第137話 お馬鹿な行動をとる

この最終章にて新キャラクター、とはいっても領主としてこれまで登場してきた者に名前が付きました。

チャカ・カーンとオリバー・カーンの合わせ技一本です。見た目は後者なのでよろしくお願いいたします。



―――――



「フーリン様……いいいったい、こちらにはどれほど滞在するご予定で?」

「分からん。もうしばらくだ」

「そそそれは一週間ほどで? はたまた一か月ほどで?」

「だから、分からん。何なら、貴様は領都に帰ってもよいぞ。というか、別に俺にもう付き合う必要はない」


 王国の第四王子フーリン・ファースティルがお馬鹿なのはあまりに有名だが、イナカーン地方の領主ことチャカ・オリバー・カーンもまた勝るとも劣らない馬鹿である。


 ただし、この二人には明確な違いがある。第四王子フーリンが行動する馬鹿だとしたら、領主チャカは行動しない馬鹿だ。


 そんなチャカだが、見目は――熊そのものか。


 手の甲も、脛も、胸もどこもかしこも毛むくじゃらで、顔の半分だって髭で覆われている。


 そもそも、カーン家は辺境伯なのでかつては武人として名を馳せた。もっとも、このチャカに武人としての経歴は一切ない。


 何せ、このイナカーン地方は南東の果て。王国内の平穏が長らく続いて、これまで戦う必要が全くなかった。


 それにイナカーン地方は肥沃な穀倉地帯として、また『初心者の森』やムラヤダ水郷もあって資源などにも恵まれてきた。


 そういう意味では、カーン辺境伯家といえば、今では武家よりもむしろ農家のイメージが強い。


 おかげでこれだけの巨躯を誇って、顔つきだけは十分にいかめしいというのに……


 領主チャカはというと、第四王子フーリン程度の小僧に対して、どもりながら話しかけている始末だ。


「かかか帰ってもよろしいのですか?」

「ああ、構わん。俺の護衛ならば老騎士ローヤルもいるし、何なら神聖騎士団だってこの街には滞在している。力のある冒険者たちもちょうどいるようだしな」

「しししかしながら、ここは我が領地イナカーン……せめせめてフーリン様を歓待しなくてはいけません!」

「ふん。こんな狭苦しい神聖騎士団の詰め所でか?」


 第四王子フーリンは皮肉をこぼした。


 本来、領地というならばド田舎であっても別荘の一つでも持つべきだ。


 なのに、そんな迎賓館がこの街には建っていなかった。つまり、これまでイナカーンの街に貴賓が――それどころか領主チャカすらやって来なかったということだ。


 道理で街の人々が領主を散々に虚仮こけにするはずで、おかげでフーリンの悪評が霞むほどである。


 とはいえ、フーリンもさすがに街の宿屋に泊まるわけにいかず……こうして神聖騎士団の詰め所に厄介になっている。果たして、そんな騎士の宿舎でいかほどの歓待が出来るというのか……


 フーリンでなくとも、皮肉の一つでも言いたくなるというものだ。


「ひいいい。ししし失礼いたしました! すぐにでも館をお造りいたしますううう!」

「止めろ。そんな余裕があるならば、領民に施してやれ。この地は恵まれているとはいえ、貧しい者も幾らかはいるのだろう? 何なら、教会の孤児院にでも寄進してみてはどうだ?」


 第四王子フーリンは窓から見下ろせる、すぐ隣の建物にちらりと視線をやった。


 そこは教会付きの孤児院になっていて、今はちょうど年長組の子供たちが何かしらの仕事を終えて戻ってきたばかりだ。


 ただ、領主チャカはそんなフーリンの言葉に「はっ?」と、ぽかんとした顔つきになった。


 まさか第四王子フーリンからそんな建設的な話が出てくるとはちっとも予想していなかったからだ。


 これは老騎士ローヤル・リミッツブレイキンも同じだったようで、「殿下?」と意外そうな声を上げる。


 そんな二人に対して、フーリンは「ふう」と小さく息をついてみせた。


「領民のことを考えるのが領主の務めだ。同様に、国民のことを考えるのも王家の務めだろう? この街をまだ少ししか見ていないが……子供や若者が多い印象を受けた。いずれもみすぼらしい格好だった。俺を歓待する暇があるならば、その生活を支援してやれ」


 馬鹿とはいっても、行動する者は学習していくものだ――


 このとき、第四王子フーリンは着実に君主としての一歩を進もうとしていた。対照的に足踏みしたのは領主チャカだ。


 フーリンがいかにも追い払うかのような仕草でチャカに「しっし」としたので、


「そそそそれでは、私めはこれでしつしつ失礼いたします」


 と、第四王子フーリンにあてがわれた部屋から出て、こちらは同じ階にある部屋にすたこらさっさと逃げるように入った。


 フーリンから出された指示は「早く帰っていい」と「生活を支援してやれ」の二つだったので、とりあえず明日にでもお金を適当にばら撒いて領都に帰ろうかと考えついて、


「なあ、爺や?」


 そう声をかけるも、部屋には使用人たち数人と、わずかな騎士たちしかいなかった。


「そうだった……爺やはここに連れてきていなかったな」


 領主チャカはそう嘆いて、もさもさの顎鬚に困ったように触れた。


 このチャカがどれだけお馬鹿であっても、イナカーン領が滞りなくやってこられたのは、家宰の爺やのおかげだった。


 今回、残念ながらその爺やは共にいない……


 年齢的に連れてくるのが難しいというのもあったし、何より収穫の終わったばかりの時期に領都から離したくなかった。


 逆に言えば、そんな時季にもかかわらず、第四王子フーリンにほいほいと付いてきたのだから、どれだけチャカが馬鹿かつ無用の存在か分かるというものだ……


 それはさておき、チャカはゆるりとソファに座り直して、「ふむう」と呻った。


「はてさて、金をばら撒くにはどうすればいいのだ? 宙にでも投げつければいいのか?」


 さすがにそれは違うだろうとは、領主チャカでも認識出来た。


 ただ、いつもは勝手に動いてくれる爺やはおらず、当然のことながら使用人にも、騎士にも、相談相手はいなかった。もう一度第四王子フーリンを頼るのもさすがに忍びない。


 となると、ここはやはり高貴な身分の者に聞くしかあるまい――チャカもフーリン同様に窓から隣の建物を見下ろして、がばっと立ち上がった。


「よし。決めたぞ。教会に行く。法国の第七聖女様にお金のばら撒き方を聞いて来ようではないか」


 普段、行動しない馬鹿はこういうときに本当にお馬鹿なことを仕出かすものだ。


 もっとも、このとき、当の第七聖女はそれどころではなかったのだが……

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