第8話「《特殊効果》」

 《伝説の剣》は元々そこに何も無かったかの様に忽然こつぜんと目の前から姿を消した。

 僕は《伝説の剣》の収納に成功した実感が湧かず、 しばし呆然と立ち尽くす。


 どれくらい経っただろう。

 巨岩を照らす月が雲に隠れたと同時に、僕は意識を取り戻した。

 僕は恐る恐る《伝説の剣》を取り出す。


「……!」


 ドゴン──と。


 鈍い音が闇夜に木霊する。

 眼前に召喚した《伝説の剣》は、石の祭壇にヒビが入る程の凄まじい勢いで落下した。

 手の平に召喚していれば間違いなく僕の腕は折れ、真下にある足も潰されていただろう。


 僕は冷や汗を流しながら、恐る恐る石の祭壇に横たわる剣へと顔を近付ける。


「……っ!」


 剣の全容を見た僕は、その美しさに息を呑んだ。

 つばつかは流石に《伝説の剣》と呼ばれるだけあって、黒を基調にきらびやかに装飾されている。

 そして今まで巨岩で隠されていた腕の長さ程の剣身もまた、闇夜に溶け込んでしまいそうな程に黒かった。


「本当に抜けたんだ……」


 僕は祭壇に横たわる剣の存在感に圧倒されていた。

 未だにこの剣を僕が抜いたとは信じられなかった。


 ヒュウと風が首筋を撫でるように吹き抜ける。

 急に辺りが気になり始めた僕は、周囲を確認する。


「……誰もいないよね」


 深夜の聖剣広場──日中に比べ明らかに人は少ない。

 しかしながら、市民や帰還した冒険者が一人や二人近くを歩いていても不思議ではない。

 もし仮に彼らに《伝説の剣》が抜かれた事が知られれば、剣を抜いた者がいる事、そしてそれが僕である事がバレてしまう。


【抜いた者の所有を認める】


 祭壇にはそう書かれているが、《伝説の剣》が抜かれたとなればその剣を狙う冒険者が現れないとは到底思えなかった。


 ひとまずその場から去ろうと、剣のつかに手をかけ、


「……っ!」


 あまりの重さにつかを掴み損ねた僕は、反動で尻餅をついた。


「……何だこの剣」


 僕は呆然と座りこける。

 確かに召喚した時点で、剣が信じられないほどの質量を持っている事は理解していたつもりだった。

 ただ、持ち上げようと掴んだ《伝説の剣》は、まるで地面に接合されてるかの如く微動だにしなかった。

 何とか剣を動かそうと再度つかに手を伸ばすも、持ち上げる事はおろか横にズラす事すら出来ない。


 成る程……確かにこれだけ重ければ誰もこの剣を抜く事なんて出来ない。

 そう納得しかけた僕に、嫌な予感がひたひたと波の様に押し寄せる。


 目の前に横たわる一振りの剣。果たしてこの剣は《伝説の剣》──レジェンドアイテムなのだろうか。


【英雄の素質を持つ者にしか抜けない】


 そう銘打たれた一振りの剣が長年抜かれなかった理由、それは単に並外れた重さによるものではないのかと。

 そしてこの剣はただ重いだけで実用性皆無の不良品ガラクタではないのかと。


 僕は痛みと疲労に途切れそうになる思考をどうにか巡らせ、《伝説の剣》に関する一つの逸話に思い至る。


 《伝説の剣》がここまで神格化される理由──それは単に誰も抜けない事にあるのでは無い。

 その本質は剣に魔力を流した際に表示されるメッセージにこそある。


【条件を満たしていないので《効果》を発動する事が出来ません】


 レア以上のアイテムに発現する事がある《特殊効果》。

 一部の例外を除き、アイテムに魔力を流す事で《特殊効果》は発動される。

 しかしながら《伝説の剣》は魔力を流した冒険者に対して、一つのメッセージをもって《効果》の発動を拒んだ。

 【条件を満たしていない】──このメッセージが契機となり、一振りの剣は祭り上げられた。

 英雄の素質という条件を満たした者にしか扱えない──正しく《伝説の剣》へと。


「ぐっ……!」


 僕は間断なく激痛が走る上体をどうにか起こし、再び剣へと手を伸ばす。


 仮にこの剣が本当に《伝説の剣》なら──レジェンドアイテムならば、


「いけるか……?」


 剣を抜く事に成功した僕であれば《特殊効果》を発動させられるかもしれない。

 そう考えた僕は、苦労の末に制御した魔力を流し込む。


 果たして──




【条件を満たしました】




 ──僕の脳内に一つの画面が表示された。



=================


《プレイヤー:アレン・フォージャー》を初期化しますか? 


▷はい 

 いいえ


《注意》

Lv.1になります。

ステータスがLv.1の状態に戻ります。

《所有技》が全てlevel.1になります。

経験値が0にリセットされます。

既に振った《技点》が全て《保有技点》に変換され、プレイヤーの初期化後に加算されます。


=================



 僕はその表示を、食い入るように読む。

 《伝説の剣》に隠された《特殊効果》。

 期待を胸に読み進めていた僕だったが、その期待は即座にしぼみ始める。


 ステータスがLv.1の状態に戻る。

 《所有技》が全てlevel.1になる。

 経験値が0にリセットされる。


 書かれていた内容はどう見ても僕にとってデメリット効果としか思えない。


「もしかして……呪いの装備?」


 差し掛かっていた希望の光が薄れていく。

 《伝説の剣》の正体はデメリット効果しかない並外れた重さを誇る呪いの装備でした。

 そんな結末を認められるはずがなかった。

 僕は一縷の望みに懸けて読み進める。


 【既に振った《技点》が全て《保有技点》に変換され、プレイヤーの初期化後に加算されます。】


「……ん?」


 注意書きの最後まで読んだ僕は、脳内に疑問符を浮かべる。

 最後の一文だけ、一読しただけでは意味がよく分からなかった。


「既に振った《技点》が《保有技点》に変換される……」


 僕は何度もこの一文を読み返し、意味を咀嚼そしゃくする。

 そしてようやく一つの確信的な推測へと思い至る。


「もしかしてこれって……」


 僕は体が震え出すのを抑えられなかった。


 既に振ってしまった《技点》を振る前の状態に戻し、もう一度好きな所に振り直す事が可能になるスキル。


 つまるところ、僕が【収納】に成功した剣の《特殊効果》──それはだった。

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