摩天楼ヲ駆ケル

信虎

第壱話 始まりは風と共に

 日焼けした体格の良い男がつぶやく。


「なんでこんな安請け合いしちまったんだ、俺ともあろうものが」


「アニキはお人好しだからなぁ、安くて大変な仕事を拾うことなんか馬鹿みたいに転がり込んでくる。ま、それを受けてるのが全ての原因だけどな」


 金髪で頼りなさそうな体格の男が呆れた顔つきで返答する。すると、体格の良い男は自らのやや長めの黒髪をくしゃくしゃしながら不満そうな表情をしていた。白いタンクトップと明細柄ズボンという休憩中の軍人のようなラフな格好で、ポケットに手を突っ込んで鋭い目つきでこの暗い路地を歩いている。


「でも、今回の仕事もここらのチンピラとっちめるだけだし、アニキだったら楽勝だろ」


 一方で、金髪の男は白いTシャツの上に黒いパーカーを羽織り、黄色いヘアバンドで髪を後ろに止めている。少し年季の入った青いジーンズを履いていて、年相応の格好をしていると言える。


「準備運動にはもってこいぐらいの相手だしな。パパッと終わらせて祝杯と行こうぜミケ」


「オレが心配してるのは、虎千代のアニキがそこら辺の物を一緒にぶっ壊さないかだよ」


「そりゃ。ま、まあ、なんとか気をつける」


 虎千代(とらちよ)と呼ばれる男は歯切れ悪くミケという青年に返答した。お互いに仕事前の雑談を楽しんみながら暗い路地を歩く。しばらくすると金網の扉と一枚の貼り紙が視界に入った。その奥は明らかに今まで歩いていた道とは違った雰囲気を醸し出している。先程までごく僅かながら人とすれ違っていたが、この扉の周辺には人の気配はない。少なくともまともな人間が足を踏み入れる場所ではないと訴えている。


「ミケ。ここであってるか?あいつらの根城の位置」


「おうよ。この先にうじゃうじゃと屯してる。オレのガジェットが反応してる。数は、40人くらいかな?」


 ミケがガジェットと呼んでいるのは自作の機械端末。機械いじりが得意な彼が腕っぷしの立つ虎千代をサポートする為にいくつか所持している。彼が今確認したのはレーダーの役割を果たしているガジェット。薄く液晶の画面とスイッチが横に1つのシンプルな構造だ。


「んじゃ、さっさとやっちまうか。扉開けたら曲がり角のすぐ横にいるやつから順番に片付けて…」


 いつもやっている手順通りに仕事を始めようする虎千代だったが、扉に手をかけようとした時にミケに静止させられた。


「待ってくれアニキ。なんか変だ」


「変って、なにがだよ」


 ミケは少し慌てた様子でガジェットに写っている状況を説明する。


「この2つの点がオレたちで、ちょっと右上からある複数の赤い点があいつらなんだけど」


「それは俺でもわかるぞ」


「なんかもう1色別の点があるんだよ。しかもここからかなり高い場所に」


 それは赤い点がちらほらとある場所のちょうど真ん中近く。点が小さいほど高い場所にいることが表示されるこのガジェットだか、目をしっかりと凝らさないと見えないほど小さい点が1つあった。


 「てか、ちっせぇなこの点。マジで高いところにいやがる。ん、なんかどんどんデカくなってね?」


「マジか!?この高さから落ちたらそれこそアニキぐらいじゃないと死ぬぞ!?」


「ミケ!行くぞ!こいつがあぶねぇ!!」


 そう言い切る前に虎千代は金網の扉を発泡スチロールを壊すかの如く突っ込んで行った。当然曲がり角にいた見張りらしきチンピラはギャグ漫画の様な飛ばされ方をしていた。


「やめろアニキ!今から行っても間に合わない!!」


 ミケも一呼吸遅れて走り出す。虎千代が空き地を根城にしているチンピラを次々と薙ぎ倒し、落下地点と思われる場所に急行する。ミケも虎千代が作った道を必死に走り抜ける。しかし、急落下するその人影を助けるにはどうしても不可能だった。やがて、人影は地面へと近づき、地面から10メートルほどの高さで着地姿勢をとり、鮮やかに、その2本の脚で着地した。


「ア、アニキ。あいつあの高さから、落ちてたんだぞ。ほんとに、すごい速さで、なのに落ちる前にすごい減速して」


「なんだよあのお嬢ちゃん。空を蹴りやがった?」


「く、空を蹴るって、どう言うことだよ?」


「俺には見えてたんだ。なんもねえ場所にまるで地面があるみてえに。まるでスキップでもするんじゃねっかって感じでよ」


 チンピラたちに囲まれる場所に降り立ったのは黒髪の少女。首の丈ほどの短め黒髪と、黒いセーラー服、丈のやたらと短い黒色のスカート、黒いタイツが少女を暗闇に溶け込ませている。空き地に付けられた照明がまるで彼女だけを照らすかのように集まる。まぶたを開き、その黄色い瞳を周辺の枠役どもへと向ける。


「ホントに、くだらないことをする為にここまで集まる馬鹿野郎どもがこんなにいるなんてね。世も末ね」


 蔑む視線は周りのチンピラたちが怒り心頭するには充分過ぎた。


「悪がここでちょっとボコらせてもらうぜ、その後に玩具にして遊んでやる。売っとばすのはその後だクソ女」


 集まっているチンピラを仕切っているらしき男がそう言うと囲んでいた有象無象が少女1人目掛けて走り出した。


「あぶねえ嬢ちゃん!クソッ、どきやがれ雑魚どもが!!」


「クソ!アニキが足止めされてる。仕方ないな。ここはこのガジェットで…」


 2人が険しい顔色で状況を打破するため奮闘しようとした時だった。


「あ、おかまいなく。こんなの掃除より楽だし」


 そう少女はあしらうと、1番はじめに突っ込んできたチンピラに一蹴りあびせた。美しく、鮮やかで、強烈な一撃だった。食らったチンピラはあっという間に空き地の端に吹っ飛ばされていた。


「えぇぇ…」「えぇぇ…」


 男2人はその衝撃に声をそろえてドン引きした。


「タ、タイマン張れって訳じゃねぇんだ!まとめてかかりやがれ…って、お前ら?」


「わりい、お前が嬢ちゃんに気を取られてる間に俺たちがお前のお仲間片づけちまった」


 虎千代が伸びたチンピラたちを積み上げ、その上にあぐらをかいて言った。


「この程度なら前作ったガジェットで余裕だったなー。焦って新作出しちまった。勿体ねぇ勿体ねぇ」


 ミケの周辺にも、麻痺状態でチンピラたちが倒れていた。


 「あとアンタだけだけど、どうする?アタシに蹴り飛ばされるか、この人たちにボコられるかどっちにすんの?」


 少女はチンピラの頭らしき男に問いかける。どちらもハズレの問題を。


「チッ!こうなったら。取引に使うつもりだったが…」


 そう言うと、チンピラは胸の内ポケットに手を伸ばした。


「なっ、そのアンプルはまずい!!馬鹿な真似すんじゃねえ!!ミケ!あの野郎を撃て!」


「あっ」


「どうしたミケ!早くあの野郎を…」


 ミケが見た景色は虎千代は見ることは出来なかったが、振り返った彼が見たのは横たわるチンピラとその横で佇む少女だった。


「ミケ…一体あのお嬢ちゃんは何した」


「良いソバットだったよアニキ。あんまりに早くて正確でしっかり腹に入ってた」


「あのお嬢ちゃんがやったのか?」


「黒、じゃなかった、そうだよアニキ。あの子一体なんだ。十二闘士以外であんな脚技を身につけてるなんて」


「ミケ、見たな」


「見えたよアニキ」


「謝っとけ」


「なんで?」


「彼女はもうお前の後ろにいるからだ」


 ミケはそれを言われて振り返ろうと思ったが、その意志を押し殺し口を開いた。


「本当にすまなかったとは思う。君は多分動きが早いから捉えられないからそんな丈の短いスカートを履いているんだと思うけど、オレは生まれつき目が良くって、ああでもそういう物ばかり見てきたんじゃなくって、見たくないものも、見ちゃいけない物も見えてたんだ。」


「それで?」


「なにもするなとは言わない、命だけは助けてくれとは言わせてくれ。あと、股間を蹴り上げるのだけは勘弁してください、まだ若いんですお願いします。」


「りょ」


 その一言に嘘偽りは無く。彼女はそれはそれは鋭いヤクザキックをミケの腹部にぶちかましたのでした。まもなくミケは空き地の隅へと声を上げる前に飛ばさされていた。


「まあ、その、なんだ。身内が失礼しちまったみたいだな。俺も謝るから今回はさっきの一発で許してやってくれ、頼む!」


「あの変態心配じゃないの?」


「あんな身なりでも結構打たれ強いやつなんだ。あと変態じゃなくって、ミケだ。俺は虎千代だ。あんたに間接的に仕事手伝ってもらったからお礼がしたい。名前を教えてくれ」


「アタシは、麟(りん)」


「おう、リンか、ありがとな。この後依頼人にこのアンプル渡したら報酬金で一杯やるから奢らせてくれよ」


「わかった」


 返答を聞くと虎千代はへへっと笑い、壁にめり込んだミケを肩に担ぐと空き地を自己処理にきた治安維持団体に任せて、空き地を後にした。


「そういや、麟は12氏族なのか?」


「なにそれ?」


「子、丑、寅、卯、辰、巳、馬、羊、申、酉、戌、亥の十二支氏にをなぞる一族の血縁者のことだけど。この街にいるやつらなら結構常識。お前さん外から来たのか?」


「そう。外から来た。あと血縁者とかの関係が全然知らないから、もしかしたらそうかもしれない」


 虎千代は、嘘はつかれてはいないと感じると、これ以上は野暮だと思い話題を変えた。


 「しっかし、外から来るなんて大変だったろ?摩天楼から離れた場所はまだ開拓進んでなかって結構荒地だったり、治安がここより悪いとかいう話を聞いたからよ」


「あんまり変わんないかも。アタシのいた町もこんなやつらはごろごろしてた。ただ、そいつらが町の頭だったりして最低な場所だったよ」


 2人が話し込んでいると、ミケが意識を取り戻し、虎千代はミケをゆっくりと降ろした。


「あいたた。アニキ悪いな担いでもらって。リンもさっきは不慮の事故とは言え悪いことをしたな。改めて謝るよ」


 ミケは降ろされた後、腹部を抱えながらも自力で起立し、麟に謝罪した。


「こっちも、ちょっとやり過ぎた。ごめん」


「ガハハ。ミケよぉ、もっと早めに謝ってたら一発貰わなかったかもしれねえな!」


 虎千代は大笑いしながらミケを茶化した。ミケは苦笑いしながらも申し訳なさそうにムスっとした麟と顔を合わせていた。


「まあまあ、さっき治安維持部隊にアンプル渡して、報酬も貰ったし。今晩は焼き肉だ、焼き肉、丑角行くぞ!」


「ウシカク?」


「焼き肉屋の名前だよ。懐に余裕ができた時は割と行くんだよ。久しぶりに2時間食べ放題コース行こうぜアニキ」


 虎千代とミケは久しぶりのご馳走にわくわくしながら歩いていた。麟もその様子を見て少し微笑んだ。しかし、それでも少し不満げな表情ではあった。


「なあ、リン許してくれよぉ。ミケは確かに目が良いからこういう事故も起こるけどわざとじゃねぇんだよ。進んで人の嫌がることをする様なやつじゃねぇんだ」


「ア、アニキ。その話題はやめにしよう。麟も思い出したくないだろうから!?」


「いやぁ、でもスカートとか履いてたらそういう事故とか起こるじゃねぇかよ。タイツも履いてねえし、ましてそんな丈短かったらさぁ…あ、さては今日はちょっと攻めたやつ履いてたとか?」


「っ!?」


「アニキ…デリカシーなさすぎ」


 麟は頬を赤らめながら反射的に虎千代を思いっきり蹴り飛ばした。


「あ!ご、ごめん!思いっきり蹴っちやった!怪我とかしてない?骨は!?」


 麟は目を閉じながら虎千代を蹴飛ばした為、その後がかなり凄惨なものとなっていると察知し我に帰り虎千代を気遣った。しかし、思いっきり蹴り飛ばしたはずの虎千代足並みを揃えて歩いていた位置からさほど動いてはいなかった。


「いやぁ悪い!悪い!みんなからデリカシーが無いとか、コンプライアンスを守れとかよく言われるんだ」


 麟は少し青ざめていた、今まで蹴り飛ばしていた人間たちは骨が折れたりするのは当たり前で、かなり加減したつもりでも怪我させることがあったからだ。


「アニキなら大丈夫だよ。なんたって12氏族者だからね」


「さっき言ってた。凄い人たちの1人ってこと?」


「まあ、出来損ないみたいなモンだけどな!体の丈夫さには自信がある。それはさておき、もうすぐメインストリートだぞ」


 虎千代がそう言うと、入り組んだ路地の出口が見えている。明らかに今までいた路地より明るく、人もたくさんいた。


「ここが、摩天楼?」


「いや、もうお前は摩天楼の中。そういや、リンっていつ外からここに来たんだ?オレとアニキは生まれも育ちも摩天楼だけど」


「昨日」


「うっへ、マジかよ。家は?」


「無い。昨日は野宿した。服もこれしか持ってない」


 虎千代とミケは豆鉄砲を喰らった。摩天楼でホームレスの少女を拾ってしまったことの重大さを今理解した。摩天楼では、12氏族とそれ以外の人間たちの管理が厳しく、分割統治エリアに入る為にはパスポートが必要なのだ。さらにパスポートだけでなく、他国を行き来するかのような手続きを行わねばならない。


「ま、まあ、中立エリアは規制もねえし、明日になったら考えようぜ。今日はとにかく丑角で焼き肉パーティだ」


「アニキは呑気だなぁ。ま、とりあえずなんだけどよ」


 虎千代とミケは顔を合わせてお互いにクスリと笑うと、麟の方を向いた。


「な、なに?」


「いいや。これも何かの縁だ、大事にしねぇとなって2人で思ったのさ。」


「今ので考えが共有できてるの?」


「おうよ。俺とミケは2人で1人なのさ」


「よくわからない例え」 


(呆れた感じの返答したけど、虎千代もミケもお互いを信頼してる)


「お、あれだよあれ、丑角だ」


「今日は疲れたから2時間コースしようアニキ〜」


「当たり前だろ。今日はパーっと行くぞ!」


 2人は目当ての店が見えると足取りが軽くなり、虎千代は先に座席を取りに走り出した。麟もクスリと微笑むと、2人を追いかけて夜の晩餐を楽しむのであった。


 この世界の運命を動かす風はまだ、摩天楼に吹き始めたばかりだ。

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