第43話 強者たちの対峙

 魔族サラも――言ってしまえば、合成獣みたいなものだ。


 サラという名の赤髪の美しい女性に魔核を与えて、魔王アスモデウスの持つユニークスキルによって魔族に変じさせた。


 これがロボット工学的な義体化を含めて不死性を追求したものだと、人造人間フランケンシュタインになるし、また生命工学的な不死性を求めて亡者アンデッドの特性を加味すると、人工人間ホムンクルスになる。


 何にせよ、魔王アスモデウスは人族、亜人族や野獣といった種族差などお構いなしに、その個体を意のままに操って呪い・・をかけることで魔族へと変じさせる、凶悪なスキル『色欲』を有している。


 伊達にいにしえの時代から魔王を名乗っているわけではないのだ。


 ちなみに、わざわざ合成して混ぜ合わせているのは、以前も話した通りに加虐趣味ではなく、むしろ合体・・させることで対象に性的な愉悦を与えてあげているに過ぎない――


「それこそが魔王としての慈悲ですからね」


 魔王アスモデウスはそんなふうにうそぶくわけだが……


 もちろん、スグデス・ヤーナヤーツとフン・ゴールデンフィッシュは巨熊の雄と仲良く三、くんずほぐれつさせられて心を壊していったのは言うまでもない。


 さて、そんな魔王アスモデウスの本体はというと――ダークエルフの錬成士チャルが看破した通り、牛と羊と人の頭が付いたいびつな杖だった。


 当初、女騎士スーシー・フォーサイトが斬り合っているときに違和感を覚えたように、あるいはチャルが戦闘に加わらずに遠目から観察していたように、この杖にはどこかしら異質なところがあった。


 武器、もしくは魔道具にしては内包する魔力マナが禍々しい上に、杖先の三頭も生きているかのように蠢いていたし、さらによく見れば、杖の柄も竜の尻尾で出来ている。


 認識阻害によって木材に擬態していたが、いわば魔王アスモデウスが自らの肉体を材料にして合成した凶悪な魔杖というわけだ。


 そんな魔杖こと魔王アスモデウスが狼の魔獣たちについに命令を下す――


「さあ、聖女ティナを捕えなさい。他は食い散らかして構いません」


 直後、幾体もの狼たちが巨狼フェンリルの背に隠れていた聖女ティナへと向かった。


「やらせるか! ――『氷弾アイスバレット』!」


 もっとも、ダークエルフのチャルが呪詛を唱えて、湖から幾つもの氷弾を浮かび上がらせると、それらを狼たちに放っていった。


「キャウン!」


 所詮、第一種の弱い魔獣ではチャルに抵抗出来るはずもなかった。


 もちろん、チャルからすれぱ火魔術で魔核諸共、全て焼き払いたかったのだが……ここは『初心者の森』の中なのでさすがに火を放つのはマズい。


 また、土魔術では足もとが隆起したり、凸凹になったりして、戦場を荒らしてしまうし、風魔術だとコントロールが難しくて仲間にもダメージを与えかねない。


 結果として湖に近いこともあって、チャルは水魔術を使用したわけだが――


「グルルウウウウウ!」


 狼程度のサイズの魔獣なら殲滅出来たが、猪や熊や蜥蜴などの巨体を誇るものはさすがに魔核を貫かないと消えてくれないようで、今度は狼たちに代わってそれらの魔獣が一気呵成に蠢きだした。


「ちい! 聖女。これを受け取れ!」


 ダークエルフのチャルは魔力マナ回復ポーションを投げ与えた。


 本来ならば自分用に取っておきたい代物ではあったが……チャル一人だけなら認識阻害などで逃げ出すことが可能な一方、オーラ・コンナー水郷長や女騎士スーシーたちを守って戦うとなるといかにも難しい……


 いっそ見捨てたいぐらいなのだが……オーラには貸しをかなり作ってあるし、それにここまで付き合ってしまった以上、スーシーやティナを見殺しにするのも気分が悪かった。多少なりとも情が湧いてしまったわけだ。


 だから、聖女ティナの魔力が戻り次第、オーラたちをすぐにでも回復してほしかったものの、さすがに魔王アスモデウスが見逃すはずもなかった。


「おやおや、回復されるのは困りますね。それではこんなのは如何でしょうか? ――『闇の壁ダークウォール』」


 直後、大地から影が壁のようにそそり立って、前衛、中衛、後衛が分断された。


 前衛に残されたのは、ほぼ虫の息のオーラ水郷長と女騎士スーシー。中衛には巨狼と、距離があったので壁を挟んでダークエルフのチャル。そして、後衛には聖女ティナ一人だけとなった。


 この『闇の壁』は法術や光系の魔術を一定時間遮断する。いわば、この壁がある限り、回復も、聖なる槍ホーリースピアなどによる援護も難しくなったわけだ。


 弓矢などの間接的な物理的攻撃は可能なので、本来ならばそこまで脅威ではないのだが……


「チャルさん! どうすればいいですか?」


 聖女ティナの困惑に対して、ダークエルフのチャルはというと、


「とりあえず、自分の身をしっかりと守れ!」


 そう返すしかなかった。というのも、チャルのもとに大量の魔獣がやって来たのだ。


 魔王アスモデウスからすれば、チャルさえ殺せば残りはどうとでもなると踏んだのだろう。


 実際に、その考えは間違っていなかった。前衛二人はほぼ死に体。中衛の巨狼は野獣使いマスターの指示待ちで、後衛の聖女ティナも一人だけではろくに何も出来やしない……


 今、この戦場で多少なりともまともに頭を使って動けるのはたしかにチャルだけだ――


「舐められたものだね。いいよ。こうなったら私が相手をしてやる。来い、魔王!」


 チャルはそう言って自身の杖を両手に持って自慢の棒術を披露した。


「ふふ。気が変わりました。ダークエルフの素材というのも珍しいものです。是非とも、私のコレクションに加えたい」

「それが本音か?」

「もちろん、私とて魔族ですから、この戦いで昂ってもいますよ」

「はん! 造りまくった合成獣をいいように使役して、昂るも何もあったものか!」


 とはいえ、最早、多勢に無勢だった――


 幾らダークエルフのチャルが強者だとはいっても、魔獣の軍勢という物量相手では分が悪かった。


 しかも、魔王アスモデウスも闇魔術や認識阻害などを得意としているので、チャルの搦め手も有効ではない。


「はあ、はあ……まさか……こんな目に合うとはね」


 ダークエルフのチャルは呼吸を整えるのが精一杯になっていた。


 その周りにはすでに百体近くの魔獣たちが取り囲んでいる。しかも、チャルが魔術で攻撃しようとするたびに、魔王アスモデウスが真逆の魔術で相殺してくる。


「実に情けない。運動不足ですかね? それなりに強いと見込んでいましたが……ダークエルフのわりに狩人系のスキルをお持ちでないのですか?」

「ダークエルフにも色々とあるのさ。それこそ本土・・には復讐者リベンジャーから巫女にドルイド、それに私みたいに魔術を専門にしている者もたくさんいる」

「それは面白い話ですね。少しばかりこの世界に興味を持てそうですよ」

「だったらこんな辺鄙な・・・大陸でこそこそしていないで、本土に向かうといい。あんたなんかろくに相手にもされずに討伐されるに決まっている」


 ダークエルフのチャルが挑発すると、魔王アスモデウス――いや、より正確に言えば、魔杖に彫ってあった牛、羊と人の顔がふるふると震え出した。


「いちいち癪に障ることを言ってくれる耳長族ですねえ」

「おや、図星だったのかい? てことは、あんたたちはやはりいにしえの時代に冥王ハデスとろくに戦わず、世界の片隅に隠れて生き延びた魔族の面汚しというわけか?」

「ふん。今、決めましたよ。サラに代わって貴女を使役することにしましょう。本土とやらのダークエルフどもに見せつける為にもね!」


 魔王アスモデウスは魔獣たちに前進を命じた。


 ダークエルフのチャルは「はあ」と深い息を一つだけついた。こうなったら火系の範囲魔術で一気に焼き払うしかない。


 森を愛するエルフ種としては一番やりたくなかった攻撃だが……背に腹は代えられない。


 もちろん、魔王アスモデウスもそれを警戒しているはずで、あとはどうやって出し抜くかだ。一つだけチャルには師匠モタ張りのアイデアやらかしがあったわけだが――


「四肢を拘束して、心臓だけをきれいに抉るのです。さあ、お愉しみの時間ですよ」


 魔王アスモデウスがそう言った瞬間だ。


 闇の壁諸共に、魔獣たちの体に無数の閃が走った。


 直後、宙に浮かんでいた魔杖こと魔王アスモデウスだけを残して全てが潰えていった。百体以上もいた魔獣全てが――だ。


 それは目を瞬く隙すらないほどの間に起こった出来事だった。そんな居合による閃を放った者が湖畔からゆるりと歩いてくる。


「お前さんが……今回の首謀者か。まさか杖だとはね」

「リンム・ゼロガード! また貴様か! 何遍も! 何遍も! 私の可愛い合成獣を退けやがって! 許さんぞ! 決して楽には殺してやるものかあああああ!」

「ふん。俺だって頭に血が上っているんだ。スグデスとフンにした仕打ち。加えて、この森を汚した罪。さらにはオーラの旦那と、何より義娘スーシーに与えた怪我――絶対に許してなるものか!」


 リンムの怒りの雄叫びが今、湖畔に響き渡った。



―――――



聖女ティナ「おじ様……私が入っていないですわ」

ダークエルフのチャル「当然のように私もけられたな……」

ゲスデス「あばばばば……」


もうそろそろ第一部が終了となるわけですが、14日(土)、15日(日)はちょっとばかし予定が詰まっていて更新かけられるかどうか分かりません……どちらかの日に一話は上げたいのですが、出来なかったらごめんなさい。

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