第47話 おかしな茶会2
「そうそう、メリベル、知ってる? アルクトゥルスは獣人なんだよ」
エルウィンが言う。声に僅かに侮蔑の色が混じる。彼はメリベルの気を引きたいのだ。
「ええ、獣人様って素敵ですわね」
「はあ? なんで」
エルウィンはメリベルの反応が面白くないようだ。獣人と聞いてフェリシエルはしげしげとアルクトゥルスを見る。でんちゃんといいお友達になれるかも知れない。彼は顎をぽりぽりと掻いていた。茶会に飽きてきたのだろうか。
「獣人のどこがいいのだ、メリベル」
「もちろん、筋肉と素晴らしい身体能力です。そしてレア度。素敵なところをあげたらきりがありませんわ」
メリベルの発言にフェリシエルはドン引きし、周りの空気も微妙になった。王子だけは相変わらず空っぽの微笑をうかべている。
「ねえ、メリベル、僕も剣術で鍛えているから、筋肉もあるし、乗馬もダンスも得意だよ」
エルウィンが必死だ。黒髪の青年は困ったように、今度はぽりぽりと頬を掻きだした。アルフォンソはお茶をじっくりと楽しんでいる。王妃はメリベルの態度にほんの少し眉を顰める。メリベルはエルウィンの嫉妬心をあおりさらに自分に惚れさせ、ついでにアルクトゥルスも手に入れるつもりだ。
なんだか茶会の雲行きが怪しい。フェリシエルが不安に思って王子を見ると、彼はいつの間にか砂時計を凝視していた。茶会に飽きてしまったようだ。こういうところはでんちゃんと一緒である。最後の砂の一粒が落ちるとき、王子がテーブルの下で小さくガッツポーズするのをフェリシエルは見逃さなかった。「よしっ!」と叫ばなかった自制心を褒めてあげたい。
彼は人の視線に敏感だ。誰も見ていないところで密かに地を出す。一緒にいる時間が長くなるにつれ、だんだんこの人が分かってきたような気がする。
「それでは私はこれで」
王子がさっそうと席を立つ。
「リュカ殿下がお仕事にお戻りならば、私もそろそろお暇致します」
フェリシエルもそそくさと帰り支度をはじめる。
「リュカ、私も行く。職場見学させてくれるっていう約束だったろう」
アルクトゥルスが慌てて王子に声をかけて腰をうかす。名前呼びを許すなんて、もの凄く珍しいことだ。フェリシエルは驚いた。
「ああ、そうだったね。来るといい」
王子はいつも通り感じがいい。
ところが、メリベルが立ち上がったアルクトゥルスの腕にいきなりしがみついた。
「まあ、アルクトゥルス様、まだよろしいではないですか」
それを見てエルウィンの顔色が変わり、王妃は扇子で口元を隠し、アルフォンソは眉をひそめた。嫌な空気が流れる。明らかにメリベルはやり過ぎだ。
「メリベル様、いくら何でも出会ったばかりの殿方の腕にしがみつくのは、あまりよくないのではありませんか?」
フェリシエルが我慢できずに忠告する。
「まあ、そんな、私はそんなつもりでは、ただアルクトゥルス様に早くこの国に慣れて頂きたいと思っただけですわ……。私ったら出過ぎた真似を。アルクトゥルス様、失礼な真似をして申し訳ございません。そしてフェリシエル様、ご気分を害してしまって、たいへん申し訳ございません」
メリベルが震え、うるうると瞳に涙をためる。
「フェリシエル、なんでお前はいつもそうやってきついのだ。メリベルは繊細なんだ」
エルウィンがメリベルをうしろに庇うようにフェリシエルを詰る。
「そんなことはない。フェリシエル……嬢は、とても優しい方です。その、彼女は私が慣れない場所で疲れているのではないかと気遣ってくれているんです」
驚いたことに初対面のアルクトゥルスがフェリシエルを庇った。
「フェリシエルは、悪気はないのだが、気が強くてね。ついこういう言い方になってしまうんだ。メリベル嬢、許してやってくれないか」
さり気なくフェリシエルを下げつつ、王子もフォローをしてくれる。フェリシエルは驚いて目を白黒させた。
(なんでみんな優しいの? 私、今日死ぬの?)
四人で一緒に庭園から離れた。後には王妃、エルウィン、メリベルが残される。回廊にでるとアルクトゥルスとアルフォンソはどこへともなく去っていた。どうやら、王子の仕事を見学するというのはあの場から逃げ出す口実だったらしい。王子もそれに乗ったということは、やはり仲が良いのだろう。
そして王子は「フェリシエル、さすがに王宮図書館で勉強するのは嫌でしょ? 別の場所を用意したから」という。茶会に来ただけなのに、なぜか勉強して帰る前提になっている。王子の執務室まで連れていかれた。
執務室の少し奥まったところに扉があった。今まで奥まで入ったことがなかったので気付かなかったのだ。そのまま続き部屋に案内される。
テーブルの上には財務の本と魔導書が置かれていた。
「あの、殿下これは?」
「うん、フェリシエルでもわかりそうな本を見繕って用意しておいたから勉強してね。それとあんな危険な雷撃魔法やたらと発動しないでくれる? 私もうっかり感電したくないから、ちょっと覚えようか」
王子の笑みが深くなる。ああ、やっぱりこの人は優しくなんかない。フェリシエルはがっくりとうなだれた。
◇◇◇
夜も更けてきた王宮で、仕事を終えた王子はベッドにはいる。すうっと眠りに引き込まれた瞬間、ドアをノックする音が響く。
王子はガウンを羽織り、カチャリとドアを開ける。
「何事だ」
「おやすみのところ申し訳ありません。たった今ジーク・レスターが地下牢を破り逃げた報告がありました」
あいにくその晩は雷鳴と大雨にみまわれていた。
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