内ももに挟んだ両手を、空へと伸ばしベンチに体を委ねる。そして今度は出雲の【生きる】を話し始める。


 「私はね、【生きる】ってことには意味を持っていないんだ」


 「……え?」


 どんなことを言うかと思えば、俺の【生きる】を全て否定するかのように低いトーンのまま意味はないと言った。


 薄く照らされる顔は、どこか満足気で、でも負の感情は消えていなかった。一体何を抱えているんだろう。この女の子は。


 「私思うんだ。勉強をするのは仕事をするため、仕事をするのはお金を稼ぐため、お金を稼ぐのは生きるためって。でも、私は昔からそこまでして生きたいとは思えなかったの。勉強をしていても幸せじゃないし、親が仕事から帰って来るのを見ても幸せそうじゃない。お金を稼げるわけでもないし、これから幸せになろうとも思わない。もちろん学校生活からも幸せを感じない。そして、そんなことを思って学校に通い続けたら、いつの間にか【死にたい】じゃなくて【生きるって何?】と思って意味を求めるようになったんだ」


 しっかりと一言一句聞き漏らさず耳と記憶に入れる。


 どれも俺は共感出来て、だけど共感出来なかった。いや、したくなかった。


 学校でしか見ない出雲だが、今言われて思い返せば愛想笑いを何度も尽かしていたのを思い出す。第三者視点なら、よりそれがはっきりと形を持った愛想笑いだと理解しやすかった。


 そして、生きることに意味を求めないこと。出雲のように幸せを感じない人からすれば、人生に意味を求めなくなるのもそうだ。


 出雲は変わった考え方をする、変わった価値観を持った人。しかし、間違えたことを言ってるんじゃない。だから俺は否定しない。もちろん肯定もしない。ただ、思ったことを伝えたいように伝える。それが俺の今の役目。


 「だから、今日ここで人生を終わらせてみようかなって、そう思って学校の屋上に来たの。だけど、タイミング良く君から電話が掛かってきて、出るか迷ったけどしつこくて、そう考えてた頃にはもう終わらせようとは思わなくなってたんだ」


 自殺をしようとしたとこを俺が止めた。そう言う出雲は落ち着きを持ち、どこか儚い望みが消えたかのように空をぼーっと眺める。


 「でも終わらせたいとは思わなくなっても、結局は覚悟が無かっただけ。今も生きる意味を持たない私は【生きる】ことに迷わされてるんだよね」


 はぁぁ、とため息を零す。


 「俺はそんな出雲でも、生きてて欲しいとは思うけどな」


 「……?」


 突然の俺の発言に俺を見て首を傾げる出雲。可愛くて、独特な思考を持つ女の子とは思えない。不思議感の強い女の子と言うのが正解かもな。


 「出雲は自分で生きる意味を探したけど見つけれなかった。だから生きることを今日諦めようとしたんだろ?」


 「うん」


 「それは出雲が思う、出雲の生きる意味が分からなかったってことだと俺は思う。だけど、俺は違うぞ。俺は出雲に生きてて欲しいと心の底から思ってる」


 「……なんで?私は君にそう思われる理由がないよ」


 「それは――俺が出雲のことが好きだから。友達とかじゃなくて異性としてな。愛想笑いでも笑う出雲が可愛くて好きだし、優しく接してくれるとこが好きだ。だから生きる意味が見出だせなくても、生きてて欲しいと思う」


 「…………」


 突然のカミングアウトに流石の出雲も丸くて大きい、クリッとした瞳をさらに大きくして俺を見つめる。恥ずかしいが、そんなことよりも今は出雲に俺の気持ちをひたすら伝えることが何よりも重要だとそう思っていた。


 「……付き合えとか、そういうことを言ってるんじゃ無いからな?ただ、出雲は自分以外には良く思われてるし、誰かの心の支えにもなってるってことを知ってほしかっただけだ」


 慌ててフォローをするも、出雲の顔は――何かに気付けた顔、正確には変化があった。


 笑顔を作っていたのだ。


 「つまりは、そんなに思い詰めなくても良いんじゃないかってことだ。確かに幸せが無かったら生きるのを諦めようとするかもしれないけど、その時に多方面から自分を見て見るのも1つの生きる意味を見つける案だからな」


 今度は俺が長く喋っていた。それも出雲の顔を見て。ほんのちょっと赤く染められたように見える頬は、寒さによるものだろう。


 それか街灯の当たり具合による見間違い。


 「……そうかもしれないね」


 だんだんと声色が戻る。変化の証拠だ。


 「どうだ?少しは生きてくれる気持ちになったか?」


 「うん。生きる理由を今、見つけた気がする」


 「それは良かった。なら――」


 「私は君と付き合う。それが私の生きる意味だから」


 遮られる俺の言葉は、もう出て来そうにないほどインパクトのある言葉を耳にした。出雲が俺と付き合う、そう言ったのだ。


 「なんでそんな話が飛ぶんだよ……」


 「いいじゃん。君が私を好きで居てくれるように、私も生きる意味を求めて君と付き合うんだから。それに――私は君を絶対に好きになるよ。君といるとドキドキし始めた、それが証拠」


 「なっ!……」


 次から次に正直に今の思いを伝えてくる。嘘ではないと分かるのは俺の思い込みから。きっと俺は赤い。染められているからな。


 だけど付き合えるなら、出雲の生きる意味に俺がなれるならそれで良いと思う。


 「良いのか?俺と付き合っても」


 「うん、君じゃないとダメな気がする。好きになっても良い?」


 聞いたことのない、前例のない聞かれ方。でも出雲らしいと思える。不思議感の強い女の子として今目の前に新しい出雲がいる。


 「もちろん、俺からもお願いしたいぐらいだ」


 「ふふっ、ありがとう」


 愛想笑いではない、本当の笑顔。声付きで、俺の胸には刺激がちょっとばかり強かったな。


 「それじゃ、そろそろ体も冷えきるだろうから帰ろうか」


 「うん、そうだね」


 時間なんて何時でもいい。止まってくれてるならそれも良し。だが、現実にいる限り家に戻り睡眠を取らなければならない。嫌でも帰る必要がある。


 「せっかくだから送るよ。それで、その間何か話そう」


 「良いの?」


 「女の子を1人で帰らせるわけにはいかないしな」


 「ありがとう。じゃ手も握ってくれる?」


 「もちろん」


 内心ドキドキでどうにかなりそうだった。いきなり女子、それも好きな人と手を繋ぐなんてハードルが高すぎた。


 握ると細くて柔らかい感触が伝わる。


 この時はもう出雲から寂しさや悲しみといった負の感情は全く感じられなかった。逆に暖かく、ホッコリする気持ちだけが表に出ていた。きっと出雲が付き合うとか言うからだ。


 俺のことが好きでなくても付き合う。出雲が俺を出雲の生きる意味として側に置いてくれるならそれで今は十分だ。


 夜空に輝く星々は夏のように多く、数を数えれてキレイだ。流れることは無くとも、願いを叶えれそうな、そんな神秘的な景色だった。


 ――それから自室に戻った俺は、スマホをしっかり充電器に挿す。そして1言。


 「俺にも生きる意味を――ありがとう」

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