第25話 モフモフにわか探偵団?

 フェリシエルが遅い。客と長話がすぎる。王子は暇をもてあましていた。図書室で本でも読むかと廊下にでる。そのついでにサロンを覗くと客はモーリスだった。婚約者がいる令嬢の元への男客が来たのだから、当然公爵家の使用人達は殺気だっている。

 

 侍女と執事、メイド、従者が目を光らせているサロンで、どうしてモーリスはあんなにもリラックスしていられるのだろうか。ばかなの、あいつ? と王子は考えながら扉の影で二人の様子を見守った。

 

そしてモーリスの胸にはついこの間あげた王子お手製のサファイヤのアミュレットが光る。真面目で素直な彼はちゃんと身に着けているようだ。


 実は王宮図書館で事故が起こる前にジークにも同じアミュレットをやっているが、残念ながら彼はモーリスほど素直ではない。こちらの忠告通り身に着けていなかった。

 

 ◇◇


 フェリシエルとの話も一区切りつき、モーリスはカップに残った紅茶を飲み干した。


「メリベルにはどう伝えたらいいかな。実はあなたのことをとても心配していて」

「様子を見てきて欲しいと言われたのですか?」

 フェリシエルが軽く柳眉を寄せる。

「ええ、まあ……」

 メリベルのことも相談したかったのも確かだが、彼女に様子を見てきて欲しいとも頼まれていた。

 白く美しい毛並みの猫がサロンに入って来たのだ。背中にネズミをのせて。

「え? ネズミ!」

 モーリスは驚いて飛びのくように腰を浮かす。その視線の先には猫とネズミ。 

「えっ、でんちゃん! ミイシャなの? いつ仲良くなったの?」

 フェリシエルは顔をほころばせて二匹のもとに走り寄ると「いい子ね」と撫で始めた。

 

「えっと……フェリシエル嬢。そのネズミは衛生的なんだよね?」

 するとフェリシエルがまなじりを上げ、ハムスターをすくいあげると、モーリスの鼻先に突き出した。


「まあ、なんてことを! この子はとても高貴なハムスターなんですよ。私がいつもブラッシングをしています。ほら見てください。この美しくやわらかい毛並み」


 モーリスはその勢いに押され、こくこくと頷いた。瞳が煌めき、怒った顔がきれいだ。しかし、今までと違いその表情は柔らかい。可愛がっているペットをけなされて拗ねているようだ。普段のしっかりとしてきつい印象の彼女との激しいギャップに気持ちが揺れる。不覚にもペットに愛を注ぐフェリシエルをかわいいと思ってしまった。


 その時カシャンと彼のカフスが壊れた。これはメリベルから髪留めを送ったときお礼としてもらったものだ。

「まあ、いきなりカフスが割れるだなんて!」

 フェリシエルは驚いたように目を見開く。


「ええ、どうしたんでしょう」

 しかし、モーリスは王子からもらったアミュレットがちかちかと光るのに気付かない。

 


 ◇◇◇



 その後、モーリスは慌ただしく暇を告げた。本当はメリベルの家にもよる予定だったが、なぜか彼女にのぼせ上っていた気持ちが急速にしぼみ、彼はまっすぐ自宅に戻ることにした。


 割れたカフスを処分するように従者に渡すと、馬車に乗り込む。

なんだか、今日はおかしな一日だった。ファンネル家に行く前にメリベルにあった気もするが、記憶がなんだかあやふやだ。

家に着き外套を脱ぐと王子が事故にあう前に譲ってくれた護符のブローチが光を失っていることに気付いた。つまり護符は役目を終えたのだ。


「いったい、何が起きたんだ?」


 モーリスは先ほど処分させたカフスを思い出し従者をよんだ。このことは王子に面会次第伝えなければならない。王族から譲られた護符がこんなに簡単に力を失うわけはないのだから。



 ◇◇◇


 その時ファンネル家ではまったりと時間が過ぎていた。


「殿下、この猫、あのミイシャだと思います?」


自室に戻ったフェリシエルが、猫を抱いて、王子に見せる。

「知らん」

ハムスターは興味がなさそうだ。フェリシエルの文机の上でせっせと毛づくろいをしている。


「この間は変な術がかかっているとか言っていたじゃないですか」

「性懲りもなく、また猫を飼いだすとは呆れたやつだ」


フェリシエルがミイシャののどを撫でるとごろごろと気持ちよさそうに鳴く。


「大丈夫だ。それは獣化しない」

「え? 本当ですか! じゃあ、やっぱりミイシャじゃないのですよね? 大きくなっていますもの」


 もふもふハムスターが後ろ足で耳をかく。フェリシエルが手伝ってやると気持ちよさそうに目を細めた。


「名前はミイシャ2号でいいんじゃないか」

「にゃあご」


王子の命名にミイシャが不満げに鳴く。


「で、なんでモーリスが来てたの?」

 きらりと青紫色の瞳が光る。王子は長居しそうなモーリスにしびれを切らし、ミイシャと共に乱入したのだ。

「ああ、恋に悩んでいるんですよ。そんなことより殿下、私、お風呂を用意しました。『また、衛生的か?』なんて聞かれたら、頭にきてモーリス様を出入り禁止にしてしまいそうです」

「いいんじゃないか? あんなやつ出禁にして」

 ハムスターはフェリシエルの膝の上に移され気持ちよさそうにブラッシングされている。

「はあ? モーリス様は殿下の幼いころからの御友人ではないですか。大切になさらないと、味方がいなくなっちゃいますよ? ハムスターになって、なんだかキャラ変わってませんか?」


 呆れたように言いながらも、フェリシエルはハムスターをそっと小さなクッションの上に置き、陶器の四角い器を持ってくる。そこには砂が敷かれていた。


「ささ、殿下、お風呂でございます」

「おおい、待て待て待て待て待てっ! それは砂ではないか!」

「ご存じないのですか? これハムスターのお風呂ですよ?」


 フェリシエルがこいつはそんなことも知らないのかという様子で首を傾げる。じたばたと逃げ遅れたハムスターをすくいあげ、砂風呂のなかにおろした。


「うぬぬ。この私に砂遊びをしろと。この屈辱は何倍にもして返すぞ!」


 ハムスターは威勢よく叫ぶと、猛烈な勢いでシャカシャカと砂をかきはじめた。最近の度重なるペット扱いと、今さっきモーリスがフェリシエルとちょっと親しかったことを知って、ストレスが溜まっている。

(あの護符、モーリスに渡さなかった方がよかったか?)

王子は本能に身を任せ快楽に身をゆだねることにした。


「殿下、砂加減はいかがですか? 砂が細かすぎて呼吸が苦しくなることはありませんか?」

「ふはははっ! 丁度良いな」 


 数分後、砂遊びに満足し、腹を見せて昼寝するハムスターがいた。

 フェリシエルがうっとりとハムスターを見ながらミイシャ2号をなでていると侍女のヘレンがきた。


「お嬢様、またお客様でございます」

「あら、今日は多いわね。どなたかしら?」

「ドリス様でございます」

「まあ、それは嬉しいわ」


 はしゃぎながら玄関に向かった。ドリスは、見舞いに来ただけだから玄関先で帰ると言ったが、フェリシエルは是非にとサロンへ案内した。楽しく話をしているとまた来客を告げられた。今日は一体どうなっているのだろう。みな抜き打ちのように先ぶれもなくやってくる。


「どなたかしら」

「ジーク様でございます」


「え?」


 ドリスが驚いたような顔をした。フェリシエルは渋面を作る。


「テイラー、私は具合が悪いからとお断りして頂戴」

「はい、そうお断りしたのですが。ドリモア伯家の馬車があるのをご覧になったのでしょう。ドリス様がいらしているならば、挨拶したいとおっしゃいまして。しかし、お嬢様がお通しするなとおっしゃるならば、もちろんお帰りいただきます」


 フェリシエルは困った。相手はレスター公爵家の令息、もちろんファンネル家の方が格上ではあるが、あまり摩擦を起こしたくない相手だ。それにいくら公爵家の使用人でもレスター家の令息を追い返すなど荷が重いだろう。


「わかったわ。テイラーお通しして」

「いいえ、フェリシエル様、それはなりません。あなたは今から具合が悪くなって、ベッドに入るのです」

 「ドリス様?」


 フェリシエルはびっくりしてドリスを見る。


「私、今から慌てて帰りますから、ジーク様にもその旨お伝えします」

「まあ、でもそれでは、せっかく来ていただいたあなたの負担になってしまいますわ」


 ジークに悟られたら危険だと思い、ドリスを引き留めた。なんといっても彼は公爵家の子息でドリスは伯爵家令嬢、そこには大きな身分差がある。レスター家ににらまれたら、気の毒だ。


「心配にはおよびません。私にもそれなりの処世術はありましてよ」


 そういうとドリスはウィンクした。


「そう。もし、ばれたら私に命じられたと言って」

「まあ、フェリシエル様ったら、これは私が勝手にしたことです。そんな事より、お気をつけあそばせ。メリベル様が、フェリシエル様とジーク様が図書館で逢引きなさっていたのを見たとか見ないとか、おかしな噂が流れています」

「そんな……」


 王子の助言は正しかった。まだ王子とは婚約関係にある。いまほかの殿方と噂が立つのは非常にまずい。こういう形での婚約解消はあり得ないのだ。それにどちらかというとモーリスとの方が仲良くしていると思うのだが……。そこは何者かの意思が働いているのだろう。




その頃ハムスターは玄関ポーチにいた。そこへドリスが真っ青な顔をして出て来る。フェリシエルが急に具合が悪くなって、倒れてしまったと芝居を打つ。なかなか上手いものだ。さっきサロンをのぞいたが、フェリシエルはドリスを心配しているだけでピンピンしていた。

 ドリス嬢はなかなか健気だ。フェリシエルに恩義を感じてかばおうとしている。彼女は家族ばかりではなく、良い友人にも恵まれたようだ。


ジークはフェリシエルの具合が悪いのなら、なおさら見舞いたいと粘ったが、ファンネル家の使用人総出の見送りに諦めた。ドリスのお陰で体面は保てたものの事実上追い返されたようなものだ。ここの使用人は貴族に対しても容赦がない。舌打ちをして、ジークはレスター家の馬車に乗り込んでいった。


「まったく、あいつは質が悪い。脳筋と見せかけて、腹黒だからな。モーリスの方がよっぽど素直で扱いやすい。ちょっと人が良すぎて将来使えるかどうか心配だが。よし、ミイシャ、あの馬車に乗り込むぞ」

「みゃあ!」


  ファンネル家のもふもふ二匹は密やかに、走り始めたレスター家の馬車に飛び乗った。


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