第2話 田舎の幼馴染が領主様になっておりました
「あら?何だか随分と…」
目的地に到着し、私は思わず首を傾げました。何と言いますか…随分と活気がなく寂れた土地になってしまっているようです。果物の生産が盛んで緑あふれる素敵なところだったのですが…土地も領民も元気がなく、空気まで
歩道もデコボコしていて高いヒールとドレスでは非常に歩きにくいですわね。せめてもう少し軽装で来るべきでした。
「ん?そこのご令嬢…もしかしてあなたは…」
ひょこひょこと田畑の畦道を歩いていると、前方から漆黒の髪を靡かせながら長身の殿方がやってきて、私を見るや声をかけてこられました。
「あら、あなたは確か…アルベルト・ヨーク様では?」
「ああ、そうだ。久しぶりだなクリスティーナ」
「ふふっ、見知った仲ではございませんか。どうぞ昔のようにクリスとお呼びくださいませ」
何という偶然でしょう。殿方はこのリアス領の領主のご子息、アルベルト様でした。2つ歳上のアルベルト様には、幼い頃によく遊んでいただきましたの。とても優しくて責任感の強いお方ですわ。私は数年ぶりの再会に胸が躍る気分でした。アルベルト様もどこか嬉しそうに微笑んでいらっしゃいます。
「ところでアルベルト様。リアスに何かあったのですか?」
私が尋ねると、アルベルト様はパッと顔を曇らせ厳しい顔つきで答えてくださいました。
「最近、ひどく土地が乾いてしまっていてな。ここ数年、めっきり大地が痩せ細ってしまった。最近も、もう何日も雨が降っていないんだ」
嘆息しながらお話になるそのお姿は、幼い頃のアルベルト様とは違い、凛々しくも雄々しく、素直に素敵だなと思いました。
「そうだったんですね…私このリアスの地が大好きなんです。素敵な思い出もたくさんございますわ」
「ふっ、ありがとう。クリスとはよく野山を駆け回って親に心配をかけたな」
「ふふふ、懐かしいですわね」
しばらく昔話に花を咲かせ、大変楽しゅうございました。
「それで、クリスはなぜリアスに?従者も連れずに…」
「ふと訪れたくなったのです。ご迷惑でしたか?」
「いや、そんなことはない!久しぶりに会えてどれほど嬉しかったか…あ、いや、何でもない」
あら、アルベルト様はなぜか頬を染めていらっしゃいます。その様子を見て、何だか私も胸がむずむずしてまいりました。このむず痒さは何でしょうか?不快感はないので病気ではないとは思いますが…
「そういえば、お父様とお母様はご健勝でいらっしゃいますか?」
話題を変えてそう尋ねると、再びアルベルト様の表情は
「父はめっきり身体を弱らせてしまってな…今は病床に臥せっている。母は付きっきりで父の看病をしているよ。そういった状況でな、実は昨年正式に領主の地位を継承したんだ」
「まあ!それは失礼いたしました。アルベルト様がリアスの領主様でしたなんて…御一報くださればお父様のお見舞いと、アルベルト様の就任のお祝いに駆けつけましたのに」
「いや、気にするな!リアスが大変でそれどころじゃなかったし…それに、その…クリスは…」
あら?何やら気まずそうに口をモゴモゴさせていらっしゃいますわ。
「どうなさいましたか?遠慮なく仰ってくださいな」
「あー…その、どこぞの子爵令息と、婚約したと聞いてな。それで…」
切なげに瞳を細めて私を見るアルベルト様。その熱っぽい眼差しに射すくめられて、胸がどきりと高鳴りました。やっぱり身体のどこかが悪いのでしょうか?少し心配です。
「…あら、それでしたらお気になさらず。つい数時間前に婚約解消を言い渡されましたので」
「はぁ!?婚約解消!?されたってのか?クリスが!?嘘だろ信じられん」
私はことの次第をアルベルト様にお伝えしました。話していくうちにアルベルト様は肩を震わせて、麗しいご尊顔は次第に怒りで真っ赤になってしまいました。
「なんというふざけた野郎だ!!!そんな奴との婚約なんて解消して正解だ!」
「ふふっ、私もそう思いますわ。ですので今はのびのび羽を伸ばしているところでしたの。久しぶりにリアスに来たくなって…」
私のことを想って怒ってくださるアルベルト様はなんてお優しいのでしょうか。フィリップ様にももう少し思いやりというものがございましたら…アルベルト様の爪の垢でも煎じて飲ませてやりましょうか?
依然として私のためにご立腹されているアルベルト様を見て、そこまで私のために怒ってくださるなんて…と素直に嬉しく思いました。何かお力になりたいものですが…ああ、そうですわ。
「あの、アルベルト様さえよろしければ…私をしばらくお側に置いてくださいませんか?」
「え!?…あ、いや俺は大歓迎だが…家に帰らなくていいのか?」
「ええ、大丈夫でしょう。落ち着いたらリアスでのびのびしていますと手紙でも出しますので」
「はぁ…クリスがいいなら、その、いつまででも居ていいぞ」
「ふふ、ありがとうございます」
照れ臭そうにそっぽを向いて頭をかくアルベルト様が可愛らしくて、ついつい笑みが溢れてしまいます。ここにいれば毎日笑顔で楽しく過ごすことができるでしょうか?
やはり、ご実家の建て直しや起業への好奇心だけで婚約を決めたのは良くなかったのですね。こうして私をしっかり思い遣ってくださる殿方であれば…婚約関係もうまくいき、幸せになれたのでしょうか?まあ、そもそも私がフィリップ様を愛しておりませんでしたので、私にも問題はございましたね。人を好きになるとはどういう感情を指すのかが未だに解らないのです。私にもいずれそういった殿方が現れてくれるのを願うばかりです。
さて、これで衣食住の心配も無くなりました。私はドレスが汚れないように抱えながらしゃがみ込むと、畦道に咲いた小さな花を慈しむように撫でました。土を触ると、確かにかなり乾燥しているようです。ひび割れた表面を撫でただけでポロポロと土が剥がれてしまいました。
その様子を見て、アルベルト様も私の隣にしゃがみ、同じように土を触って言いました。
「…随分乾いているだろう。はぁ、いつになったら雨が降ってくれるのやら…」
「ふふ、大丈夫です。明日には雨が降りますわ」
「え…クリスは天気が読めるのか?」
「いえいえ、そのような高尚なものではございません。まあ…勘、ということにしておきましょう」
不思議そうに首を傾げるアルベルト様。少しお話ししただけでも、彼がこのリアス領を本当に大切に想っていらっしゃるのが伝わってきました。私も大好きな土地ですし、微力ながらご助力することにいたしましょう。
「それでは、しばらく
にこりと微笑むと、アルベルト様も優しい笑みを返してくださいました。
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