少女は彼女に恋焦がれ

松内 雪

少女は彼女に恋焦がれ

 彼女が机に伏せて眠っている。

 放課後の教室。他には誰もいない。


 ――ごめん。待たせすぎちゃったね。


 わたしは静かに、教室のドアをスライドさせた。

 そして、彼女を起こさないよう慎重に近づく。


 わたしの席で眠っている彼女。

 気持ちよさそうな彼女の寝顔を見ると、とても起こせない。


 わたしは彼女の隣の席に座って、同じように机に伏せた。

 ここは彼女の席。わたしがいつも目を向けている場所。


 顔を横向けると、そこに彼女がいる。


 絹のように艶やかな黒髪。お人形さんのように整った顔。

 愛らしくカーブを描くまつ毛。綺麗な唇。


 ここはわたしだけの特等席。他の誰にも渡さない。


 ――あなたのことが、好き。


 いつもあなたは、わたしのことを好きだと言ってくれるけど、わたしの好きとはきっと違う。

 

 本当の気持ちなんて言えるわけない。だって、一緒に居たいから。


 しばらくすると、教室の窓から夕陽が射した。

 オレンジ色に包まれた教室は、見慣れた景色とは違って特別感がある。


 ――ずっと、このままなら良いのに。


 わたしの願いは届くことなく、夕焼けを告げるチャイムが鳴った。

 その音に反応して、彼女が目を覚ます。


「……あれ? 光ちゃん。どうしたの?」


 彼女は寝ぼけた様子で、わたしの名前を呼んだ。


「おはよ、佳奈。待っててくれてありがとね」

「あっ、そうだった! 光ちゃん面接練習どうだった? 上手にできた?」


 彼女はわたしを心配して、不安そうに聞いてくる。


「おかげさまでバッチリ。でも、こんな時間までかかっちゃった」


 わたしが言うと、彼女は嬉しそうに笑った。


「光ちゃんが言うなら大丈夫だ。私は寝ちゃってたから一瞬だったよ。じゃあ帰ろっか」


 佳奈が席を立って先を行く。

 わたしは後から追うようについていく。

 昔からずっと、こんな感じだ。


 校舎の外に出た頃には、陽が沈んでいた。

 今の時期、夕方になると少し冷える。


 寒がりのわたしが手に息を吐くと、佳奈はカバンから手袋を取り出した。


「光ちゃん、どうぞ使ってくださいな」

「ありがと。けど、佳奈が使わないとダメだよ」


 わたしが言うと、佳奈はちょっと困った様子のあと、何かを思いついたような顔をした。


「じゃあ、半分コにしよう。これなら良いでしょ?」


 そう言うと、佳奈は左手の手袋をわたしに貸してくれた。

 佳奈の言葉に甘えて、左手に手袋をつけた。


 ――暖かい。とっても。


 わたしが左手の温もりを確かめていると、佳奈はわたしの右手に指を絡めてきて、そのまま手をつないだ。


 わたしが驚く間もなく、佳奈は言った。


「これで両手とも暖かい、でしょ?」


 佳奈は手袋をつけた右手でとびっきりのピースをした。


 ――そんなことされたら、心の奥底まで温まっちゃうよ。


 わたしは佳奈の手を引いて、彼女の身体を引き寄せて、思いっきり抱きついてやった。


「ねえ、佳奈。大好き」

「私も好きだよ。光ちゃん」


 いつもの笑顔。いつもの言葉。


「佳奈、ずっと一緒にいてくれる?」

「もちろん、私たちはずっと友達だよ」


 わたしにとっては苦しい言葉。

 だけど、この先のことはまだ分からない。


「佳奈、……キスしても、いい?」

「良いけど、どうしたの? 突然」


 ――――いいの? ほんと?


「……じゃあ、しちゃうね。……唇に」

「こういうのは普通、ほっぺたとかじゃないの?」


 なんか欲張りすぎちゃった。

 けど、ここまで来たら言っちゃえ。


「わたしは唇にしたいの」

「……なら、良いよ、光ちゃんなら」


 ――やっぱり、信頼されちゃってるな。


「ありがと、じゃあ、目を瞑って」



 わたしは、彼女のおでこにキスをした。



「赤くなってる、意識した?」

「何言ってるの光ちゃん、それはお互いさまだよ」


 ――ほんとにその通り過ぎて何も言えない。

 でも、恥ずかしいから、無理やり話を続ける。


「なら、次は佳奈からキスしてね、ずっと待ってるから」


 わたしが言うと、佳奈はすぐさま言葉を返した。


「…………じゃあ、光ちゃん、目を瞑って?」


 

 わたしが目を閉じる前に、佳奈はわたしの唇にキスをした。



それから先の帰り道。会話はできなかったけど、つないでいた手は強く結ばれていたのだった。


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少女は彼女に恋焦がれ 松内 雪 @Yuki-Matsuuchi24

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