第20話「覚悟」

「ゲホッ……ゴホッ……」

「大丈夫?」


 気管支に逆流した水を何とか吐き出した僕は、涙でにじんだ視界でヘザーを捉える。


「……何で僕が《伝説の剣》の所持者だって知ってるの?」

「え、あれ本当の事なの!」


 僕が否定しなかった事を肯定と受け止めたヘザーは、興味津々とばかりに僕に詰め寄る。


「ねえねえ!《伝説の剣》ってどんな剣だった! ヘザーにも見して見して!!」

「……苦しい苦しい」


 両目を好奇一色に輝かせるヘザーに、僕は長椅子の端まで追い詰められる。

 流石にどこから人が現れるか分からない聖剣広場内で《伝説の剣》を召喚する訳にはいかない。

 後で絶対に見せるという条件で僕はどうにかこうにかヘザーをなだめる。


「──で、結局ヘザーは何で僕が《伝説の剣》の所持者だって知ってるの?」

「あーそれはね」


 ヘザーは先日の、僕と分かれた後に起きた出来事を語り始める。


【朱雀】の《副軍第一軍》──副軍長のベイドがヘザーの元を訪れた事。

【朱雀】は石の祭壇近くに放置された空の回復薬ポーションと短剣の持ち主が《伝説の剣》の所持者だと疑っている事。


「そうだったのか……」


 いかに満身創痍で注意力が散漫だったと言っても、短剣を収納し忘れるという失策を僕は犯した。

 そして今日に至るまでその事に気付いていなかった愚かさに、僕は下唇を噛み締める。


「ありがとうヘザー、ヘザーが黙ってくれたお陰で助かった」

「いんや、ヘザーが黙ってたのはアレンの身がどうこうってより、単にベイドって奴の態度が気に入らなかったからだけどね」


 思い出しただけで腹が立つのか、ヘザーは不機嫌そうな顔でそう言ってのける。

 ただ、結果的にヘザーがアレンの名を出さなかったからこそ《伝説の剣》の所持者が僕だとバレなかった事実は変わらない。


「いやーアレンも災難続きで大変だねー」


 ヘザーは僕の苦労をねぎらうようにポンと肩に小さな手を乗せる。

 思いの外差し迫った事態の成り行きに焦燥感を覚える僕は、声を潜めてヘザーに尋ねる。


「……【朱雀】はやっぱり《伝説の剣》を狙ってるんだよね?」

「うん。ガレウス様が《伝説の剣》を持ってないのは何らかの手違いだから取り戻さなきゃーだってね。馬鹿みたい」


 ヘザーはフンと馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


 目的の為ならば【朱雀】はいかなる手段をもいとわない。

 僕が《伝説の剣》を所持している事が判明すれば、それこそどんな手を使ってでも奪い取りに来るだろう。


 ここまで入念に《伝説の剣》の所在を隠してきたが、正解だった様だ。

 クランを追放されてなお《伝説の剣》まで【朱雀】に取り上げられてはたまったものじゃない。

 ただ──やはり《伝説の剣》を狙う魔の手は迫っている。


(もう少し《伝説の剣》の扱いには慎重になろう)


 僕はそう心に留めながらも、同時に避けては通れない未来を見据みすえる。


 僕がこれ程までに《伝説の剣》の所持が露見する事を恐れる理由。

 《伝説の剣》を所持している事が露見すれば、《伝説の剣》を狙う冒険者に目を付けられる可能性がある。

 欲に目が眩んだ冒険者に命を狙われてもおかしくない──確かにそうだ。


 ただ、その理由は《武術:SS》の聖剣使いを目指すという目的と真っ向から対立する。

 何故なら、理想の英雄像ビルドを目指す上で、《伝説の剣》の露見は避けて通れないからだ。


 本当は気付いていたが、気付いていないフリをしていた一つの真実。

 僕が真に恐れていた事──それは、《伝説の剣》を持つにふさわしくないと周囲から烙印を押される事だった。


 僕は【朱雀】ギルドマスター、ガレウスという男を思い浮かべる。

 駆け出し時代に心の底から憧れた、最も英雄に近いと思っていた冒険者。

 仮にガレウスが《伝説の剣》を抜いたとして、その事実を明かす上で僕の様におくする事は何もない。

 何故ならガレウスには《伝説の剣》を抜くにしかるべき英雄性がある。

 ガレウスが《伝説の剣》を抜いた事実に異論や文句を挟む冒険者は迷宮都市のどこにもいない。


 しかし、元荷物持ちポーターの僕が《伝説の剣》を抜いたところで、迷宮都市の冒険者は納得しない。

 当然だ──パーティーの荷物持ちとして使い潰されていた僕に英雄性を見出す冒険者なんていないだろう。

 故に僕が《伝説の剣》を抜いたのは何かしらのであり、真の所有者はガレウスであるという暴論が成り立ってしまう可能性がある。

 迷宮都市の民意が僕の《伝説の剣》所持を認めない可能性があるのだ。


 ならどうすれば良いのか──僕は苦悶した。

 そして目的を果たす為には、一つの道しか残されていない事に気付いた。


 《伝説の剣》の露見は避けられない。そう割り切った上で、いずれその日が来るまでに《伝説の剣》の所有者が僕である事を周囲に認めさせる。


(僕自身の強さを──勇名をとどろかせる)


 幸いな事に、大鼠討伐を経て多少なりとも風向きは変わりつつあった。





 ◆


「で、どうする?」

「んー……」


 シルバースライムの生息地図を元に迷宮中層まで潜るとして、明らかに準備が足りない。

 事前に何も伝えられず最低限の荷物だけ揃えた僕とヘザーでは、食糧、医薬品ポーション、アイテムどれもあまりに心許こころもとない。


「んー……」


 どうにか15階層まで潜る手段がないかと頭をひねるヘザー。

 そもそも迷宮15階層が日帰り行ける距離ではなく、平均して一週間は迷宮内で生活する事を覚悟しなくてはならない。

 迷宮中層は断じて事前準備なしに軽い気持ちで向かって良い場所ではない──僕は優しくヘザーをさとす。


「一週間も【鉄火】を留守にしたら、例え生きて帰ってもミランダ姉さんに殺されてしまうか……」


 ヘザーは【クラン:鉄火】ギルドマスターの顔を思い浮かべたのか、がっくりと首を折った。


「取り敢えず今日は諦める?」

「ヘザー的には15階層は流石に厳しくても、迷宮には行こうと思ってるんだけど……」


 日帰りで迷宮に潜るとなると、行けても迷宮上層──5階層が精々。

 幸いな事に大鼠討伐で莫大な活動資金を獲得した以上、当分報酬を気にして依頼を受ける必要はない。

 ならば今後の迷宮15階層までの強行軍に備えて、もう少しだけ《防御》に回す《技点》が──レベリングが必要だと僕は考えた。


 僕達がレベリングで求められる条件は、一般的な冒険者とは少し異なる。

 一般的な冒険者ならば純粋に経験値量の多い魔物を倒せば良い。

 しかしながら《初期化》というチート効果に頼れば、それこそ大鼠の様な経験値量の少ない魔物でも十分にレベリングが可能である。


 迷宮5階層までで可能な、──僕は一体の魔物に目を付ける。


「ねえヘザー。5階層とかどう?」

「5階層……? ジャングルが広がってる階層だっけ? 何するの?」


 迷宮5階層──縦に流れる大河が階層を2つに分断する密林層。

 キョトンとした表情を浮かべるヘザーに対し、僕は三級冒険者の間で恐れられている一体のの名前を出した。

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