第二話 腹が減っては良い話は出来ぬ

 衝撃の事実が発覚してからおそらく数分、答えのない迷宮に入るのはやめることにした。それに、自分の世界に入り過ぎるのは、何か言ってしまったかと慌てているこの娘に可哀想かわいそうだ。


「すまない、ちょっと体調が優れないみたいなんだ。早めに村に行こう」


 考えをまとめるためにも、まずは落ち着けるところに行く必要がある。何より、もしもここが俺の小説の中なら、あいつがいるはずだから……。



 森の中を歩きながら、この世界についての情報を貰った。ほとんどは知っている情報だったが、魔物の生態せいたいについてはほとんど知らなかった。悔しいが、俺が作りこめなかった部分を補完ほかんされているように思えた。

 とはいえ、魔物学はまだ発展途上はってんとじょうの分野らしく、なぜ現れたのか、どのような進化を辿たどってきたのかは判明していないそうだ。それを聞いて安心した。作者の考えがおよばないところは、ちゃんと誤魔化ごまかされていることが分かったからだ。俺の頭脳では進化論ほど高度な世界観の構築こうちくは不可能だ。

 他にも、この娘のように、ストーリーに登場していないモブキャラにも名前や過去が作られているのもポイントだ。主要人物並の力を持った者が、自然発生していないとは言い切れない。すでに物語は、作者の手を離れて、独自どくじのストーリーをつむぎ始めた。


「ここがセイラ村です! 村長を呼んできますから、待っていてください」


 外からの侵入者を防ぐために作られた、簡易的かんいてきな門の向こう側には、半分ほどは畑としてたがやされた、小さな村が現れた。木造建築の家が二十軒もないくらいで、人よりもにわとり(に見える二メートルほどの動物)や馬(に似ている足が六本ある動物)の方が目立つ。

 俺が小説で描写びょうしゃした村が、ほぼそのまま存在している。まるで、自分の作品が実写化したようで、感動すら覚える。村の人たちは俺の方をちらっと見て、すぐに家に戻っていった。やはり、クロノリア国の兵士だと思われてしまっているのか。モブに怖がられるのはそこまで問題ではないが、肝心かんじんのあいつの姿が見えない。さすがにメイン級のキャラを勝手に消すのは、原作改変としてあるまじき行為だぞ。


「ようこそ、あなたがお客人ですかな?」


 きょろきょろと村を見回していると、老人から声を掛けられた。


「すみません、最近の事情はうかがっております。私はクロノリア国から来たものではありませんので、ご安心ください」

「大丈夫です、もしそうだとしても、困っている人は放っておけません。村長として、あなたを喜んで歓迎かんげいしましょう」


 なんて温かい村なんだ……。優しい村長としてキャラ作りをしておいたのが、こんな形で返ってくるとは。探している人がいることは一旦隠して、この厚意こういに甘えてしまおう。



 村長の家に案内され、用意してもらった服に着替える。全く自分の姿を気にしていなかったが、異世界に転生する前と何一つ変わらない見た目だった。中肉中背ちゅうにくちゅうぜい、三十代手前のおじさんがスーツ姿で異世界転生なんて、冗談だろ。普通はイケメンとか子どもに転生するものだろうが。この世界に神がいるなら、俺は小一時間ほど、異世界転生のセオリーを語って説教してやる。


 俺が着替えている間に、ご飯を準備してくれていたらしい。こちらの世界に来てどのくらい時間が経ったのか分からないが、ちょうどお腹が空いてきたところだ。ありがたくご馳走ちそうになろう。



 しばらく後で、俺は絶望のどん底にいた。過去をやんでも取り戻せない、目の前に広がる惨状さんじょうからは目をそむけたくても背けられない。狂気的な笑顔で俺を見つめる彼女を前に、身体が震えて仕方ない。

 緑色のどろどろした液体、謎の生肉、石にしか見えない物体。これを『料理』だと描写した、生前せいぜんの自分を殴り飛ばしてやりたい気持ちでいっぱいだった。そして、さも当然と言わんばかりに口に運ぶ周りの人々を見て、初めて、異世界にやってきた実感が沸いた。もちろん、その後には「見た目と違って意外と美味しい。」と書いたはずだが、いざ出されると、書いていなかった匂いや温度などの要因よういんが合わさり、餓死がし寸前でも口にしたくないと考えてしまう。

 それでも、その場から離れられないのは、きっと料理を作ってくれたであろう、案内してくれた娘が満面の笑みでこちらを見てくるからだ。


 俺が日本人でなければNOと言えたかもしれない、俺がもう少し悪人ならば不味まずそうだと素直に言えたかもしれない。だが、残念ながら社会の歯車として過ごしてきたことで染みついた、従順じゅうじゅんな精神はそう簡単には変わらない。くそ……。せめて、日本の食卓と全く同じであれば良かったのに……。一日と経たずに、カルチャーショックで人生リセマラしたい気分だ。


 目をつむれば、どんな食材も同じだ。意を決して、口に運ぶ……。うむ、やはり味は悪くない。触感も味も、まるで味噌汁みそしるだ。目を開けると、あれ、なんだこれ、見た目まで味噌汁そっくりに見えてきた。いや、そもそもこれは完全に味噌汁だ。味噌が沈殿ちんでんしているところまで再現されている。さっきまでは緑色だったはずなのに……。それどころか、他の料理まで変わっている。ほかほかの炊き立てご飯に、ピンク色の瑞々みずみずしい焼き魚。古き良き日本の食卓が完全にできあがっている。ここが日本ならば、何一つ違和感はなかったんだが……。


 きっと、最初が見間違いだったかもしれない。異世界転生なんて体験して、疲れから幻覚を見ていたんだ。自分を無理やり納得させるようにご飯をらいつくす。ここで体力を回復して、次に備えなければ。

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