第49話 不戦勝!?
ハムスターはフェリシエルの部屋の窓の下を通り越し、しゃかりきに走った。深夜の庭園を抜け、バターンと勢いよく厩のドアをあける。
平和に寄り添うように寝ていた馬とウサギは驚いて目を覚ます。
「わっははは! そこのアンゴラ! ちょっともふっているからといって、調子に乗って……うぉ!」
でんちゃんが言い終わることはなかった。いきなりウサギが高く跳躍すると、ハムスターの頭上に飛来する。
「ぐぬぬ、最後までひとの話を聞かぬとは! なんて気の短いうさ公だ!」
でんちゃんは落ちてくるもふもふウサギから逃れる間もなかった。
◇
その朝、フェリシエルは目を覚ますとハムスターのベッドをいつものように確認した。でんちゃんは来ていない。昨日の王子の様子だとかなりウサギンが気になっているようだったので、遊びに来るのではないかと思っていたのだ。あてが外れて少しがっかりする。
ミイシャと食堂におり、いつものようにサンドウィッチにスープにサラダの簡単な朝食を済ませると、お妃教育の課題をやる前に厩をのぞくことにした。
セイカイテイオーとウサギンに会えるのが楽しみだ。でんちゃんもいればよかったのに……。それが残念だった。
「おはようセイカイテイオー」
「ひひーん」
馬がご機嫌でいななく、今日も元気なようだ。しかしその声に混じって、
「ぐぬぬ……っ」
というなんとも可愛らしく、しかしどこか無念そうでなうめき声が聞こえてきた。
「フェ…フェリシ」
「え?誰かがいるの?」
フェリシエルがきょろきょろする。
「ここだ……」
下を見るとアンゴラウサギがいた。
「いやーーっ! ウサギンしゃべったわ!」
「ちっがーう! 私だフェリシエル」
その声はあの可愛らしいハムスター。
「あら、でんちゃんの声が?」
するとウサギンの下からつぶらな瞳がのぞく。フェリシエルがしゃがみ込む。
「まあ、でんちゃんいつ来てたのですか? しかも、いつの間にかウサギンと仲良しになって」
ハムスターはウサギンにがっちりと抱きしめられていた。
「ちがーう!早くここから出してくれ」
「はい?」
フェリシエルが小首をかしげる。もふもふ二匹がぺったりくっついている姿はほのぼのしていて、とても愛らしいのに。しかし、王族ハムスターが命令だ。
「ウサギン、ちょっとごめんね。でんちゃんちょうだい」
ウサギが名残りおしそうにハムスターを手渡す。抱き上げると、こころなしかハムスターがしっとり、げっそりしている。
「なにがあったのですか」
フェリシエルが子細にハムスターを観察する。
「うぬぬ、助かったぞ、フェリシエル。このアンゴラに一晩中毛繕いされていたのだ。おかげで一睡もしていない。さすがに疲れた」
「まあ、やっぱり仲良しになったのですね」
フェリシエルが嬉しそうにほほ笑む。かわいいペットたちが仲良しなのはいいことだ。
「ん……どうでもいいから、ベッドに連れて行け」
「はいはい」
そう言うとフェリシエルはハムスターを連れて、厩を出た。ミイシャはウサギと遊ぶようだ。不思議と新しくやってきたウサギは面倒みがよい。人見知りの子猫がすっかり懐いている。
「殿下、ちょうどよかったです。魔法の制御少し教えてもらえませんか」
「ならば、風呂とローストビーフを所望する」
「御意!」
でんちゃんがこの時間寝るという事は、今日は一日ここにいるのだ。フェリシエルは楽しみだった。
早速スープ皿の風呂に入れる。いつものようにパシャパシャとはしゃがず、大人しくしていた。本人の言う通り、だいぶお疲れのようだ。
聞けば王子は昨夜から来ていたという。厩で馬とうさぎと一晩中遊んでいたのだろう。フェリシエルはちょっとうらやましかった。そういうときは自分も混ぜほしい。
ローストビーフを大人ひとりぶん平らげたでんちゃんは満足そうだ。毛を乾かすとおねむになってしまい、すぐにベッドに入ろうとする。だが、フェリシエルは遊び足りない。
ベッドに入ろうとする王子にフェリシエルがりぼんを持ってまとわりつく。フェリシエルは自身が着飾ることには興味を失ったが、そのぶんハムスターを飾ることに燃えていた。
「フェリシエル。私は寝たいのだ。首にリボンを巻こうとするんじゃない」
しかたがないので、起き抜けの王子を捕まえて巻くことにした。ハムスターはくるりと丸くなる。もふもふなサテンシルバーは前世の記憶にある丸いお餅のようだ。
「そこで、じっと見ていられると、気になっていつまで経っても眠れないではないか。早く勉強してこい、鳥頭。そのあと遊んでやる!」
「え! 本当ですか!」
フェリシエルの瞳が輝く。
「がんばります!」
フェリシエルがおどるような足取り部屋から出て行くと、やっと王子にやすらかな眠りが訪れた。
~昨夜の厩では~
「おーい……セイカイテイオー、助けて」
「そりゃ、むりだな。でんちゃん。
アルフォ…じゃなくて、ウサギンは、まあるくて、もふもふしたものに目がないんだ。特にお前のように小さければなおさらだ。父性愛が暴走してしまうのだ。
不用意に厩にふみこんだのが、貴様の運の尽きだな。諦めて、可愛がってもらえ。俺も子供の頃は苦労した」
セイカイテイオーが気の毒そうにハムスターを見る。こうなったウサギを誰も止めることはできない。ハムスターはひたすら毛繕いされることとなった。
「ぐぬぬ、これでは勝負にならぬではないか!」
「いやいや、貴様の挑発に乗らなかった時点でウサギンの勝ちだろ?」
ハムスターがウサギの腕の中から逃れようとジタバタもがく。
「えい、こら、はなせ、ウサギ! ってかこいつ何でしゃべんないの? 獣人だよね? しかもウサギなのにやたら力が強いんだが」
もふもふな毛におおわれて見た目では気づかないが、筋肉質でむきむきなウサギだ。
「ウサギンは、獣化すると寡黙になるのだ。そしてただひたすらかわいい小動物を愛でる。そのうえ、戦闘能力も高い。ウサギンにつかまったものは何人たりとも逃れることはできない」
「どうなっているんだ。貴様らの国はっ! すっげー迷惑な奴らだな、おいっ!」
「いやいや、貴様もちっこいくせに相当迷惑なハムスターだから。俺ら寝てたし、真夜中にハムスターの高笑いでたたき起こされるって、どんな国だよ? ネズミなんだから、もっと大人しくちょろちょとと入って来いよなっ!」
かくしてファンネル家の夜はふけていった。
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