第6話「一人ぼっちの迷宮」


「アレンが【朱雀】を脱退だなんて、実に残念だ」


 全く残念そうな様子もなく言ってのける《主軍副軍長》のクラウンに対し、僕は無力感と屈辱感に打ちひしがれていた


「お世話に……なりました……」


 今にも下唇を噛み切らんばかりの僕に対し、クラウンは道化師の様な不適な笑みを浮かべる。


「脱退するアレンに、一つだけ隠していた事を教えてあげよう」


【朱雀】から去る僕に対し、最後のはなむけとばかりにクラウンは一つの情報を残す。


「アレンが尊敬している──いや、尊敬していたであろう《主軍軍長》ガレウス・ロッゾは【スキル】を一つも持っていない。あれは嘘だ」

「……!」


 僕は驚愕に眼を見開く。

 適正スキルを持たない多くの冒険者の希望の星にして、駆け出し冒険者にとっての英雄──ガレウス・ロッゾ。

 僕が【収納】なんて戦闘向きでない【スキル】であっても冒険者を目指し、【クラン:朱雀】の門を叩いた最大の理由。

 今や尊敬の情などとうに捨ててるとはいえ、ガレウスが【スキル】を所持していたと言う事実に、僕は裏切られた様な思いを抱いた。


「流石に、ただ《技点》をステータスに振り切るだけではあそこまで強くはなれない。ガレウスの【スキル】──それは【成長】だよ」

「【成長】……」

「【スキル:成長】──簡単に言ってしまえば、Lv.up時に得られる《技点》が人より多くなる。ただそれだけの【スキル】さ」


 クラウンは不愉快そうな、それでいて隠しきれない羨望せんぼうを言葉に滲ませる。


「まあ、それだけの【スキル】と言っても、同レベルの冒険者と比べた時、ガレウスは圧倒的に強い」


 クラウンはそう断定する。

 誰に対しても軽口なクラウン。僕はクラウンのその言葉に、ガレウスの強さに対する信頼を垣間見た。

 

「……どうしてその事を隠してたんですか?」


 ガレウスの真実を知った今、当然とも言うべき疑問を僕はぶつける。

 至って真剣に問いかけた僕に対して、クラウンは目をしばたたかせると、


「そんなの決まってるだろ? 隠した方が【朱雀】にとって利益になるからだよ」

「……は?」

「【スキル】を持たない一級冒険者──これだけ扇情的センセーショナルな宣伝文句なんて、思い付いたからには活用しないはずが無いだろ?」


 そう言って眼を輝かせるクラウンに対し、僕は苦虫を噛み潰した様な顔を浮かべる。


「お陰で【朱雀】の価値は大きく高まった。今や無報酬という条件でも入軍を志望する者は後を立たない」


 クラウンは【朱雀】の拠点ホーム、増築を続ける別館方向へと目を向ける。

 しかし迷宮都市の区画上、これ以上の増築は手詰まりの感があった。


「残念ながら【朱雀】の成長に拠点ホームの増築は追い付いていない。このまま人数が増えていけば戦闘員が溢れる事は必至だ」


 だから──とクラウンは続ける。


「将来性のない──アレンみたいなをいつまでも【朱雀】に留まらせる余裕なんてないのさ」

「……」


 そこで初めて、僕は【朱雀】を追放された真の理由を知った。


「手遅れ冒険者……ですか」

「残念ながら、君が今後冒険者──剣士として大成する事は万が一にもあり得ない」


 クラウンは僕の真横に歩み寄ると、肩にポンと手を置く。


「英雄になるなんて絵空事を語ってる暇があるなら、その【スキル】を活かして運送業者でも目指すんだね」


 そう言い残すと、クラウンは手を振り去っていく。

 そしてその途中で思い出した様に足を止める。


「ああ、言い忘れてたけど──」


 クラウンは後ろを振り返ると、最後にこう言った。


「アレンを最後まで守ろうとしていた《副軍》の照明屋ライター。あれは君より悲惨な末路を迎えるかもしれない」

「どういう──」

「お喋りはここまでだ。もう君は【朱雀】の一員ではない。今すぐ出ていくんだ」


 一転して話を打ち切ったクラウンは、抑揚のない声でそう命令する。


「どういう事ですか! 教えてくださいクラウンさん!」

「しつこいぞ、アレン・フォージャー!」


 追いすがり、その真意を問おうとした僕は、無情にもクラウンの側に控えていた《副軍》のメンバーに羽交い締めにされる。

 そしてそのまま【朱雀】拠点ホーム外まで追い出された。





「クソッ!」


 深夜の聖剣広場を抜けた僕は、一人迷宮内へと足を踏み入れる。

 既に【朱雀】拠点ホーム内に僕の居場所は無い。

 不要な荷物を捨てると、残ったのは少しの食糧や短剣、回復薬ポーションに銀貨数枚。

 それら全てが【スキル:収納】によって僕のみが干渉できる空間内に収められていた。


「クソッ……クソ!!」


 迷宮一階──洞窟層。

 かつて《予備軍》として連日足を運んだ、三級冒険者の主戦場。

 駆け出しの冒険者でも討伐可能な低位の魔物が蔓延はびこる上階層で、僕は一匹のゴブリンと対峙する。


「グギャァァア!」


 冒険者を見るや、原始的な石斧でもって襲い掛かるゴブリン。

 大振りな一撃を僕は辛くも避けると、その反動でよろけるゴブリンの頭部に剣を押し込む。


「ガッ……」


 脳天を貫かれ倒れ伏すゴブリン。

 僕は短剣を引き抜くと、即座に辺りを見回す。


「グルルル……」

「グギャァァア!」


 本来は遠くに投擲とうてきして敵の気を引く《匂い玉》。

 強烈な匂いを発するその玉をベルトに括り付けていた僕の元には、次々と魔物が押し寄せていた。


「……っ」


 僕は剣を構え魔物の群れを睥睨へいげいする。

 死に対する恐怖心は全く無かった。

 何も出来なかった無力感に、剣士としての僕を完全否定させられた挫折感。

 それを相殺して余りある屈辱感が、僕の体を突き動かしていた。


「……かかって来い!」


 死をいとわない一人ぼっちの戦いは、それから三日続いた。




【Lv.20→21に上昇しました。《技点:118》を獲得しました。現在の《保有技点》は326です】


=================


【名前:アレン・フォージャー】Lv.21


 武術:E (6/70)

 魔法:F− (0/51)

 防御:F (23/56)

 敏捷:F+(12/65)

 器用:G+(0/30)

 反応:F+ (0/60)

 幸運:G+(0/36)

 経験値:12/1917

 保有技点:326


《所有技》

【収納】

 ┃

 ┣〔体積〕level.8(0/160)

 ┃

 ┣〔重量〕level.9(0/180)

 ┃

 ┗〔時間〕level.5(0/250)


《効果》

 能動効果アクティブスキル

 魔力を対価に触れた物を即座に出し入れ可能な空間内に収納する。

 levelに応じて空間内の重量制限緩和。

 levelに応じて空間内の体積制限緩和。

 levelに応じて収納物の時間経過減速。


=================



【収納】で蓄えていた飲料を、最後の回復薬ポーションを使い切った僕は、なんとか地層へと這い戻る。


 片目は数時間前に潰れたまま戻らず、右足、左手首はあらぬ方向に曲がっている。

 全身を覆う傷は回復薬ポーションで癒えるよりも早くその数を増やし、体中に走る鋭い痛みに吐き気が収まらない。

 最早動けている事が奇跡──そんな状態だった。



 半ば帰巣本能で【クラン】の──【朱雀】の拠点きょてんに戻ろうとしていた僕は、自嘲的な笑みを浮かべる。


「もう帰るとこなんてないのにな……」


 そう独り言を漏らした僕の頬を、不意に涙が伝った。

 迷宮で繰り返した死闘──それは僕に幾許いくばくかの《経験値》と《技点》をもたらした。

 しかし、僕は何一つ満たされなかった。

 僕がいくら低階層で戦い続けた所で、僕が英雄になる事は決してない。

 僕が命を賭して戦う理由など、何一つとして存在しなかった。


「はは……」


 乾き切った笑いが溢れる。

 そもそも──迷宮一階層で苦戦している事がおかしいのだ。

 これでも冒険者を始めてから三年以上の月日が経ち、Lvも二級冒険者と言って差し支えない程上がっている。

 それにも関わらず僕のステータスは駆け出し冒険者のソレと変わらない。

 それもこれも全て大切な《技点》を何の役にも立たない【スキル】に振ってしまったから。


 僕は足を止めその場にへたり込む。


 一度振ってしまった《技点》は、もう振り直せない。

 無駄にしてしまった《技点》を取り戻すには、前とは比較にならない《経験値》を貯め、Lv.upを繰り返す必要がある。


 迷宮中層でシエラとクラウンに言われた言葉を思い出した僕は、発狂しそうになる自我を必死に押し留める。


「ルル……」


 目を閉じると、不意に最後まで僕を守ろうとしてくれた一人の少女の顔が浮かんだ。


「──あれは君より悲惨な末路を迎えるかもしれない」


 クラウンのその言葉が頭の中で反復する。

 ルルが僕より悲惨な目に遭うかもしれないとは一体どういう事か。

 不吉な想像が胸中に立ち込める。


 僕は最悪の予感を振り払おうと、鋭く走る痛みを無視して首を左右に振り、大きく息を吸う。

 ゆっくりと目を開けると、点在する魔石灯の光が広場を淡く照らしている事に気付いた。


(あれは……)


 光が指し示す先──大部分が地面に埋まった巨岩に一振りの剣が突き刺さっているのが見えた。

 僕は光に誘われる様にその場から立ち上がると、右足を引きずりながら前進した。


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