Ep3.レーダー、商隊の護衛をする(全2話)
1.レーダー、仕事を請けて欲を出す
「うーん、手持ちがこころもとないな」
レーダーとケルムがいつものように酒場で呑んでいると、机に袋から出したミール硬貨を数えている若い女冒険者がそんなことを呟いていた。
聞きつけたレーダーがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら席を立ち、両腰の剣を揺らして彼女の元へ向かった。
「どうしたサリス、金がねえのか」
声をかけられたサリスの方は、たいしてレーダーに興味なさそうな様子でこたえた。
「無いわけじゃないんだけどね。月末の競馬を楽しむのに充分な軍資金には足りない感じなんだよね」
言いながら彼女がシルバーグレイの髪をかきあげるために身を起こすと、机に載せていた胸が揺れた。レーダーの視線はそれに釘付けだ。
「なんだお前、またしょうもないギャンブルで散財するつもりか」
「うるさいな。今度は勝つよ。それに、商売女に金つぎ込むアンタよりはマシさね」
どっちもどっちだなどとケルムは思ったが、口には出さないでおく。この手の言い合いに口を挟んでロクな結果になったことがない。
「金払って女に気持ちよくしてもらってるんだ。しょうもなくはないぞ」
「ならアタシだって気持ちよく賭けてるんだからいいだろ」
ううむ、とレーダーは唸ってしまった。
お前がサリスに口で勝てるわけないんだからおとなしく呑んでればいいのに、と思いながらケルムは炒り豆を口に放り込む。ガリガリと小気味いい歯ごたえが楽しい。
「気持ちよく、か」
言い負かされてこっちに帰ってこようとしたレーダーが噛みしめるように呟く。
なんだかロクでもない事を考えている感じの表情だ。
「そうだ、いいこと思いついたぞ」
言いながらマントを翻してサリスのところに意気揚々と戻っていった。
「なあ、いくら欲しいんだ?
俺を気持ちよくしてくれるなら言い値で払ってやるぜ」
なんと売春を持ちかけた。これには流石にケルムもツッコミを入れた。
「おいおいレーダー、お前こないだプロがいいとか言ってなかったか」
「バカめ。そりゃ、そのへんの娘と比べたらの話だ。サリスみたいな上玉なら技術はともかくヤってみたいのは男なら当然だ」
レーダーは机を叩いてケルムに反論するが、当のサリスは冷ややかな目をレーダーに向けた。
「上玉って褒めてるつもりなんだろうけどね、そういう下世話な話は本人がいない所でしたほうがいいよ。あんまり気分よくないから」
そりゃそうだ。流石にケルムのようなゴブリンでもそれくらいのデリカシーぐらいは知っている。
「へぇ、そうなのか。で、いくらでヤる?」
だが、レーダーは無神経で常識がないので先程の話を続ける。
「……五千ミール出すならいいよ」
「ゲェッ!?」
レーダーが変な声をあげた。ケルムも吹っかけたなァ、なんて思ったがそもそもレーダーの与太話を相手にするほうがおかしい。
で、サリスは手のひらをレーダーの方に出して言った。
「ホラ、言い値で払うんだろ。先払いだよ。出しな」
「う、うぅむむむ……」
レーダーはうなりながら懐を漁って金を探す。普段遣いの銭袋に、鎧裏の予備、靴の中の予備の予備まで出して、
「全部で四千六百。負からんか?」
なんて値切ってみる。
「言い値って言ったじゃないか。それとも何かい?
竜殺しのレーダーってのは吐いたツバ飲み込むような男だったのかい?」
二つ名まで出してサリスが煽ると、彼は歯噛みして悔しがっていた。
「ハハハ、カッコわりー」
ケルムはといえば、酒を飲みながら上機嫌にレーダーを指差して笑っている。
「黙ってろ!」
怒鳴りながらレーダーが投げた空の木製のコップをキャッチしたケルムは、更に追い打ちをかける。
「俺に凄んでる暇があったら、かいた恥どうにかしろよ」
こうすればレーダーに金をせびられることもない。
流石のレーダーも、自分をあざ笑った奴から金を借りるなどという恥知らずなことはしないはずだ。
多分。
やっておいてナンだが、ケルムは少し自信がなかった。
だから彼はレーダーの興味が別の方向に向くように仕向けた。
「諦めて仕事でも請けろよ。四百くらいなら軽く稼げるだろ」
「くそっ、しょうがねえな」
ぼやきながらレーダーはギルドの受付に向かって、
「簡単で大金……いや、四百ミールでいい。すぐに稼げる仕事をくれ」
いつもどおり無茶苦茶な仕事の条件を出そうとしたが、思い直して最低条件を示した。
「えっ、普通の仕事か」
受付の男はレーダーがマトモな事を言いだしたせいでびっくりしてしまった様子で答えた。
「うーん、マクナニルの山奥で報告された異界門の兆候の状況調査」
「月末の競馬までに金がいるんだ。調査だけじゃ前金が出ないだろ。どっか開いてる門はないのか」
「バスラウンの北に出てるが、今頃突入してるところだろうな」
「クソッ、道理で出払ってる訳だ。他は?」
凄むように尋ねられてしまった受付は悩んだあと、さきほどまで受付に居たパーティーに声をかけた。
「なあヘクト、さっきの人手の話、レーダーじゃダメか?」
「え、レーダー?」
呼びかけられたリーダーらしき人物が振り向いた。
根のようにゴワゴワとした毛に覆われた顔に樹皮のような首の肌。いや、ような、ではない。毛に見えるのは根だし、肌は樹皮そのものだ。
植物種族、ドライアドだ。
「レーダーかぁ~~」
彼も悩みながら仲間の方を向く。他のメンバーはドライアドがもう一人とゴブリンの神官、魔術師らしき人間の男の三人らしいが、みんな嫌そうな顔をしている。
「何が気に入らねえんだ。俺が入ればお前等なんか居なくても護衛くらい簡単に出来るぞ」
レーダーの言葉にヘクトはやれやれといった様子で方をすくめた。
「ハハハ、嫌われてるなァ」
席を立ったケルムが受付に向かいながらレーダーを嘲笑う。
「日頃の行いが悪いからだぜ。俺みたいに品行方正なら何の躊躇もなく受け入れてくれるぜ。なあ?」
言いながら受付をしようとすると、ヘクトが気まずそうに呟いた。
「ケルム、なぁ」
そして、彼に続いてゴブリンの女神官もこぼした言葉にケルムも固まってしまった。
「レーダーとあんまり変わらない……」
「んなッ」
ギルドで品性下劣な者の筆頭に挙げられる男と同じように思われていることにショックをうけている様子だった。
当然、今度はレーダーが笑い出す。
「ざまあねえや。人のこと言えねえじゃねえか」
「いや、これはお前とツルんでるせいだ。俺だけの問題じゃない」
ケルムは責任を転嫁して自分は嫌われていないと主張するが、無理に見ようとした幻想を打ち破る正論が聞こえてきた。
「いくらレーダーやケルムが厄介だからって、有能は有能だし、あんたら人手が足りないんだろ?」
受付の男だ。
「そうは言うが、ケルムはともかくレーダーが俺の指示を聞くとは思えないぞ」
振り返ったヘクトが男に反論し、その言われようにレーダーはニヤニヤ笑ったケルムに小突かれた。
「言われてるぞ」
「確かにあいつの言うことを聞きたくはない」
「君はその傲慢さ故に嫌われているんだぞ」
それでも憎まれ口を叩くレーダーに男が苦言を呈するが、そのあまりに直球すぎる言葉にレーダーは鼻を鳴らすしかなかった。
「フン」
「とはいえヘクト、君達では手が足りないから追加で募集しているんだろ?」
「まあな」
「だが、今日はみんな出払っている。門を閉じるのだから数日は居ないだろう。となると、選り好みはできないだろう。この仕事の一番の目的は依頼主を無事に送り届けることだ。人数不足で商品を毀損したとなれば、報酬だけじゃなく、僕らギルドの名誉も失われるんだぞ」
「そりゃ、そうだけどな」
並べ立てられる正論にヘクトは不服ともなんとも言えない表情を浮かべていた。
その煮え切らない様子に腹を立てたのか、レーダーはまた受付に恫喝を始める。
「他に無いのか?」
「行方不明の女性の捜索が数件。手付金なし、見つけたら五百から」
「確実に金が入る奴じゃないとダメだ」
「じゃあ無いよ」
「クソッ、しょうがねぇな。
今回だけだぞ。今回だけ、テメーの指示に従ってやる」
レーダーが毒づきながら妥協するが、そう言いながらヘクトを指差すのだから本当に従うつもりがあるのか疑わしい。
「うむむ、仕方ない。するなと言われたことは絶対にするなよ」
「おい、なんでそんな言い方するんだ。やれと言ったこと以外するな、じゃなくて」
「そんな言い方したらあいつ等、ヘソ曲げてやるべきことをやらないに決まってる」
仲間のドライアドに責められたヘクトの言葉に、レーダーが文句を言う。
「おう、ご挨拶じゃねえか。手前、なんて名前だ」
「おいおい、ヘクトとオムンのドライアド剣士二枚看板だぞ。知らねえなんてモグリか?」
「なら龍殺しのレーダーはモグリってか?」
「だいたいお前等いつも同じメンバーでツルんでるからチーム組んでない俺みたいなのはたいして知らねえんだよ」
しょうもない煽りにノせられて凄む対象を変えたレーダーを遮ってケルムが答えた。
流石に自分が関わっている状態で刃傷沙汰を起こされるわけにはいかない。
「まあ確かに、君たちはいつもチームで居るな。そういう意味ではケルムの方が色々な相手と関わりがあるだろう。
流石に俺たちの名前はわかるよな?」
ヘクトと一緒に居た別の人間が尋ねると、ケルムが楽しげに答えた。まるで”俺はレーダーとは違うぞ”と言わんばかりに。
「そこのゴブリンはテレベ。お前はアシンだったか」
二人が満足げに頷くのを確認すると、ケルムはレーダーにニヤリと笑いかけた。
「さて、自己紹介もすんだところだし、仕事の話をしようじゃないか。
僕たちの仕事は、ある商隊をツァリトルまで護衛することだ」
任務の概要を話し始めたヘクトに、ケルムが尋ねる。
「ルートは?」
「ミャスラフから南西に直進する」
「ミャスラフとツァリトルの間は獣が出るな」
「北上して街道を通ったほうが安全だが、客は時間が無いらしい。だから金を惜しまず人手を集めてる」
「フゥン。で、金の話は?」
レーダーが聞きたいのはそれだけだ。
「前金はない。ツァリトルまでの護衛で八百ミールで、水と食事は支給。到着後はしばらく向こうに留まってから別の街へ行くそうなので、我々は現地解散だ」
「ま、妥当なところか」
ケルムはそれで納得するが、レーダーは更に質問する。
「ボーナスとかは無いのか?」
「これがありがたい話でな。有る」
誰かの口笛。嬉しそうだ。誰だってボーナスを貰えれば嬉しい。
「盗賊が襲撃するかもしれんからな。もし襲ってきたら首一つにつき二百だそうだ」
「そりゃありがたい話で」
ニンマリと笑うレーダーの顔に、ケルムは胡散臭いものを感じた。
「出発は明日の早朝だ。食事は向こう持ちだから、武器の準備だけは万全にしておいてくれ」
ヘクトの言葉で解散になったのだが、他の連中がねぐらに向かうのにレーダーはなぜか城門に向かっていた。
「おい、どこ行くんだよ」
追いかけてきたケルムにレーダーが答える。
「外だ。街の外」
「もう夕方じゃねえか。いま出たら戻れなくなるぞ」
「なら着いてこなきゃいいだろ。俺一人で行く」
「そうはいくか。こないだの女騎士にお前を見張れって言われてるんだ」
「クソッ、信用がねえ」
「あるわけねえだろ。で、何しに行くんだ」
「盗賊に商隊を襲わせる。そうすりゃボーナスがいただけるって寸法よ」
そう言って城門を出たレーダーは北の街道で盗賊を探しはじめた。
帝国を構成するバーロア公領などの諸領邦は、基本的に各地に点在する都市や荘園から成り立っており、領主の統制はそれらの点を中心として周縁に行くにつれて弱まる傾向にあった。
そのため、点と点を繋ぐ線の部分、つまり街道には警備の脆弱な部分が生まれてしまい通行する者を狙う追い剥ぎなどが後を絶たない。
特に、バーロア公の居するミャスラフから北上して帝国中枢へ向かう街道は交通量が多いこともあって山賊が何度討伐を行っても出没する有様であった。
その街道のうち、ミャスラフにかなり近い山の中に小規模なキャンプがあった。
もちろん、街道を行き交う旅人や商隊を狙う山賊のものだ。
そこが今夜、襲撃されている。
最初に、密かに街道を見下ろせる櫓やぐらの上の見張りがもんどり打って転落し、直後に両手に長剣を持った男が正面から突入して夜番を殺害した。
転落した死体の頭に刺さった矢を引き抜いた男は、周囲を見回して他に夜番が居ないかを確認しながら、一番大きなテントを探した。リーダーが居るとすれば大抵はそういうテントだ。だが、そんなものはなかった。
テントは三つあったが、大きさはすべて同じだった。仕方なく彼は一番近くのテントに踏み込んだ。
男の名前はレーダー。ミャスラフの冒険者ギルドに所属する剣士だが、別に今は山賊の討伐の仕事を請け負っているわけではない。
「なあ、いい加減に目的を教えてくれよ」
同行していた赤膚のゴブリンが声をかけた。名前はケルム。レーダーと同じギルドに属する弓使いだ。
「すぐにわかる」
返答しながらレーダーは無防備に眠っていた山賊の男の腹を蹴飛ばした。
三人が眠れるテントに一人で眠っていたので、このテントは先程殺した二人と共用で、交代で眠っていたのだろう。運良く殺されなかったものの、蹴り起こされて目を白黒させている男の眼前に剣を突きつけて脅しつける。
「よう、景気はどうだ?」
「な、何だお前」
「俺が誰かはどうでもいいんだよ」言いながらもう一度山賊の腹を蹴る。「手前てめえにイイことを教えてやりに来たんだからな」そしてうずくまった男の頬を剣の腹でペタペタと叩く。
「い、いい事……?」
「そう。儲け話だ」
「なんで、急にそんなムシのいい……グェッ」
また男の腹を蹴る。
「文句を言うな。俺がちょっと探して見つかるクソみたいなキャンプでまともに山賊なんかできるか!」
レーダーが一喝して文句を封じるが、その怒声で外で動きが始まった。他のテントのレン中が起き出したらしい。
「へっへっへっ、皆が起きてきた。お前らは終わりだ」
「おめでてーなァ。こっちには人質が居るんだぞ」
形勢が逆転したと思った男だったが、喉を切っ先で傷つけられて気の抜けたような声を漏らした。
「えっ」
「テメーだよテメー。本当にマヌケだな。このザマであの街道で略奪なんかできるかよ」
レーダーは呆れながら男を起こして外に出ると、武器を持ち出していた他の山賊たちに宣言した。
「武器を捨てな。さもなきゃこいつの胴と頭はサヨナラするしお前らも皆殺しだ」
「ノ、ノクヴァス……ッ」
弓やら手斧やらをもった男たちが驚きの声を漏らした。
その声からケルムは心配の感情を読み取った。おそらくレーダーも同じだろう。
「アレン、頼む、助けてくれ」
人質の方も、目の前の男に助けを求める。だが、その言葉には手下に言うような尊大さも、他にリーダーが居るような口ぶりでもなかった。
「お前、ノクヴァスって言うのか」
人質に語りかける妙に朗らかなレーダーの声から、ケルムは彼の表情が簡単に想像できた。良いことを思いついた、という顔だ。大抵は余人からすると悪いことだが。
「よし、テントと櫓に火をつけろ」
「なっ」
レーダーの命令に男たちは躊躇を示すが、人質の首筋を薄く切って血を流してみせる。
「次はもっとザックリいくぜ」
「な、なんで燃やすんだ?」
首筋を切られた痛みと当てられる刃の恐怖に泣きながら尋ねた男に、レーダーは平然と答えた。
「お前らがココに留まれないようにするためだ」
「そんな……」
テントが燃え上がるのを見て、気分が良くなったのかレーダーは鼻歌まで歌い始めた。
「俺たちのキャンプをメチャクチャにして、何がしたいんだ!」
炎をくべ終わった山賊がなじるように言うが、そんなことはレーダーにはどこ吹く風だ。
「お前らどうせ近所の食い詰め農民だろう?」
彼の言葉に山賊たちは顔を見合わせた。
「悪いことは言わねえ。お前らは追い剥ぎにはあんまり向いてないぜ。ま、もうひと働きしてもらうんだが」
「もう人働き……?」
アドバイスをしたかと思いきや、すぐさま前言を翻したレーダーに戸惑いを隠せない男たちに向けて、彼は気味の悪い笑みを浮かべた。
「ここを捨ててミャスラフの西の道へ行け」
「な、なんのために」
「明日、ツァリトルに向けて商隊が出発する。それを襲撃するんだ」
「どうして俺たちが……ひっ」
文句を言った人質の喉に刃を押し当てる。
「いいな、絶対にやれよ。さもなきゃお前らの村、探し当てて家族を殺す。子供は不具にして残す」
邪悪の権化みたいなこと言いやがる。ケルムはそう思ったが黙っていた。
「その代わり、荷物を奪えたら俺たちが背負える分以外は全部くれてやる」
よく言うぜ。鼻で笑いそうになったがやっぱり黙っていた。
「分かった。やる。やるけど、どうしてそんなに気前がいいのかだけ、教えてくれ」
「荷主の護衛を引き受けたがシブチンだった。だからお前達に襲わせた方が儲かるんだ」
嘘は言ってない。嘘は。ケルムは漏れそうになる笑いを噛み殺すために、渋い表情になっているのを自覚した。
「よし、俺たちは帰る。こいつは俺が安全だと感じたら解放してやるよ」
引っ立てられた人質に心配げな目を向ける連中に、レーダーが笑みを返してやると、彼らは不安を隠すことなく頷いた。
結局人質はミャスラフの北門が見えてきた辺りで放り出された。
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