賭け事、ステゴロ

明けて翌日、隠し港は常以上の熱気に包まれていた。


「札に自分の印と口数の印をつけて、ドルフに賭ける奴は右の皿、新入りに賭ける奴は左に。一口10ターラ、変えるのは1回だけだ」


 ディックの煽るような声に乗組員達が次々と賭け札を皿に入れていく。ドルフが圧倒的に優勢だが、ランスに入れている人間も多少はいた。


「盛り上げるために乗らせてもらうかな」


アレックスはランスの皿に100口と書いた札をいれた。


「おまっ……! やりすぎだろ!」


横で見ていたマーティンが血相を変えた。一口分の10ターラで一日の食費がなんとか賄える。身内同士のちょっとした賭け事に出す金ではない。


「こんぐらいじゃねぇと盛り上がんねぇだろ」


へらっと笑って階段状に削られた石に腰掛けて言うと、ランスが割り込むように尋ねた。


「俺も賭けていいのか?」


「自分にならな」


ディックの言葉に、ランスは指輪を巾着に入れ、鎖を首から外してアレックスに手渡した。


「アレックス、この鎖はいくらぐらいになる?」


「安く見積もって500ターラ。結構な大金だ」


「じゃあそれだけ自分に賭ける」


アレックスとランスが賭けたことによって、ドルフが勝てばそれなりの臨時収入になる。目の色が変わった乗組員達が次々とドルフの皿に札を投入し、最終的に金額は互角、人数的にはドルフが圧倒的という状態になっていた。


「さて、そろそろ締めんぞ! 武器はどうするんです?!」


ディックに問われてアレックスはランスとドルフに問うた。


「お前ら何がいい?」


「俺はなんでも。そちらで決めてくれ」


「余裕だな。ひよっこ。ならステゴロだ。こいつが一番早ぇ」


「ここにいる全員聞きたいことはねえか? ないな。なら、二人とも向き合え! 勝負は気絶するか降参するかだ。殺すなよ。港を出られる時間まで長引くようなら親父の判定。1分やる。賭け先を変えたいやつはディックに申し出ろ」


一分待ってから拳を合わせさせ、審判役のディックがその上に手を置き軽く二人の拳を押して離した。


「始め!」


先に動いたのはドルフだった。体重の乗った早い拳をランスの腹に繰り出す。


だが、ランスはそれを手で払うように易々と避け、体勢を崩した背中に踵を落とす。重い一撃を背中にくらって踏み潰された蛙のような声を上げたドルフは地面を転がって立ち上がった。


「クソガキが!」


ドルフは顔を怒りで赤く染め、素早い蹴りと拳を織り交ぜてランスに猛攻を加える。

ランスにパンチが当たったように見えた瞬間、ドルフに賭けた男達の歓声と応援が洞窟内に響き渡り、そして突然水を打ったように鎮まりかえった。

全員がそこで一部始終を見ていたのに何が起きたのか理解できなかった。気がついたら今まで優勢に見えたドルフがのされて地面に転がっていた。

ランスの強さを予想していたアレックスは沈黙を破ってディックに命じる。


「おい、ディック、確認」


「あ、はい……」


うつ伏せに地面に倒れてぴくりとも動かないドルフにディックは近づいた。


「死んでねぇよな?」


「殺してない。話にならないほど弱かったから十分手加減出来ている」


淡々と答えるランスの声が洞窟に響く。他の者は咳き一つ漏らさなかった。彼らにとって安くない金を賭けていたのだ。普通なら怒号が飛び、敗者を罵倒し勝者に食ってかかる輩も出てくる状況だ。

だが、あまりに圧倒的な力量差に誰もそのような事を考えられないようだ。

おそらくランスから攻撃を仕掛ければ、ドルフはもっと早く昏倒していたに違いない。ランスがドルフに先に攻撃を仕掛けさせたのは、温情か、盛り下がらない為のパフォーマンスか。

化け物を見るような視線がランスに注がれている。


「勝負ついたな。ほらディック」


「あ、ああ……新入り、ランスの勝ちだ。これから出港だから賭け金の精算は帰港後にやる。ドルフは起きるまで船倉に突っ込んどけ」


そっとアレックスに近づいてきたマーティンが他の人間に聞こえない声量で囁いてくる。


「お前、あの若造が強いって知ってたろ」


「俺は質問はないか全員に確認したぞ。誰かが聞きゃあ、赤狼団出だって教えたんだが。それに俺が慈善家じゃないのは全員分かってたはずだがな。それに聞かなくても分かってた奴はいるぜ。ルークはかなりの飲み代を稼いだようだ」


マーティンは賭けに乗らなかった所を見るかぎり、なにかを察していたのだろう。

にんまりと笑って周りに聞こえないように返してやると舌を打つ音が聞こえた。


「よりによって赤狼団だと? 詐欺師め」


「貴方に褒められると、とても気分が良いよ。マーティン」


肩を抱き寄せてわざと甘ったるく囁くと、ため息をついてマーティンは手を振り払った。


「さっさと出港するぞ。潮目を逃すな、悪ガキ」

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