もう一度やり直せたなら
乾禄佳
君が幸せならそれでいい
今日、
新郎の搗弥に呼ばれたわけじゃなくて新婦である神無に呼ばれ参列することになった。神無と私は、仕事仲間でプライベートでも仲良くさせてもらっているからぜひ式に来て欲しいと呼ばれた。
本当に新郎の名前も顔も知らなくて招待状を貰って初めて新郎の名前を知った。その名前が腐れ縁の彼の名前と同じであったが、同姓同名だろうと気に留めなかった罰なのだろうか...。それとも、新郎の名前を聞かずに参列を決めた報いのか...。
数年会わなくなった間に男らしさが増した搗弥とこんな形で再会などするなんて夢にも思わなかった。
式が始まり神父が進行していくのを私はただただ見ている。周りの人たちがお祝いの言葉やからかいの声を上げる中私は、ただこの場の雰囲気に一人取り残された様にポツンと二人を見ていた。
新郎の搗弥は背の高いスラっとした筋肉質の身体を白いタキシードに身を包み、綺麗にセットされた髪に少し緊張した面持ちながらも幸せを噛み締めたような表情でウェディングドレスに身を包んだ神無と向き合って笑っている。羨ましいとさえ思った。
その相手が私ならなんて考えた時点で今日ここに来るべきではなったのだろう。私はこの場にいるべきではなかった。込み上げる涙を堪えながら笑顔を貼り付け必死に場の雰囲気に合わせる。
幸せが充満したような空気の中、式が終わり披露宴に移ろうと新郎新婦のお色直しと会場の移動のタイミングで一緒に来ていた仲間に断りを入れ人気のない風当たりの良い場所に出た。日が暮れ少し涼しげな風に当たりながら、すれ違い始めた日を思い出していた。
ーーー ーーー ーーー ーーー
茉優にはずっと好きな人がいた。そして、それはクラスの全員が知っている程有名な事。
ただ、その噂されている人物と茉優の本当に好きな人が別人だという事。噂とずれがある事に気付いたのは、残酷にもバレンタインの当日だった。
学校で渡す勇気がなくて、搗弥の家にチョコを持って行った。インターホンを鳴らし、呼んだ。もしかしたら家に居ない可能性も考えたが、搗弥は一人で庭を抜け茉優のいる門まで来た。
ここまでは、茉優が思い描いていた通り一対一で本命チョコを渡せば終わるはずだった...。一つの誤算を除いて。
緊張からどう切り出そうか迷っていると再び玄関のドアが開き目を向けると、中から
表情がかたくなった所為か搗弥は不思議そうに首を傾げ茉優を見ていた。玄関先にはそんな二人の様子を覗うように昭人が遠くから見ていた。
茉優は居心地の悪さから搗弥に2つの異なる袋を渡した。片方には義理チョコ、もう一方には本命チョコが入っており本命の方と搗弥の物だと説明し、茉優は足早にその場を立ち去った。
茉優は、人生で一番と言っていいほどの勇気を振り絞り渡した。家に帰っても、その興奮は覚めることがなくずっとドキドキと胸が高鳴っていた。翌日逢った時になんて言われるか。もしかしたら、煙たがられるかも知れないと心臓の鼓動がうるさいほどなりながら明日を待った。
今になって考えてみれば、あの日搗弥の家に二人がいてもおかしなことはなかった。だって、2人は親友なのだから...。私がその可能性に考え至らなかっただけ。
そう、幼すぎたのだ。
待ち焦がれた翌日。クラスに着きいろいろな事を考えた。気に入ってくれただろうか、やっぱり迷惑ではなかっただろうか、昨日渡した後からずっと考えていたことを机に突っ伏しながら、早く来ないかな... やっぱり来なくていいかな... なんて矛盾を
そんな茉優の気持ちを知らない搗弥は普段と変わらず登校して来た。そして、普段と変わらず彼の友達と普通に話していた。
とある休み時間搗弥は、茉優が一人の時に駆け寄って来て、いきなり耳打ちをするように顔を近づけた。茉優はその行動に驚き何事かと思ったが、好きな人が近くにこんなに近づいて来て思わず顔を赤らめた。
「大丈夫。本命は、昭人に渡しておいたから。」
搗弥が言った言葉があまりにも衝撃的過ぎて茉優は、顔の赤さが一気に引いて代わりに雷に打たれたかのような衝撃に言葉を失った。家まで届けに行ったはずの本命チョコを別の人物に渡したなんて本人の言葉で言われてしまったのだから...。
漸く言葉を理解出来てきた茉優は、頭の中で思考を巡らせた。
ーーーそれは、搗弥のだよって言わなかった??
ーーー私、ちゃんとどっちって言わなかったっけ??
ーーーどうしてこんなことになったの??
ーーーもしかして、私が本命なんて渡したのが迷惑だった??
ーーーゴミ箱に捨てられるよりマシか...。
茉優は、搗弥から言われた言葉があまりにも意外過ぎて言葉を失ったが、搗弥の顔を見て”俺いい仕事しただろ”といった誇らしげな顔をしていたため、彼の善意であると判断し、その善意を踏みにじりたくなくてその顔を曇らせたくなくて...
「...ありがとう......。」
涙を堪え少し震えてしまった声に必死に笑顔を張り付けてお礼を言った。好きな人の善意を踏みにじらない為に...。
茉優は、本命がいるなら人の家にも届けに行くようなひどい人だというレッテルを貼られたがそんな噂より本命を横流しされてしまった事へのショックからどんなに陰で噂されようとも気にしなかった。
茉優は、その年以降のバレンタインを搗弥に渡す事は出来なかった。また、同じことが起きる事が怖くて辛くて。
彼はとてもモテた。いろんな女子から毎年チョコを貰い、別のクラスに居た茉優もその噂を聞いた。
「みてー。石田君にチョコあげたらお返しかえって来た///」
「うっそー!!気があるんじゃない??」
彼は律儀な人だから返す。分かっていても茉優は、心が引き裂かれた様だった。自分は渡す勇気すらなかった臆病者だと分かっているからこそ唇を噛み締め最大限存在を消すことに毎年徹底した。
すれ違っても顔をあわせても。その手に持ったチョコを渡す... たったそれだけの事が、鉛でも入っているかのように重く縫い付けられてしまったかのように口は動かなくて一年また一年と過ぎて行った。
それからは酷かった。搗弥の事を忘れる為に無理やり好きな人を作り毎年チョコを渡した。その人に...煙たがられても心は痛まなかった。だから、毎年渡せたしある種のイベントの様に楽しめた。
もしこれが、搗弥ならどんな反応をするのだろうかなんて心のどこかで考えてしまっていた。
風の噂で搗弥に彼女が出来たと聞いた。もう絶対に本命を渡す事も連絡先を聞くことも出来なくなってしまった。
ほかの人なら”別に友達なのだから”と胸を張って言えるが、彼の場合そういうわけにもいかず、彼の幸せを願うのなら近づいてはいけないと自分に言い聞かせ距離を取った。
そこから、どんどん二人の距離は遠くなり、話すこともしなくなってしまい同じ学校に通っていても話をすることはなく卒業していった。
ーーー ーーー ーーー ーーー
今ならもっと別の選択が出来たんじゃないかと戻れない過去に思いを馳せる。
もし私に、搗弥が好きだと言える勇気があれば...何かが変わっていたかも知れない。もし私に、あの本命は搗弥のものだったとはっきり言える勇気があれば...笑い話に出来たかも知れない。もし私に...プライドを捨てて伝える勇気があれば...その場所に私が居たかもしれない...。
今でも考えてしまう”たられば”。後戻りなどできっこないのに...。
でも、もうこの恋は誰にも言えない...彼は、結婚してしまった。
だから、私は、2人に
「おめでとう!! お幸せにね。」
嬉し涙と思えるようなとても綺麗な笑顔で新郎新婦に茉優は言った。二人もそれに応えるように幸せそうな顔
「「ありがとう。」」
その言葉を聞いて私は、言えなかった言葉を飲み込んで会場をまわる二人の背中を見送った。ここにいる誰にも気づかれてはいけない傷を隠して。
もう一度やり直せたなら 乾禄佳 @inuirokuka
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