第14話
『もしもし、海凪ちゃん! 今、どこにいるの?』
この声は海凪のお姉さん、藤春晴凪だ。電話越しから緊迫感が伝わってくる。
「妹さんは桐島勇磨のお家で預かっております。ご心配なく」
「あら〜、桐島クン。こんにちは〜」
緊迫感した声から一転、おっとりした口調に戻る。妹の安否が確認できて安心したようだ。
「でもどうして、海凪ちゃんが桐島クンのお家に?」
「たまたま公園にいたので拾って持ち帰りました」
「ダンボールの中に入った子猫ちゃんのお話?」
「いえ、貴方の妹さんのお話です」
風呂場の方から大きな物音。そろそろ風呂から上がってきそうだ。
「すぐに帰れそう〜?」
「今日は自分の家に帰りたくないそうです」
「あらあら〜、困ったな〜」
全然、困っているような感じではない。喋り方が穏やかで会話のテンポが本当に遅い。脳が蕩けそうだ。
「もう仕方ないや〜。後は桐島クンに任せた〜」
「え!? 向かいに来たりとかは――?」
「お迎えはしな〜い。私より新しくできた彼氏さんと一晩過ごす方がいいでしょ?」
「それはそうかもしれませんが……」
「よろしくね〜」
ブチッと通話を切られた。マイペース過ぎる。
「――アンタ、なんで私のスマホ持ってんの?」
床にポタポタと水滴が落ちる音。後ろを振り返ると、バスタオルを巻いた海凪が突っ立ていた。
「今、誰と話してた?」
「藤春さんのお姉さんです」
顔を下に向け、体をプルプル震わす。バスタオルを巻いてるだけだから寒いのかな。それとも風呂でのぼせちゃったのかな。
「――アレ、見た」
「何をですか?」
「アレよ、アレ!!」
何もしてないのに怒鳴られた。理不尽だ。
「アレって何ですか? ちゃんと言ってもらわないと分かりません」
「クッ……」
歯を食いしばって黙り込んでしまう。顔が赤すぎて、もはや太陽だ。顔から火を吹きそう。
「姉ちゃんの名前……」
「――ああ! もしかしてお姉さんのLINEの名前を『セナお姉ちゃん♡』にしてることですか?」
「わざわざ口に出さないで!!」
身をよじって恥ずかしがる。
まさか、そんな些細なことを気にしてたとは思わなかった。めちゃくちゃ可愛い。マジで抱きしめていい?
「シスコンは恥ずべきことではないですよ。仲のいい姉妹なんて誇らしいことです」
「シスコン言うな!!」
頬にめがけて平手打ちが飛んで来そうになるが、当たる直前で——。
「「あ」」
巻いていたバスタオルがゆっくりと落ちていく。俺の眼前には瑞々しく大きいメロンが二つ。隠していたものが全てが露わになる。
「「——」」
突然の出来事に脳がオーバーフロー。二人はそのまま放心状態。カチカチと時計の針だけが虚しく響く。
「ええっと……」
「着替えてくる」
怒られるのかと身構えたが、意外とあっさりとした様子。バスタオルは床に落としたまま、あられもない姿でリビングを後にする。
人は羞恥を通り越すと、冷静になるらしい。
◆◆◆
「着替えはこれで合ってるよね?」
「ハイ」
ラッキースケベなハプニングが起きて数分後。海凪が服を着て戻ってくる。
「このシャツ、デカ過ぎない?」
「今晩はそれで我慢してください」
俺が着替えとして用意したのは普段、俺が着ているカッターシャツ。本人が言う通り華奢な体にはサイズが全然合っていない。丈が長すぎて清涼感溢れる白ワンピースになっている。
これが俗に言う“彼シャツ”か……。感慨深い。
「これって別に下履かなくてもいいよね?」
「いや、ちゃんと履いてくださいよ‼」
「だって、このズボンもアンタのヤツでしょ? 絶対ブカブカでズレ落ちちゃうじゃん」
そう言って用意した俺のスウェットを近くのソファに放り投げる。
「ズボン履いてくれないと、目のやり場に困ります」
「そんなのアンタがパンツ見なきゃいいだけの話でしょ?」
「それが男には難しいんですよ」
さっきから視界の端に程よく焼けた生足がチラチラ映って気が散る。なんとかギリギリ理性を保てているが、いつ暴走するか分からない。
海凪は平然としているが、かなり危険な状況。カップルとはいえ、夜の営みはちゃんとお互いが了承したうえでやりたい。理性が失った状態で襲うのは本望ではない。
「母のズボン貸します」
「勝手に履いていいの?」
「決定権は家族全員にあります。だから俺がいいと言えば、いいんです!」
「そ、そうなんだ……」
俺は急いでタンスの中から母親が若い頃に履いていた細身のスキニーを取り出し、海凪に履かせる。サイズがピッタリで安心した。
これで俺が暴走する危険性は薄れた。
「――ねぇ?」
俺がソファに座るとズボンを履き終えた海凪がじわじわこちらに接近してきた。
「後輩から色々聞けた?」
「まあ、色々と……」
距離ががやけに近い。顔に海凪の息がかかる。
「私に幻滅した?」
「幻滅してません」
「ハハッ。アンタ、やっぱバカね」
海凪の乾いた笑い。憂いを含んだ瞳は痛々しい。彼女のそんな顔は見たくない。
「俺の愛を舐めないで貰いたいです。でも、聞きたいことが一つあります」
「なに?」
「どうして、貴方のような人間がイジメに走ったんですか?」
「——ただの嫉妬よ」
「ホントに嫉妬だけですか?」
「——」
俺から視線を外し、黙り込んでしまった。俺から距離を取り、三角座りで呆然と一点を見つめ始める。
「——グゥ~」
腹の虫がすぐに沈黙を破った。海凪は自分の両腕に顔を埋める。分かりやすい照れ隠しだ。
「一先ず、お話は後にして晩御飯を作りましょうか」
「——うん」
俺はエプロンをつけて、台所の前に立つ。冷蔵庫に残っていた材料を全て放り込んで、軽くチャーハンを作ることにした。
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