『白い腕』⑨




○小畑希望、三日目(後)




 いずれ来るとはわかっていた。でも、こんなにも早いとは思っていなかった。


 彼女のことは、少しは知っている。指が細くて、美しい。手が白く、美しい。きれいに手入れされた爪が、美しい。手から腕までの、関節による曲線が美しい。肘(があるべき場所)に向かい、緩やかに微かにふくらんでいくラインが美しい。醜くあるべき傷口すらも美しい。全体の形が、美しい。折れた小指さえも、僕に計算されつくしたような美しさを見せる。


 おそらく、二十代女性の腕。


 羅列されたのはたったの数個だけれど、それだけではない。それだけというには、気持ちが、籠められすぎている。だから、それだけではない。けれど、それだけだ。


いかに僕が、


「彼女の指は、ただ白くて細いだけではない。その細さは本当に芸術的なのだ。特に中指と親指は、僕の太さの半分もない。そして他の三本の指はさらに細い。指の根元から爪へと進むにつれ、中指を中心に爪が緩やかに集まっていく。その芸術的な加減といったら! その中で、小指だけが不自然な角度に折れ曲がっている。他の四本の指が掌の方へと俯いているのに対し、あれだけは真逆の、手の甲へと背筋を伸ばしている。あれほど細いのに、まるで枝のようにはっきりと力強く。そして何より白さだ。あれ以上に白ければ、逆に不自然で興を削がれるだろう。しかし、白さがその白さの魅力を感じさせる限界まで白い。さらにそれぞれの指や、手の甲には僕の手と違い、毛は一切なく、しわも少ない。しかし、それぞれの関節がつくるわずかなしわには、可愛らしさが備わっている。そんな指を、僕は触れるか触れないかでなでるようにするのが大好きだ。彼女も、心地よさそうな反応を見せる。目を瞑ってそうやって触れていると、偶然、爪にも触れる。その色が塗られた爪の感触が、全く意図しないゆえに驚きを与えてくれる。そして、決して嫌な感触ではない。以前まで、爪に色を塗るだのよくわからん装飾をするだのということは、理解ができなかった。しかし、彼女を見ていると爪に細工を施す女性たちの気持ちが、すこし理解できる気がした。美しい女性が裸であるのと、裸に銀のネックレスをつけているのとは全く違うだろう。そのネックレスは、女性自身を飾りたてると同時に、全く違う色であることで、自身をも引き立てる。そして引き立てられ魅力を増したまま、さらに女性を引き立てるのだ。銀と肌ほどに色は違わないが、この爪はその役割を見事に演じていた。感服するばかりだ。たぶん女性たちは、自身の手をみながらその手に見蕩れ、同時に誇らしさを感じるのだろう。間違いない。手のひらは――、」


などと語っても、語れても。それは、羅列したこと以上のことであるようでも、羅列しただけのことでしかないのだ。


 もっと、彼女のことを知りたかった。もう、ここに置いておくわけには、いかなかった。


 彼女は死んだ。最後にするべきことがあった。カメラを持ってきて、泣きながら数十枚撮った。


いったん、カメラを置いた。そして、一昨日も使った、出刃包丁を取り出した。



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