第26話 ペットたちの冒険1

「ふむ、王都の中心地を随分はずれたな。帰るのに足がいるな」


 二匹が乗り込んだ馬車は鬱蒼とした雑木林に入っていく。木々が茂る先に大きな屋敷が見えてきた。

 建物は古く朽ちかけていて廃墟のような雰囲気を醸し出している。馬車は門扉を抜けて、敷地内に入った。大きな本館の左手に別棟、そして右手に厩がある。レスター家の別宅だろうか? それにしては全く手入れがなっていない。まるで打ち捨てられた屋敷のようだ。


「ミイシャ、喋っていいぞ」

「マスター、獣臭い」

「ああ? 締め上げられたいか、小童」


いきりたったハムスターが馬車の屋根の上で仁王立ちする。


「違う。マスターからはフェリシエルと同じいい匂いがする」


そう言うとミイシャが馬車からストンと飛び降りた。その背にハムスターが飛び降りる。


「こっちから変な匂い」


 ミイシャは丈の高い草のなかを別棟に向かって、しなやかに疾走した。一方ジークは数人の男達とともに本館へ向かっていく。そちらも気になったが、王子はミイシャと行動を共にすることにした。獣の勘は侮れない。


「これは、血の匂いか」


 粗末な木造の掘立小屋が見えてきた。鍵はなく、ミイシャが前足でドアを開けると、むあっと腐った肉の匂いが漂う。さらに奥へ入ると食い散らかされた獣の死骸が山と積まれていた。


 ミイシャがビクッとして一瞬怯む。ハムスターがミイシャの背からストンとおり、とてとてと先行する。隣の部屋のドアを押し開けると、油のきれた蝶番がぎぃーっとなった。

 

 二匹は奥へ進む。天井が高く広い部屋だ。中はほの暗く黒いカーテンがきっちりと閉まっている。まるで人目を避けるように。

 

 歩を進めると、奥に巨大な水槽が浮かび上がってきた。この腐臭に巨大水槽……嫌な予感がする。そろりそろりと近づいていくと、その中には肉片や内臓、ばらばらになった獣の四肢、そして獣人の半身がぷくぷくと浮かんでいる。失敗した実験体。どうやら魔導の研究室のようだ。それもこの国では禁忌であるホムンクルス。


「ミイシャ、見るな!」

「みゃあ」


 王子の後ろから恐々とついてきた子猫はびっくりして飛び上がり、すっかり腰ぬけたようだ。怯えてペタンと地に伏している。


「ミイシャ、大丈夫だ。彼らが襲ってくることはない。魂は宿っていないのだから。帰ろう」


 生命をもてあそぶホムンクルスの実験は禁止されている。王子は命の冒瀆に身体中の血が沸騰しそうなほど腹を立てていた。しかし、今は怯えたミイシャを元気づけるのが先だ。


 ハムスターはペシペシと励ますように、背をたたき、小さな手で子猫のほわほわの毛を撫でてやる。ほんのりとミイシャの体温が伝わり、プルプルと震えているのがわかった。

 

 不思議なもので、猫にはよく追いかけられていたので嫌いだったが、こうして一緒にいると情がわいてくる。しばらく撫でてやるとミイシャの震えが止まった。



「ミイシャ、留守が長いとフェリシエルが心配する。あれは寂しがりやだからな。私達がそばにいてやらねば。それにファンネル邸が心配だ。二人でフェリシエルを守ると誓ったろう?」

「みゃあ!」


 ミイシャに金色の目に光が戻った。すくっと立ち上がり頭をあげる。その表情はりりしい。しかし、戸口まで行くとピタリと足が止まった。


「マスター、外に獣がいる、多分オオカミ。それと人」

「敷地内に犬ではなくオオカミを放つとはな」


 ミイシャの様子を見るとしっかりとしている。オオカミは怖くないようだ。子供ながら、なかなか勇敢な猫である。


「ここは二手に分かれて、無害なネズミと猫のふりをしよう。腹が減っていなければ襲いかかってこないだろう。この敷地の入口で落ちあおう」

「みゃあ!」


 ミイシャがそろりと慎重に一歩を踏み出す。ハムスターはガサゴソと草を縫って疾走していった。もう少しこの屋敷を探りたいが、自由に人型になれない今は難しい。それに力もまだ戻っていないので、深追いは禁物だ。

 

 ハムスターは厩の入口に、拾った小枝を使って簡易魔法陣をかいた。帰りの足に馬を調達するつもりだ。戸の隙間からちょろっと中へ入る。




 一方、ミイシャは敷地の入口近くに来たが、後一歩というところでオオカミに勘づかれた。一緒にいる人間が、オオカミを操っているようだ。獲物を追いつめるように、じりじりと間合いをつめてくる。その時馬のいななきと蹄の音が響いた。


「ミイシャ!こっちだ、飛び乗れ」


 見上げると、見事な青毛の馬の上にサテンシルバーの頼もしいハムスターが一匹乗っていた。


「みゃあ!」


ミイシャがとびのると馬はぐんぐんとスピードをあげ、敷地を一気に抜ける。


「マスター。この馬、どうしたの?」

「フハハハ、隷属させたのだ、と言いたいところだが、何故だか懐かれた」

「にゃあ?」


ミイシャが不思議そうに首を傾げる。


「まあ、人徳というやつだな」

「マスター、ハムスター」

「ちっがーう! これ世を忍ぶ仮の姿だから!」


子猫相手にいきりたつハムスター。二匹をのせた馬は、パカラッパカラッと王都の中心地へ戻ってきた。


「ミイシャ、おりるぞ」

「何で? まだ家じゃない」


子猫が小首を傾げる。


「お前に言ってもわからんだろうが、馬から足がつくかもしれない。ファンネル邸まで乗りつけるわけに行かないのだ」


ひらりハムスターは飛び降り、それに猫が続いた。



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