第15話「大鼠討伐II」

「うわ……!」


 爆発的な勢いでスタートを切った僕は、余りのスピードに体勢を崩しかける。


「ぐっ……」


 紙一重のところで何とか体勢を立て直した僕は、チグハグな走法で加速する。


「キュー」

「キュキュ」


 代わり映えの無い景色が続く地下水路を一陣の風が駆け抜ける。

 あれ程遠くから聞こえていた大鼠の鳴き声が、直ぐそこにまで迫っていた。


「キュキュー!」


 ようやく何者かが接近している事を察知したのか、大鼠の群れは慌ててその場から逃げ出し──


「──っと」


 その場から逃げ出そうと反転した三匹の大鼠は、一歩目を踏み出す事すら出来ずに薙ぎ払われた。


「ギュ!」


 地下水路の壁に叩きつけられた大鼠──血を吐きもがく三匹に、僕は長剣を突き刺す。

 三匹の大鼠は小さな魔石へと姿を変えた。


「ふぅ……」


 魔石を収納した僕は左腕で汗を拭う。

 これで三匹──銅貨9枚。


 最多討伐報酬を獲得するのは僕だ──そう思う程に自惚うぬぼれてはいない。

 不正な手段を使う糸目の冒険者しかり、二級以上の冒険者が参戦していれば太刀打ちするのは難しい。


 ただ、僕が壊した扉の修繕費と当分の宿泊費は稼がせてもらおう。


 大鼠を探して足を進めていた僕は、一つ目の分岐路に差し掛かっていた。

 上下左右に分かれる分岐路──僕は迷う事もなく下方向へと進む。


「……臭っ」


 下方向へと進むにつれて濃くなる悪臭。

 糞尿と食べ残しが発する強烈な腐敗臭に思わず足がにぶる。

 しかしながら、僕は《敏捷:B−》に任せて地下水路を驀進ばくしんする。



「キュー」


 ややあって僕の耳が再び大鼠の鳴き声を拾った。

 気付かれる事を承知で大鼠の下へ突貫しようとした僕は、妙な気配に足を止める。


「キューキュー!」

「キュキュッ!」


 冒険者を見るや否や逃げ出す大鼠。

 その大鼠が僕の居る場所に一目散に向かってくる。

 これは好都合──分岐路の影に身を潜めた僕は、目の前に飛び出してきた二匹の大鼠を両断した。


「ギュ……」


 二匹の大鼠は断末魔を残して消滅する──とその時。



【Lv.1→2に上昇しました。《技点:115》を獲得しました。現在の《保有技点》は295です】



 まさかのLv.up。

 いまだにLv.21の気分でいた僕は、あまりのLv.upの早さに驚きを禁じ得ない。


 余った《技点》の振り先を考えながら魔石を収納していた僕は、こちらに向かってくる足音に顔を上げた。


「おいそこの冒険者!」

「……?」


 切り揃えられた前髪に糸の様な目──ゼインと呼ばれていた冒険者が僕の前に立ちはだかる。


「おいお前、その大鼠は僕達が追っていた魔物だ。横殴りとは卑怯じゃないか!」


 横殴り──他の冒険者が戦っている魔物に攻撃をし、経験値やドロップアイテムを奪う行為。

 命の危機に瀕しているといった特殊な場合を除いて、横殴りをする冒険者は蛇蝎だかつの如く嫌われる。


 他の冒険者と狩場が被らない様、わざわざ迷宮都市の外れから地下水路に侵入したというのに。

 あまりの間の悪さに、僕は辟易へきえきする。


「僕が討伐した大鼠は明らかに貴方の元から逃亡していました。横殴りとは言えません」

「黙れ! 私達が仕留めようとしていた大鼠だ! 今すぐに魔石を返せ!」


 なんて無茶苦茶な──全く聞く耳を持たないゼインに、僕は呆れ返る。

 ゼインとその後ろに控える冒険者を見る限り、討伐状況はかんばしくないのだろう。

 顔からは汗がしたたり落ち、浮かぶ表情に余裕が無かった。


「分かりました。返します」

「当然だ」


 別に無視して逃げても良かったが、後で難癖を付けられたくはなかった。

 手の平に召喚した魔石を差し出すと、ゼインは引っ手繰るように魔石を掴む。


「行くぞ、お前ら」


 ゼインは後ろに控える冒険者にそう指示すると、僕を睨み付ける。


「精々一人で足掻いてろ。最多討伐報酬を得るのは私達だ」


 ゼインはそう捨て台詞を残すと、分岐路を左に折れた。


「はあ……」


 やはりというべきか僕はかなり根に持たれているようだった。

 別に最多討伐で張り合っているつもりも無いのに──僕は大きなため息を吐く。



「そういえば……」


 ゼインの姿が完全に見えなくなった頃、僕はLv.upによって獲得した《技点》をまだ振っていなかった事に気が付いた。


 僕は脳内に自身のステータスを浮かび上がらせる。


=================


【名前:アレン・フォージャー】Lv.1→2


 武術:F+(0/50)

 魔法:F− (0/51)

 防御:G+(0/28)

 敏捷:B−(0/195)

 器用:G+(0/30)

 反応:F+ (0/60)

 幸運:G+(0/36)

 経験値:31/50→2/60

 保有技点:295


=================


 Lv.upにより《保有技点》は115増えて合計295。

 ひとまず余った《技点》は《敏捷》に振って問題ないだろう。



【現在の《保有技点》は295です。敏捷に《技点》を割り振りますか? ▷はい いいえ】


【敏捷:B−→Bに上昇しました。現在の《保有技点》は100です】



 《敏捷》に《技点》を割り振った僕は、何となしに自身のステータス──《経験値》に目を向ける。


【経験値:0/60】──大鼠を倒した時に貰える経験値が10前後なので、6体倒せば更にLv.が1上がる計算。


 僕は《初期化》以前のステータスを思い出す。

 《初期化》以前──Lv.21だった頃は、次のLv.に上がるまでに必要な経験値がおよそ1900。

 大鼠で例えればLv.upまでに190体を討伐する必要があった。


 しかしながら、Lv.2→3に上昇するまでに必要な経験値はたったの60。

 まだしばらくは経験値曲線は緩やかであり、Lv.upに必要な経験値は少ない。


「当分はレベルアップ祭りかな」


 駆け出しの、順調にLv.upを重ねていた懐かしき記憶がよみがえる。

 僕はLv.upに応じて増えていく《技点》を想像して顔をほころばせ──


「──待てよ」


 ハッと我に帰る。


「何を言っているんだ僕は……」


 当分はレベルアップ祭り?──

 僕は《伝説の剣》の特殊効果を思い出す。



【ステータスがLv.1の状態に戻ります。】

 


 ステータスがLv.1の状態に戻る。

 一見ただのデメリット効果。

 実際に既に振った《技点》が《保有技点》に変換される効果がなければ、デメリット効果に違いない。


 そう思っていたのだが──


 僕の心臓が激しく鼓動し始める。

 僕は辺りに誰もいない事を確認すると、《伝説の剣》を取り出す。



=================


《プレイヤー:アレン・フォージャー》を初期化しますか? 


▷はい 

 いいえ


=================



【《プレイヤー:アレン・フォージャー》の初期化に成功しました】



 ステータスを《初期化》した僕は、今一度ステータスを脳内に呼び起こす。


=================


【名前:アレン・フォージャー】Lv.1


 武術:F+(0/50)

 魔法:F− (0/51)

 防御:G+(0/28)

 敏捷:F (0/52)

 器用:G+(0/30)

 反応:F+ (0/60)

 幸運:G+(0/36)

 経験値:0/50

 保有技点:2482


=================


 僕が注視するのはただ一点。

 Lv.upに必要な経験値が60から50に戻っている事を確認した僕を、目眩めまいに似た恍惚感が襲う。


「ははは……」


 気付く機会は幾らでもあった筈だった。

 既に僕は何度も《初期化》を繰り返している。

 しかしステータスや《保有技点》に目を奪われて、《伝説の剣》がもたらすに──に気付かなかった。


 Lv.up毎に得られる《技点》は多少のブレは有っても一定。

 それに対して、Lv.が上がる毎に必要な《経験値》は指数関数的に増えていく。

 故に安定して《技点》を得る為には、より《経験値》の多い──より強い魔物と戦わなくてはならない。


 しかし──しかしながら。

 



「……よし、と」


 ステータスを振り直した僕は、長剣を手に立ち上がる。


 当面はお金稼ぎの為にどんな依頼でも受ける覚悟はある。

 しかしながら、いつまでも低位の魔物の討伐に終始するつもりはない。

 目指すは一級冒険者であり、《武術:SS》の聖剣使い。



 より強い魔物を求めて戦い続ける僕の《成長》は、指数関数的に加速する。

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