ノーライフ・ワールド

もえがみ

Prologue Reminisce ー追憶ー

 戦火散る荒廃の街。


 銃声が鳴り止まないこの地で迫り来る爆風から逃げる少女と、その母親の姿が見えた。


 体力はそんなにないのにも関わらず、2人は必死でその場を駆け抜ける。


 少女は、息を切らしながら走る母親の姿を仰ぎながら問いかける。


「お母さん? お腹空いたよ。走れない」


「何言っているの。もう少し……もう少しだからそれまで辛抱して」


 走って数時間、少女の空腹は限度に近づいていた。頭の中には食べ物をたくさん食べたいそんな願望を抱きながら。


『市民全員に告ぐ。速やかに指定された場所へと避難してください……繰り返します。市民全員は……』


 空中を舞う黒いヘリコプターのサイレンからアナウンスが流れる。


 逃げ遅れた人に指示をだし、安全場所へと誘導しているのだ。


 そして後ろの、著大な機体の姿を少女は振り返り凝視する。


「…………」


「見ちゃダメよ。……また狙われるわ」


 その立ち尽くす姿は巨大な要塞同然だった。体のあちこちに取り付けられた砲弾。竜のような顎がある。先読みのできないその機体には、胴体からなにやらコアらしいものが光っている。……動力源らしいものだと思われるが、未だ不確定要素が多い。


 崩れ落ちたビルに身を潜めていた軍の兵隊が顔を出し、携えた銃を構える。戦時中にかつて使われていた武器なのだがそれは不可抗力。


「よし、今だ!撃てええええ!」


 一斉にその機体を四方取り囲むように射撃する。弾を撃てる限り発射させ交戦する。


 だが謎の機体はそちらへ見向きもしない。


 それはおろか全く歯応えのない無傷。体からは銃弾の煙を巻き上げ、ゆっくりと目の前を歩行し続ける。


 無尽蔵にただ言われた通りの指示を遂行するように。


「この化け物が!」


「おい馬鹿! やめろ」


 不覚。


 取り囲んでいる兵が巨大な砲弾の詰まった銃を持ち、機体目がけて狙い撃つ。――距離は機体の面前。敵の目が見える正面で彼は敵の急所たる視角を狙おうと今この瞬間を狙うが。


 引き金を引き、目映い光を出す目を目標に撃つ。……強力な爆風で手応えはあり、仕留めた………………かのように思えたが。


「…………な…………に!?」


 不壊。手応えなし。


 とその兵をよそ見に機竜は、焦点を合わせた。


「もうやめ…………やめ…………やめ……やめろおおおおおおおおっっ!」


 戦意消失する彼に気にも留めず、両腕でその小さな体を自分の巨大な手で宙に振りかざした。


 持ち上げられた彼を機竜は、大きな口を広げ。


「「ぐああああああああああああああッッ!! あが」」


 力強く握りしめ、息の根を止める。直後、自分の食料のように彼の亡骸を口の中へと入れ咀嚼。


 宙からは仲間の散った後の赤い雨が一辺を塗りつぶすように降り注いだ。


「く、くそなんてことを」


「焦るな、仲間の死を無駄にするんじゃない! 1秒でも多く市民を避難させるのだ」


 まとめ役の隊長は戦意の失いかけていた兵に渇を入れる。元気付けられたのか兵達は一声を上げ「了解」と通信を通して隊長に言うと、各々再び攻撃のチャンスを伺うべく違う建物に忍び込む。


 しかし。


「なに? ぐああああああああっ!!」

「う、なぜ前にうわあああああああ!!」


 移動している最中。彼らは機竜の腕に掴まれ、そのまま壁に引きずられる様に殺されてしまう。


「ちくしょおおおおおおおお!! 人間を人間を……人間を舐めるなああああああ!!」


 1人となった隊長は、目を丸くさせ仲間の死を胸に叫喚の声を上げる。


 そして散っていった仲間を1人にさせまいと。


「安心しろ……みんな。俺も今すぐそっちに逝く」


 隠れていた、建物の隅から隊長は飛び降りあるものを取り出した。……手榴弾。手に取って投げる爆薬。……隊長は手榴弾の蓋を取り最期の言葉を大声で言う。


「人類に栄光あれええええええええええええ!」


 自らの身を投げ出し、機竜に攻撃をしかけた。


 ……彼の人類の望みをかけた一言。


 だが、神はその願いをこれ1つ受け入れはしない。


 現実とは時に残酷。そんな世界なのだ。


「ぐがああああああああ!」


 機竜はやはりかすりもしない。機竜にとって目につく生物は食料、はたまたのような小さな存在にすぎない。


 街中で歩く人々も、地面を歩く蟻を踏み潰す同様の行為にしか見ていない。


 ――兵の死の後。


 フードを被りながら走る親子は先ほどより息がさらに目立ち始めていた。


 次第にその異変を察知した、その少女は母を気遣い。


「大丈夫? おかあさん? ねぇ……ねぇ」


 だが、母は命より大切な娘に心配をかけまいと痩せ我慢をした。


「…………お母さんなら大丈夫。……それよりシアラ。その手絶対に離しちゃだめよ。……お母さんが必ずあなたを守るから」


 母は考えていた。必ず命に代えてもこの子を守ると。自分の命より大事な子を死なせてはならない、そんな胸に決意を抱いて。


 機竜は再び、2人の生体反応を感知し、狙いを定め始める。口から1口、1口。高火力の辺り一面を火の海に変える砲弾を、離れている二人に連射する。


 またしても爆発の破裂が親子一向を襲い始める。


 畏怖。それは絶望を感じさせる恐怖の弾。その一撃一撃が重く、振り返る少女の目には悍ましく感じた。……幼いながらもこんなにも死の恐怖に怯えるのは初めてだと恐怖を染み染みと感じていた。


「「だから振り向いちゃだめ!! …………お願い…………お願いだから。…………頼むから生きて」」


 涙を零しながら少女に罵声を飛ばす。母は体力の限界に来ていた。ここまでに強い母親として娘――シアラに平然と振る舞っていたが、足下がだいぶ吊り始める。


 あと一歩。あと一歩でもいいから進もう……そして生きようと。


 シアラをあの機竜から守り切るまではたとえ上半身が、もしくは手がなくなったとしても死ぬわけにはいかない気持ちでいた。。


 彼女の中の、死に怯える気持ちは娘の顔を見るだけで気を和ませる。


 なので何も怯えることは微塵もない。ただ自分がこの世いまできること。それは娘を死の淵から解放させてあげることだった。


「大丈夫なの? お母さんは。凄く辛そうだよ?」


 本当は分かっている。……自分はもうダメだという事を。


 いつまで自分を騙せるか。それは体が十分に証明している。


 そろそろ限界だと。


 だがだからこそ、母はシアラに約束もできないセリフをこう述べるのだ。


「シアラ。…………もう少しでご飯食べられるから一緒に食べようね」


 ボロボロになりながらも笑みを浮かべそう答えた。


「うん…………わかった。私それまで我慢する……何があっても」


 微笑を浮かべるシアラ。少女には母の事を理解できなかった。……これは果たすことのできない約束だということを。


 1つの楽しみとして取っておこうとその約束を胸にしまいながら、気を取り直して2人は走り続ける。


 爆発が迫る中にも、微かな希望を抱くシアラ。その臆するものをかき消すのはなにか。……他の誰でもない母という偉大な存在があっての勇気なのだこれは。


 母がいればどんな辺境でも生き抜いていける。そんな確信を母は私に持たせてくれるそんな希望を抱いて。


――――――だが、その希望も長くは持たなかった。


 刹那。次の砲弾が2人の目の前に。


「っ! シアラ!」


 直ぐさまに気がついた母は前の方を振り返り、シアラより前に出た。


「「お母さん!!」」


 そして爆風に巻き込まれ少女は遠くへと飛ばされた。


 数分。辛うじて助かったシアラは瞬きしながら目を開ける。


 耳からは燃えさかる火の音。


 少々視界がぼやけ気味なので瞬く。


「…………? お母さん?」


 瓦礫の前に伏しているシアラは意識を取り戻し、辺りの情報を収集した。


 シアラの手の先には、先ほど強く握りしめていた手が見えた。


「あ! お母さん無事だったんだね…………よかった」


 だが、その希望は走馬燈のように消え去った。
















 母の手。

















 


















 手の先は何処もなく、その部分だけ千切られ、辺り一面に赤い血だまりが広がっていた。


「あぁ…………あぁ」


 絶望し、恐怖に怯える少女。


 その眼前にあるできごとを目に焼き付け、少女は恐怖した。


 手に握られているのは、千切られた母親の片腕の一部。ぬか喜びにおわったそのできごとに恐怖を隠しきれない。


 これが"夢"なら覚めてほしいと。現実としてシアラは受け止めることが出来なかった。


 拒絶するように、少女の視界は暗転し気を失う。


 近くに達寄った兵の人が近寄り。


「……ッ! 生存者を確認しました。直ちに連れて帰ります。……この千切られた腕は? ……かわいそうにさぞや辛かっただろう」


 生存者のシアラを抱きかかえ、乗ってきたヘリに乗りその場を離れる兵隊一向。


 飛び行くヘリの中で気を失いながらも寝言で呟いた。


「…………お母………………さん」


 と。




 

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