君の思い出の中でだけ

空殻

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君と一緒にいるのは楽しい。

この山に囲まれた田舎の村で、同じくらいの年齢の子どもなんて両手の指で数えられるほどしかいないけれど、その中で君と出会えたことは本当に良かったと思う。


半年ほど前のこと。

小学校の校庭で、君が友達と遊んでいるのを、わたしは木の陰から眺めていた。

君たちは本当に楽しそうに、ボールを投げたり、蹴ったり、互いに追いかけ合ったりしていた。

わたしは陰からこっそり眺めていただけで、他の子どもたちは私に全然気が付かなかったけれど、君はわたしに気付いてくれた。

「一緒に遊ぼう」、そう言ってくれた。

わたしは少し迷っていると、君は手を引いて、陰から引っぱり出してくれた。


そこからの毎日は本当に楽しかった。

いつも、君と一緒に遊んだ。

君が教えてくれるのは男の子の遊びばかりで、いつも駆けまわってばかりだったけれど、わたしも走るのは好きだったし、得意でもあったから全然気にならなかった。


いつか、急に雨が降って、ふたりだけで神社の屋根の下で雨宿りしたこともあった。

君がタオルを貸してくれたけど、君のにおいがして、わたしは変にドキドキしてしまったことを覚えている。

今にして思えば、この時にはもう、君はわたしにとって、友だち以上の何かになっていたんだと思う。


こんなこともあった。

君がもうすぐ誕生日だって聞いて、わたしは急いでプレゼントを用意した。

でも、わたしに用意できたのは、綺麗な木の実を麻紐で結んで作ったブレスレットくらいだった。

それなりに上手に作れたと思ったけど、いざ君に渡そうとすると、急にそれがとてもみすぼらしく見えてきて、恥ずかしくなった。

そもそもブレスレットなんて、男の子にあげるものじゃないな、とも思った。

でも、君はすごく喜んでくれて、すぐその場で着けて見せてくれた。

それからは、君はわたしと遊ぶときには必ずブレスレットを着けてきてくれて、わたしはそれを見るたびに温かい気持ちになった。


いつだったか、君がわたしに聞いてきたことがある。

「どうして学校に来ないの?」って。

当然だよね、この村ではみんな同じ学校に通ってて、その生徒の中にわたしはいなかったんだから。

わたしは、親戚の家に遊びに来ている、というようなことを言ったと思う。

君はそれを聞いて、少し変に思いながらも、納得してくれたみたいだった。

とてもへたなウソだったけど、それでも君が信じてくれてホッとしたんだ。

君と過ごす日常を、これからも続けていきたかったから。




君が街に引っ越すと聞いたとき、わたしはまるで世界が終わってしまうかのような気持になった。

夏の終わり頃、9月2日のことだった。

君とその家族は9月の終わりにはこの村を出るのだと聞いた。

君から直接その話を聞いて、わたしはとても悲しくて、そのことしか考えられなくなって、周りの音が遠のいていくような感覚がした。

その話をしてくれる君がとても辛そうなのを見て、わたしは一生懸命に明るくふるまおうとしたんだ。

でも、ダメだった。

気が付くとわたしは泣きそうになっていて、それを君がなぐさめることになってしまった。

そしたら君の目もだんだん潤んできて、君まで泣いてしまった。

それを見て、君には本当に悪いのだけれども、わたしは少し嬉しくなってしまった。

君とわたし、二人ともが泣いているのなら、二人とも同じくらい寂しいのだと思えたから。

君と同じくらい、だということがわたしにはとても重要なことに思えた。



それから、それまでにも増して君といっしょに過ごした。

君の学校が終わると、君とわたしはすぐに集合して、日が沈むまで遊んだり、おしゃべりしたりして過ごした。

もちろん、君はほかの子どもたちともよく遊んでいたけど、わたしと過ごす時間が一番多いように思えて、そのことでわたしはまた嬉しくなった。

君にとって一番、だということがわたしにとっての宝物だった。



君が引っ越してしまう日の前日、君はわたしに言った。

「日が出る時間に、小学校の校庭に来て」って。

早朝を集合時間にしたのは、君は翌日の午前中には村を出て行ってしまうからだった。

わたしはもちろん、必ず行くと約束した。




次の日の朝。

日が出るよりも前から、わたしは学校の校庭に来ていた。

初めて君と出会ったときに隠れていた木を見て、色んなことを思い出していた。


君と過ごした時間は、細かなことまではっきり覚えている。

君が言ったこと。

わたしが言ったこと。

わたしが感じたこと。

君の笑った顔。

全部思い出せる。

わたしはその思い出を、忘れないように何度も繰り返して思い出す。


日が昇ってきて、空がどんどん明るくなる。

そして、君がやってきた。

「早いね」って君が言って、わたしは「今来たところ」なんてウソをついた。


君はとても緊張していた。

そして、言ったんだ。

わたしのことを、『好き』だって。


この『好き』がどんな『好き』なのかなんて、そんなことは聞かなかった。

友だちとか、家族とかの『好き』じゃない。

そんなことは分かっている。

だって、わたしだって、同じ気持ちなのだから。



朝焼けを背景にした君に向かって、わたしはがんばって笑顔をつくる。

朝日に照らされて、わたしの顔は君にはよく見えるはずだ。

だから、がんばって笑顔をつくる。

そして、言うのだ。

「ありがとう」。

そして、「ごめん」、と。



わたしは、「君はわたしの大切な友だち」だと言った。

『友だち』という言葉が、うまく伝わるように。

それ以上ではないのだと、うまく伝わるように。

君は悲しそうな顔をしたけど、それから「そっか」と言って、笑顔を見せた。

わたしはそれが強がりだと分かっている。

わたし自身も精一杯強がって、笑顔をつくっているのだから。


日が昇って、空が完全な青になる頃に、わたしたちはサヨナラをした。

君の姿が見えなくなるまで、わたしは手を振っていた。

最後に「またね」と言ったけど、これがウソになるかはまだ分からない。

でも、きっともう会うことはないだろうと思う。





それから数時間後。

君を乗せた車が村を出ていく。

わたしはそれを、こっそりと、山に生い茂る木々の陰から見送っている。



君はきっと、これからたくさんの人と出会うだろう。

その中には素敵な人がたくさんいて、君は誰かを『好き』になるかもしれない。

そして、わたしのことを忘れていくかもしれない。

そう思うと、胸が痛くなるような、悲しい気持ちになる。


でも、君が言ってくれた『好き』に、わたしは『好き』と返すことはできなかった。

だって。

わたしは。



わたしは、キツネなのだから。




わたしは化け狐、人を化かす力を持っている。


半年前。

わたしは、ときどき人の住む村までおりては、人間の女の子の姿に化けて、子どもたちが遊ぶ姿を遠くから眺めていた。

友だちのいなかったわたしは、その子どもたちがとてもうらやましかった。

そんな時、君がわたしの手を引いてくれたのだった。


本当はキツネであることを隠しながら、人間の姿で君と過ごすうちに、わたしは君が『好き』になっていた。

どうしようもない結末を迎えることは分かっていたけれど。

どうしようもない終わりが来るまで、わたしはズルズルと、君と一緒に過ごすことをやめられずにいたのだ。


君が引っ越すことになって、こうして別れたのは、もしかしたら良かったのかもしれない。

君にとってわたしは、いつまでも人間の女の子のままだから。



君の乗った車を見えなくなるまで見送って、それからわたしは山へと帰る。

もちろん、わたしの本当の姿、キツネの姿で。

わたしのいるべき世界へと帰っていく。

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君の思い出の中でだけ 空殻 @eipelppa

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